第二部 第二章 総次と翼

第1話 第一遊撃部隊司令官・沖田総次

「急げ‼ こっちだ‼」

「早くしねぇと拠点を落とされちまう‼」


 何かから逃げるように慌てながらビルから走り逃げる男達。


「やれやれ。潜入はし易いし敵は弱いしで、何とも情けねぇな」

「でもあいつらはこれから、もっと絶望することになりますから、ある意味可哀想ですね」


 そんな構成員達を背後から得物を手にして追いかけてきた陽炎のリーダー・高橋翔と、部下の那須清輝は呆れ返ったような口調でつぶやいた。


「簡単には生き残れないよ。残念ながらね……」(貫鉄連閃‼)


 構成員達を待ち受けていたのは、新戦組第二遊撃部司令官の椎名真だった。緑の隊服と、黄緑色のを基調として背中に白の弓矢のペイントが施された司令官マントをはためかせる真は、部下達と共に風の闘気を纏わせた矢を弓に番え、構成員達目掛けて放った。


 矢は放たれた瞬間に無数の闘気の矢を生成して広範囲に広がり、部下達の放った矢の雨と共に大半の男達の身体を貫き、一瞬で絶命させた。


「弓使い、何でここに……‼」


 生き残った構成員の一人は、真の姿を見て怯えだした。


「とにかく逃げるぞ‼」


 生き残った構成員達は、真達第二遊撃部隊が繰り出した闘気の矢の雨を辛うじてよけながらその場を立ち去ろうとしたが……。


『椎名さん、後は僕達が……‼』

「分かった。陽炎と隊員達は左右に展開して道路を開けろ‼」


 無線からの指示を受け取った真はそう言って部下達に道路を開けさせた。すると構成員達の逃げる方角から、凄まじいエンジン音と共に百台以上のバイクに乗った新戦組の隊員達が迫って来た。


「全員、一斉発射‼」(飢狼‼)


 バイクに乗った百人の隊員達の先頭を走っていた第一遊撃部隊司令官・沖田総次の命令が下された瞬間、彼に続いて刀の切っ先を手前に猛烈な速度で突き出して闘気の光線を構成員達目掛けて放った。


 総次が放った陽の闘気は凄まじい勢いで巨大な狼を形作り、そこに部下達が放った闘気が合わさって道路全体を包み込む大きさになった。


「あ、あれは……うああっ‼」


 真達第二遊撃部隊の攻勢から逃げ延びた多くの構成員達は、この攻撃を受けて一瞬で消滅してしまった。


「こ、黒狼……あいつらまでここにいるなんて……」


 そこから辛くも生き残ったのは僅か四人だったが、その内の一人は近くまで着た総次率いる第一遊撃部隊の特徴とも言える漆黒の隊服を見て慄いた。すると総次は彼らの前まで来て切っ先を向けながら降伏勧告を行う。


「どうなさいますか? このまま降伏して我々の捕虜になるか、組織の忠義に殉ずるか」

「こ、降伏します……」


 四人の構成員はなす術もなく武器を捨てて両手を上げて降伏した。


「分かりました、降伏を認めます」


 そう言って総次は刀を鞘に納めながら部下達に構成員達の捕縛を命令した。


「相変わらずだな。第一遊撃部隊は」

「この四カ月で参加した戦闘任務は八十以上。連中があの黒い隊服を見て戦意喪失するのを何度見たことか」


 第二遊撃部隊と合流した翔と清輝は、彼らの姿を見ながら苦笑いしていた。第一遊撃部隊の登場によって戦意喪失するMASTER構成員と言う光景が、既に新戦組の隊員達にとって恒例イベントのようになっていたからだ。ちなみに翔と清輝がこの光景を見たのは、これで十七回目となる。


「椎名さん。捕虜の護送、宜しくお願い致します」

「分かった。彼らは僕達が乗ってきたバスで連れていくよ、翔、清輝君。君達も一緒に乗ってくかい?」


 そう言って真は翔達の方を振り向いて尋ねた。


「そうさせてもらうぜ」

「お言葉に甘えさせてもらいますっ!」


 翔と清輝はそう言って第二遊撃部隊二十五名が乗ってきたバスへ向かった。


「では、僕らも本部へ戻りましょう」


 それを見た総次も、第一遊撃部隊の隊員達の方を振り返りながら言い、彼らもそれに応えて各々のバイクを本部方向へ翻らせた。



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「翼」

「御影か、どうしたんだ?」


 MASTER本部・赤狼エリア。情報戦略室から赤狼司令室へ戻ろうとしていた翼に、御影が声を掛けながら駆け付けた。


「また過激派連中が、新選組モドキのお縄に掛かったようだ」

「そのようだな」

「知ってたか……」

「さっき財部さんから聞いたよ。永田町と霞が関の件で連絡が途絶えた一味らしいな」

「連中にとってもトカゲの尻尾きり程度にしかならないらしい。それにしても、俺達の方でも捜査してたが、まだ残党は多いな」


 御影は過激派の醜態に対して呆れるような口調だったが、そこから得意げな態度になってこう切り出した。


「じゃあ、その新戦組から沖田総次と、あの弓使いが来ていたことは知ってるか?」

「……またあいつらか……」

「まだ知らなかったか」

「実行者までは財部さんも知らなかった。だが別に驚くことでもない。この七カ月で未遂を含めて過激派が起こしたテロ事件は百二十件を優に超え、その大半の鎮圧にあいつらが関わっている。俺としては、それに関して何ら驚くことはない。だが……」

