第二部 第四章 赤狼達の狂乱

第1話 大師として……‼

「沖田総次の闘気が消えた。ねぇ……」


 慶介はそうつぶやきながらスポーツドリンクを一口飲んだ。新生MASTERの新大師就任が明らかとなった「アリーナの蒼炎」から一週間後のある日の午後三時。赤狼エリアの訓練場で同志達の稽古の休憩時間を使い、慶介達は昨日御影から聞いた総次の異変に付いて話し合っていた。


「翼は範囲こそ狭いが、極めて高い闘気感知能力を有しているからな。だが……」


 そこまで言って尊はふと八坂と瀬理名の方をちらりと見た。


「問題は、どうして沖田総次の闘気が消えたかってことね」

「それは、山根を仕留めるのに予想以上に手こずって消耗してたからじゃないか?」


 問題点を指摘した瀬理名に続き、八坂は策や御影から聞いた話を思い出しながら答えた。


「でもそれなら、力が出なくて倒れちゃうぐらいで済むんじゃないかな?」


 将也はベンチに腰を掛けながら両手に三本ずつ焼き鳥を持って貪りつつそう言った。


「そこがこれまでの状況と異なる部分なんだよな。翼が気になってるのもそこだし」

「どんぐらい弱くなってのかな? その時のあの子って」


 そんな将也の隣でネイルを整えていたアザミが瀬理名に尋ねた。


「翼曰く、体力的には今まで見たことがないくらい弱ってたらしい」

「じゃあどうして翼は仕留めきれなかったの?」

「その沖田総次の執念が、翼の予想以上だったみたいなの」

「予想以上?」


 瀬理名のその言葉にアザミは語尾を伸ばした。


「何度負けても諦めずに食らいつく執念に驚かされたってとこだろうな」


 得物の偃月刀の手入れをしながらの尊の発言に、一同は頷いて同意した。


「ひょっとしたら、それが沖田総一を倒す大きな力にもなったのかも知れないわね」


 瀬理名は総次の潜在的な脅威を感じ取ったかのような表情でつぶやいた。


「まあ翼も力や技量では沖田総次を凌いでいても、戦場に出ている場数とブランクが影響したんだろうな」


 そう言いながら尊は偃月刀の刀身を天井の蛍光灯で照らして傷がないかを確認し始めた。


「それで、肝心の翼はどうしてるんだ?」

「次の作戦準備を御影や財部さんと一緒にしてるぜ」

「まら、これからは随分と暇な時間が出来るってことになるな。なんだか燻りそうだぜ」

「そう言うな、と言いたいところだが、本音を言えば確かにそうだな。慶介」

「だが、本来翼は武力を持ちながらも出来る限り機会を選び、武力の身が頼りになるとき以外極力控えるようにする方針を持っているわ。暫くは堪えましょう」


 瀬理名のその言葉に尊は素直に頷いたが、慶介は些か不満顔だった。


「そうむくれないでよ慶介。ストレスが溜まったらボクが相手になってあげるからさっ」


 そう言いながら将也は慶介に自分が持っていた焼き鳥の一本を差し出した。


「おしっ! だったらそん時は派手にやるから、覚悟しとけよ将也‼」


 やる気になった慶介は、将也から受け取った焼き鳥を頬張った。


「やれやれ、単純なとこが相変わらず慶介らしいわね」


 そんな慶介の姿を見て、八坂は呆れながらもどこか微笑ましい表情で眺めた。



⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶


大師室の翼は、御影と共に財部からこれまで赤狼で集めた諸々の情報に関する報告を受けていた。


「では、これまでに集まった例のデータの整理も完了済みということですね?」

「ええ。取り敢えず、直ぐにでも次の作戦に移れますが……」

「ありがとうございます。あれから丁度一週間なりますし、動き出してもよい状態です。俺達の力を示すだけの力もあります」


 翼は財部に微笑みながら言った。


「赤狼直轄の同志達ですね?」

「まあ、第一と第二師団の方々はしばらく静観を決め込んでいます。理由としては、これからの俺達を見極めたいというのがあるようですがね」

「ですがあなたの予定では、しばらくの間は武力を行使する機会には恵まれないのでは?」

「かもしれないでしょうね。本来だったらそれが望ましいものです」

「それに、翼は革命家になる為にここまでやって来たわけではありませんからね」


 そう言って翼と反対側の席に着いていた御影が、ダージリンティを啜り居ながら話に入ってきた。


「よく革命を語る物語の主人公は聞きますが、古い時代を壊すことは出来ても、新しい時代を作るのは難しい」

「何かを作ったり育んだりするのは時間が掛かりますが、破壊するのは一瞬です。それが命なら尚更」


 御影の言葉に続き、翼は重い口調でそう言った。


「いろいろ抱えていますね。改めて、あなた達の覚悟を知ることが出来ましたよ」

「こちらこそ、これまで俺達赤狼に対してここまでありがとうございます」

「いえいえ。振り返って見れば、最初の頃はあなたが司令官と聞いて驚いたものですが、今となってみればそれも杞憂だったとも思わされるものですよ」


 そう言って財部はどこか懐かしむような様子を見せた。


「そりゃ、当時たかだが十四歳で、以前から各地の児童養護施設から集めていた四千人を引き連れて外郭組織を発足するなんて型破りなことをしたんです。不審に思われても無理ないでしょう」

