第7話 燃え滾る炎
「あの、高橋さん」
「何だ?」
二十分後、大師討ちの姉川と共にアリーナ西門の警備に当たっている翔は、突然彼女から声を掛けられた。
「MASTERの構成員は、どの程度の力があるのでしょうか?」
「あんた、実戦経験があるならある程度は分かると思うんだけど?」
「とは言っても、私が相手にしてきたのは闘気を持たない構成員ばかりでしたので、闘気を使える構成員がどれ程の力を持っているのかが正直なところ……」
そう話す姉川はどこか不安げだった。
「……闘気を持っていない連中ならいざ知らず、闘気を持った相手は常人とは別次元だ。戦闘に置いては闘気を持たない奴の五十人分の働きを一人でこなしてしまう。それであんたは闘気を持ってるのか?」
「炎の闘気を持っています」
「なら、大丈夫だな。それと、今ここにいる大師討ちは、闘気を使った実戦経験があるのか」
「ええ。全員、去年の東京襲撃の時に参加してます」
「なら、心配は無用ってことか。お前もそれなりの経験を積んでるって言ってたからな」
「訓練も万全です。そう簡単に死ぬことなどは……」
「だが、いくら闘気を使えるからと言って、刻一刻と状況が目まぐるしく変わる戦場で安定して使えなければ、意味を持たない。それに……」
「それに?」
急にトーンを落とした翔を、姉川は訝し気に見た。
「あんたは、十二回の実戦の中で、何人の構成員を殺した?」
「えっ?」
「何人殺したかって聞いてるんだ」
「……最低でも二十人は」
「気を悪くしなかったのか?」
「問題ありません。そもそもテロリスト共を人間と見る必要は私にはありません。化物だと思えば抵抗なく戦えますし、殺すことも出来ます」
「そうかい……」
翔はどこか怪訝な表情で彼女を眺めていた。
「あの、どうしてそんなことを?」
「あんたも去年の東京襲撃を忘れた訳じゃねぇだろ。あの時は都内で闘気と闘気がぶつかり合った。そしてそんな状態になるってことが何を意味するのか、分かるだろ?」
「確実に殺し合いになる……ですか?」
「ああ。そうなれば一瞬の判断ミスが命取りになる。んで、あんたにその極限状況の中でも戦い抜くだけの力と胆力があるかどうか、少し気になったんでな」
「……私は実戦経験こそありますが、まだ闘気を扱うテロリストとの戦いはまだ未経験です。なので高橋さんにとって、足手まといになるかもしれないということでしょうか?」
「分かってるなら、くれぐれも俺の近くから離れて単独行動を取らねぇようにしろよ」
「了解です」
姉川は敬礼しながらそう言った。
「あの、すいませんが、その荷物は何ですか?」
すると大師討ちの職員の一人が、アリーナ西門にギターケースのような箱をを持って近づいてきた大男に対し、声を掛けた。大男は黒いコートを身に纏い、灰色の鍔付きの帽子を被り、いかにも怪しげな雰囲気を醸し出していた。
「どうした?」
翔はその場で男の応対に当たっている大師討ちの職員に声を掛けた。その瞬間……。
「……もう構わねぇか……」
男はドスの利いた声で帽子越しから職員達を睨み付けながら、手にしている黒いギターケースのような箱を手早く開けて中身を取りだした。そして翔は取り出された物を見て目を大きくさせた。
「……お前らっ‼ 早くこいつから離れろっ‼」
翔は周りの大師討ちの職員達にそう叫びながら得物の双刃薙刀を構えながら襲い掛かり、姉川達職員も銃を構えた。
「遅ぇよぉ‼」
その直後、箱から取りだしたハルバードにおびただしい量の蒼く変色した炎の闘気を纏わせた。止めに入ろうと一部職員が襲い掛かるが、時すでに遅く、振り下ろされたハルバートから解放された蒼い炎の闘気は轟音や地割れと共に巨大な蒼い炎の壁を形成し、凄まじい勢いでアリーナ西門に広がっていった。
「あっ……ああっ……」
それを目の当たりにした姉川はあまりの光景にその場に立ち尽くしてしまった。
「おいっ、お前っ‼」
そんな姉川の様子を見た翔は双刃薙刀を投げ捨てて立ち尽くしている彼女を庇った。その直後、蒼い炎の闘気はアリーナ西門とその周囲を一瞬で原形をとどめない程に破壊してしまった。
「な、何が起こったんだ……?」
「奴は、あの男はどこに行った……?」
鼓膜を破らんばかりの爆音が鳴り響く中、大師討ちの職員は耳鳴りに苦しみながらもなんとかその場に立ち上がって辺りの様子を確認し始めたが、そこには大男の姿はなかった。
そんな彼らに、無線から緊急コールが入ってきた。
『報告‼ アリーナ内に不審者侵入‼ 大至急増援をっ‼』
それを聞いた職員達は男をアリーナ内に侵入させてしまったということを改めて知り、慌ててグラウンドへ向かって走り始めた。
一方、姉川は未だ翔に庇われていた。
「……あの、すいません。高橋さん……」
「大丈夫か?」
「ええ。それよりも直ぐにアリーナへ……」
「なら、お前が先に行け」
