第2話 沈黙の闘気
午後九時。傷を完治させた総次は、午後の第一遊撃部隊の訓練や諸々の資料の整理を中心とした事務作業を一段落させてから、一人訓練場で汗を流していた。
一時間程度の特訓内容は素振りやストレッチ、それだけである。闘気を使えない今の総次にできることは、第一遊撃部隊司令官としての事務作業や訓練担当官が、個人としては基礎的な体作りしかできないと考えていたからである。
「闘気、か……」
素振りの合間に天井を無気力に見つめる総次。
(今の僕は前線では役に立たない。やはり瞑想なり体力作りなりをやって、闘気を取り戻すことのみに集中するしかない。だけど……)
総次は右手をふと見た。するとその右手は、彼の意思とは無関係に震えていた。
「総ちゃん」
そんな総次の耳に、聞きなれた明るい声が入る。訓練場の出入り口夏美が冬美が、彼に声を掛けていたのだ。
「総次君、まだ特訓してたの?」
「単に身体を動かしたかったんです。何もしないよりは何かをやっていた方が良いと思ったので。それと、気分転換に、空いた時間で自分のパソコンで小説を書いていますが……」
冬美の問いかけに、総次は畏まりながら答えた。
「でも、何か安心したわ」
「安心……ですか?」
「勿論よっ!」
そう言って総次と冬美の会話に夏美が割って入ってきた。
「なんか元気がなくなっちゃったみたいだったから、心配してたのよ?」
「それは……いろいろとご心配をおかけして申し訳ありませんでした」
総次は申し訳なさを表情に出して二人に謝った。
「いいのよ。でも落ち込むって言うか、暗くなるのは分からなくないわ。いろいろあったんだし……」
「そうですね。いろいろと……」
夏美にそう言われた総次は、険しかった表情が更に険しくなった。
「まだ整理がいろいろついていないと思うけど、あまり深く考えなくていいと思うわ」
「はい?」
唐突な冬美の言葉に、気の抜けた声を漏らす総次。
「闘気が使えなくなったことがショックだったとしても、それが一時的なものだったら必ず元に戻るし、その時は私達も協力するわ」
「ですが……」
「どうしたの? 総ちゃん」
何かを決心した様子の総次に、夏美は彼の顔を覗き込みながら尋ねた。
「沖田総一との戦いを終えてから僕はこの力を掌中に収める決意を固めました。出力も精度もまだ奴には及びませんが、コントロールしきらなければならないと……」
「あの時みたいな力、あれから結局一度も出せなかったからね」
一緒に訓練することが多かった冬美が頷きながら言った。
「悔しいです。水瀬名誉教授の研究結果の通り、僕と沖田総一のデータ上の差が闘気周りとなると、二つの闘気の融合が出来ないのも分かりますが……」
「総ちゃん?」
「どんなことがあろうと、この力を操れるようにと自分なりに修業を積みましたが、それでも納得できるレベルには到底……」
「総ちゃん……」
夏美のその言葉に、総次は無言で頷いた。
「情けないものです。これでは昨年の戦いで総一に勝ったのは、単なるまぐれ勝ちではないかと思ってしまします」
「総次君……」
「それに、もし翼との戦いであの力を暴発させていたらと考えると、寒気がします。僕の力の暴発に巻き込まれ、どれだけ多くの人達の命を奪うことになっていたのか……」
そう語る総次の声は徐々に小さくなっていった。
「……本当に未熟の至りです。これでは第一遊撃部隊の面々に迷惑が掛かり、かえって足手まといになるだけです」
「総ちゃん……」
夏美は総次が抱えている悩みを聞き、何かを決心したような表情になる。
「……総ちゃん、あたし達にも出来ることがあると思うの」
「夏美さん達に?」
「うん。そうよね、冬美」
「ええ。今の総次君の気持ち、私にはよく分かるわ」
「冬美さんが?」
「総次君の知ってると思うけど、私も昔、この破界の闘気に恐れを抱いていたわ。でもお姉ちゃんや真さん、勝枝ちゃんや哀那ちゃんや麗美ちゃん。皆の協力があったからこそこの力への恐怖を乗り越えて、ここまでこれたの」
「だから、もし総ちゃんが自分の力を取り戻したいとか、力に対しての恐怖心に打ち勝ちたいって思っているのなら、あたし達の力を頼っていいわよ」
「冬美さん、夏美さん。ありがとうございます」
二人の言葉に、微かではあるが心に光が刺したと、この時総次は思った。
「そんなに畏まんなくていいよ。あたし達は仲間でしょ?」
「仲間……」
夏美が達の励ましに、総次は微かに安心感を覚えた。これまで一人で目標や課せられたハードルを超えてきた彼だが、そんな自分の未熟さを受け入れ、成長を手伝ってくれることは、総次としてはあまり経験がなかったからだ。
「だから総ちゃん。一人で悩まないで」
そう言いながら、夏美は総次の頭を優しく撫でる。
「……何としてでも、この力をコントロールしきって見せます。自分の決断の延長線上にこの力があったという以上、その義務があります。なので、ご協力お願い致します」
「それでいいわ、総ちゃん」
夏美はそう言いながら、頭を撫でていた手で総次の右手を取った。
「それで総次君、どうやって闘気の復活を実現させるつもりなの?」
気になる様子で冬美が尋ねる。
「そうですね。瞑想をと、肉体の鍛錬を積むなどですかね……?」
「でも、それだけで大丈夫?」
「だからこそ、皆さんの協力があれば、それも出来ると考えております」
「分かったわ。でも今日は遅いから、明日からやろうっ!」
「一緒に頑張ろう、総次君」
「はい、宜しくお願い致します」
そう言って総次は二人と共に立ち上がり、訓練場を後にした。
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