「だが?」

「一連の件が本部の構成員達に与える影響は小さくない。特にあの弓使いと総次の部隊はかなりの頻度で戦闘に関わっている」

「それにあの二人の部隊の活躍に呼応する形で連中の士気も上がり、その上警察も本格的に闘気を戦力として導入した。これからの戦いは、より厳しくなるな」

「全くだ、だが、成し遂げなければならないことだ……」


 翼は決意を固めた様子でそう言った。


「おやおや、赤狼の司令官と忠臣がお揃いで、何をお話しなさってるのですか?」


 そんな翼達を、颯爽とした雰囲気を持つ青年が呼び止めた。MASTER実働部隊の第一師団長を務める新見安正である。昨年十二月に本部へ戻り、全国に散っていた部隊を再編成していたのだ。そして、幸村翼の赤狼発足以前にMASTERの次代大師候補として注目されていた男でもある


「例の黒狼のことですよ」

「おやおや、また彼らでしたか」

「この四か月間で彼によって多くの過激派が潰されました。大師様からの通達で、組織の内外に余計な疑惑を持たれないように過激派とは関わるなと言われていたとは言え、よもやここまで一方的になるとは、我々も予想外でした」


 そう言って御影は翼の方をちらりと見て、彼の話を引き継ぐようにアイコンタクトをした。


「去年の夏の東京襲撃での首謀者の撃破から今日に至るまで、奴は猛烈な勢いで力を増して来ました。今では例の弓使いや長刀使いと並んで危険人物です。しかし……」

「しかし?」


 翼の言葉に反応して不敵な笑みを見せる安正。


「それでも俺達赤狼は負けません。絶対に」

「そうですか。まあ、私も陰ながら応援させていただきます。では、私は仕事があるので、これで失礼させていただきます」


 そう言いながら安正は翼達から離れようとした。


「待ってください!」


 その時翼は、咄嗟に立ち去ろうとした安正を呼び止めた。


「どうなさいましたか?」

「まだ、気にされてますか? 俺がMASTERの次代大師として選ばれたことを……」


 翼はどこか申し訳なさそうな表情で尋ねた。すると安正は瞳を閉じて十秒ほど考える素振りを見せてからこう返した。


「……大いに気にしてますよ。私は」

「あの……その……」


 鋭い言葉を返されて歯切れが悪くなる翼。


「ですがそれを理由にあなたをどうこうしようとは思っていませんよ。今私が反旗を翻せば、組織は内部分裂を起こし、新選組モドキや警察に付け入る隙を晒すことになります」

「新見さん……」

「まあ、私や第二師団長の狭山はともかく、両師団の部下達には納得してない連中もいます。第一師団の方は引き続き抑えますが、あなたも我々の部下達から慕われるような人になってくださいな」


 そう言いながら安正は通り過ぎた。


「翼……」

「いや、新見さんの言う通り、両師団の団員達からも信頼される人間にならなければならないからな」

「なら俺達も協力するから、お前は成すべき使命を果たす為に突き進んでくれ」

「ありがとう。俺の背中は、引き続きお前達に預ける」


 翼は穏やかな声で礼を言い、御影の方を優しく叩いた。


「そう言えば、赤狼七星の訓練はどうなってる?」

「順調だが、お前の特訓に付き合って疲れが出てるのは否めないがな」

「無理させ過ぎたな。近々休暇でもやれればいいんだが……」

「難しいだろうな。でも、あいつらはどんなことがあってもお前に付いてくって約束してる」

「そいつは有り難いな……」


 翼はそんな赤狼七星のスタンスに、安堵した表情でつぶやいた。


「だがお前の特訓への気合の入れようは凄まじいな。七星の六人が掛かりの本気を圧倒するとは。創破を発動したらどうなることやら」

「これからの戦いは今まで以上に厳しくなる。その為に力は付けておかなければならない」

「沖田総次への対抗もあるってか?」

「……まあな」

「奴とはいつか戦うことになる。その時まで力を蓄えるのは大事だな」

「だがまだ不足してる部分がある。それを補わないとな」

「そうだな。にしてもお前らしい」

「まあ、奴の方から突っかからなければ問題はないだろう。俺も当分は赤狼の事務作業の最終チェックでここに残ってる」


 そう言いながら翼は御影と共に司令室に入った。


「それで、大師様の容態はどうなんだ?」

「ヤバいみたいだ。加山様が言うには、大師様に延命の意思はないらしい」

「そうか……」

「お前としては、複雑だろうな。 両親が死んで施設に預けられていたお前を保護してくれた恩人として」

「ああ。大師としてのやり方は容認できなかったが、それでも、俺を救ってくれた恩人であることも事実だからな……」

「MASTERの大師、いや、もうその肩書で呼ぶことは出来なくなるな。今はなき、浅永コンツェルン元総裁、浅永健一郎への帰還……」

「大師という仮面を外し、七年の歳月を経てその死と共に本来の姿に戻る。そうなれば確実にこの動乱は、新たな局面に入る」

「だな。まあ、引き続き俺達がお前を支えることに変わりはない」

「分かってる。頼むぞ……」


 翼は硬い決心を込めた表情でそう言った。

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