「だが翼はそんな懸念を吹き飛ばす手腕を発揮した。それでも素直に評価されたのは、この情報戦術と暗殺を含む隠密活動くらいですかね」

「それがここに繋がってるとなると、積み重ねてきた意味があったのでは?」


 加山にそう言われ、翼と御影は微笑みながら頷いた。


「それで、例の情報の公開はいつ頃を予定していますか?」

「明後日にでもにでも公開できるように、各支部に伝えていただければ有り難いです」

「ご心配なく」

「宜しくお願い致します」


 そのまま翼は御影と財部と共に会議室を出た。


「これからの俺達の行動を、師団長のお二人はどう見るかな?」

「それは俺も不安だ」


 廊下を歩きながらの御影の意見に、翼も同意した。反抗は可能な限り抑えると宣言されてても、両師団の信頼を得たとはまだまだ言えないからだ。


「そう言えば、例の作戦への両師団長の評価を聞いてなかったな」

「聞いてどうするんだ?」

「お前の不安を払拭するに決まってるだろ?」

「だといいんだがな。まあ狭山さんも最近は俺に対しての険が取れてきたみたいだから、余程のことがない限り大丈夫だと思うが」

「剛太郎と私がどうかしました?」


 急に声を掛けられた翼と御影は、ぎょっとしながら玄関を見た。そこには手に資料を持って安正が、中指で眼鏡の位置調整をしながら立っていた。


「……どっから話を聞いてましたか?」


 あまりに唐突な事態にやや怯んだ様子の御影。


「私と剛太郎が、あなたの作戦に関する感想を聞いていないという件からですか?」

「あ、ああ。あれですか。何かすいませんね。その、どう言えばいいのか……」


 御影は些かオドオドした様子で言葉を紡ぎ始めた。


「あなたのご意見はともかく、その部下達がまだ納得していないのではと思いまして……」

 翼はどこか申し訳なさを醸し出しながら答えた。


「その辺りはもう心配無用です。第一師団でも、作戦内容を評価するものが出てきました」

「ええ……」


 安正に称賛を受けた翼はどこか浮かない表情で答えた。


「まあ、あなた達の私への不信感の原因の一端は、あなた方に対する説明不足ですね」

「「説明不足?」」


 口をそろえて尋ねる御影と翼。


「あなた方も、浅永様がご臨終の際の私への言葉を聞いたと思いますが?」

「新見さんへの言葉。確か……」

「新見さんの大望が、俺達の創る未来の先で成立するなら焦る必要はない……でしたか?」

「その言葉、実は四年前にあなたが次代大師候補筆頭となられた時に浅永様に言われたんです」

「そうだったんですか?」


 驚いた表情で聞き返す御影。


「確かに当時の私は、自分こそが次代大師だと確信してました。そんな私に浅永様が仰ったのがその言葉でした」

「それが、あなたの心を変えたのですか?」

「きっかけにはなりました。今のように焦らなくなるには些か時間を要しましたがね」


 安正はそう言って二人に微笑んだ。


「ですが、考えてみればあなたも驚かれたのではないのですか?」

「いきなり筆頭候補に指名されたことにですか?」

「ええ」

「……俺自身、MASTERの大師として未来を切り開くビジョンこそ入隊した時から持っていましたが、それには相応の時間が掛かると考えてました。だから正直、俺がいきなり次代大師筆頭などと言われた時は現実か夢か疑ったものです」

「やはりですか……」

「でも同時に、その時の俺では大師にはなれないとも言われました。俺には大師として必要な覚悟がまだ足りない。それが理由でした」

「あなたも私と同じニュアンスのことを言われたのですね?」

「同じニュアンスのこと?」

「ええ。実は私も言われたんです。あの時のままでは大師には永遠になれない」

「そうだったのか……」


 今の安正の話は、剛太郎には初耳だった。

 続けれ安正は更にこう話した。


「私の大望が大師となれなければ実現できないものなのか、とも言われました。それを実現するにしても、欠けているものがあっては不可能だと」

「……俺にとってのそれは、広い見識でした。あなたは既にそれを持っていた」

「私に足りなかったのは、他者を信じ、対等な立場で接して共に信じあうこと」

「結果的に、俺はそれ身に付けられたと自負しています」

「私もそう思います」

「新見さん……」

「あれからあなたは成長しました。ですがそれは私も同じ。私の大望を果たす思いは、まだ捨ててはいませんよ?」

「……いつかは俺も、あなたと戦う時が来るでしょう。ですが、その時は俺が勝ちます……」

「望むところです。それと、第一師団の構成員には改めて私が言って聞かせていますので、ご安心ください」

「ありがとうございます。それと、俺はこれからも出来る限り、戦闘に発展することは避けます」

「ほぉ」


 翼のそんな言葉に関心を寄せるような態度で安正は聞き入り始めた。


「俺がやりたいのは体制の破壊ではなく、国の腐敗を正し、人々が希望を持って生きられる国にすることです。その為にはまず、今の国の無駄を排除する必要があります」

「囚人達を虐殺したのは、今後あなた方が炙り出す犯罪者達を収容する為の空きを作る為ですか?」

「それもあります」

「なるほど。それも、ですか……」


 安正は翼の言わんとすることの真意をある程度察した様子でつぶやいた。


「まあ、あなたのこれからに期待しております。では」


 そう言って安正は翼達と別れて総務部へ向かって行った。


「……俺は、どうも抱え込み過ぎていたのかな……?」

「その点は俺も新見さんに同感だ」

「随分とはっきり言うな」


 御影の辛辣な評価に苦笑いする翼。


「あいつらは俺に対しての忠誠心は高いが、いささか度が過ぎて妙な対立になったら困るしな。その点は俺も言い聞かせることにしよう」

「そうだな。加山様も協力してくれると思うから、言っておいた方が良いぜ」

「分かった。そうしよう」


 そう言いながら二人は赤狼司令室へ向かって行った。

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