「えっ……どうしてです……」
姉川がその先を言いかけた瞬間、彼女は翔がどうなっているのかを知って愕然とした。翔は彼女を庇う時に右の二の腕を負傷し、傷口から大量出血していたんだ。
「高橋さんっ‼」
「これぐらいなら自分で止血できる。あんたはあいつを止めに行け」
「ですが……」
「いいから行けっ‼」
「はっ……はいっ‼」
翔の叱責を受けた姉川は、その場から直ぐに立ち上がって大男を止めるべくグラウンド内に向かって走って行った。
「それにしても、情けねぇ……」
翔は上着の裾を引き千切ってそれを右腕に巻き付けて止血しながら立ち上がり、アリーナへ向かった。
⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶
アリーナ西口付近で発生した爆発により、新房やスポンサーの表情は曇り始めていた。当の新房に至っては、あの大言壮語が何だったと思うほどに怯えていた。
「第一遊撃部隊の各員、状況は把握できますか?」
『まだ完全には……』
「高橋さん達の安否も、不明なんですね?」
『現時点では……』
「では、一番から五番の隊員は直ちに状況把握の為に現場へ向かって下さい。負傷者がいた場合は、所持している応急処置用具を使って最低限の治療を施し、安全な場所まで避難させてください」
『了解‼』
部下からの通信が終わった直後、今度は麗美が慌てた様子で総次に通信を入れた。
『総次‼ 今の西口からでしょ⁉』
「今、僕の部隊を向かわせて確認しています。後の情報はそれからです」
『でも、もしリーダーに何かあったら……‼』
次第に麗美の声が震えてきた。
「陽炎は、椎名さんに指示を仰いでください」
『……うん……』
涙声になりながらもそう応えた麗美は、そのまま通信を切った。そして総次は改めて、六番の隊員に通信を入れた。
「今の爆発は爆弾ですか? 闘気ですか?」
『ええ。桁外れの闘気が現れて……』
「闘気が現れた? まさか……」
『司令官?』
「いえ。それで、突然闘気が現れた理由は分かりますか?」
『全く。賊はアリーナ内に入っております』
「では六番から十番は引き続き、敵の増援の有無を確認し、発見し次第対処してください」
『了解‼』
そう言って総次は無線を切り、急いで西門付近に辿り着いて真と通信を繋いだ。
「椎名さん。聞こえますか?」
『さっきの爆発、闘気によるものだね?』
「先程部下からの報告で、闘気を扱う者が起こしたものだと分かりました」
『僕の部隊からも同じ様な報告をしたよ』
「これほどの量の闘気を発動できるものは限られてますが……」
『総次君、今は目前の敵を防ぐことを考えよう』
「了解。直ぐに対策を……」
「新房はどこだぁー‼」
総次が無線を切ろうとした刹那、ドスの利いた低い男の声がグラウンド内に響いた。
そこには既に血塗られたハルバードを手にした大男こと、山根義明がグラウンド玄関を守る大師討ちの隊員達を蒼炎を纏うハルバードで次々と八つ裂きにした。その光景は新房武満の心胆を寒からしめるのに十分だった。
『どうやら、対策を講じてる時間もないみたいだね』
「椎名さん。陽炎にグラウンド内に来るように伝えてください。その間に僕が奴を足止めします」
職員やスポンサーの悲鳴が轟く中、総次は飛び出した。
『勝算はあるのかい?』
「無論、椎名さんの弓術を頼りにしてます」
『それなりに時間が掛かることは覚悟した方が良いよ』
「持ち堪えて見せます」
『じゃあ、任せるよ。陽炎にも連絡は入れる』
真はそう言って通信を切ろうとした。
「本来なら……」
『ん?』
その瞬間、総次はどこか惜しむような、或いは悔しいと言わんばかりの感情を含んだ言葉を発した。
「本音を言えば、あの男を僕一人で仕留めたいと言うとこですが……‼」
『総次君……』
誠はどこか総次の危うさに似た感情を感じ取ったような声を漏らした。
「いえ。確認ですが、この距離からあの男を狙撃できますか?」
『ある程度足止めしてくれれば、大丈夫だよ』
「了解です、陽炎にも最初から仕留める気で行くように伝えてください」
『了解した』
そう言って真は通信を切り、観客席を飛び越えながらグラウンドに乱入し、刀を抜いて陽の闘気を纏わせつつ驚異的な跳躍力と脚力で山根の頭上を取った。
(天狼‼)
繰り出された猛烈な唐竹割り、天狼は山根を捕らえる。
「へっ‼」
だが山根はそれに即座に反応し、ハルバードでそれを力任せに弾いた。
「貴様は……‼」
山根は総次の姿を確認して思い出したかのような表情になった。
「去年は討ち漏らしましたが、今回はそうはいきません」
弾かれながらも特設ステージの手前に着地して刀を構え、山根の姿を視界に捉えて宣言する総次。
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