第19話 天を喰らう黒き狼

「……どうなったんだ?」

「分からない……」


 唖然とした表情で周囲を見渡す瀬理名とアザミ。一同が固唾を飲んで見守っている中、爆風で舞っていた土煙が徐々に晴れた。


「はぁ、はぁ……」

「やはり俺と同じ遺伝子を持っただけに、今の力もほぼ互角だったか……」


 肩で息をする総次を、総一は冷静に称賛の言葉を送った。


「総ちゃん、右手が……」


 夏美は両手を口で押えながらそうつぶやいた。先程の爆発に巻き込まれた為か、総次の右腕は肘の部分まで肉が削ぎ落され、所々骨が露出していた。羽織っていたコートも、先程の爆風で跡形もなく消し飛んでいた。


「右腕が使えなくなっちまったか……」


 佐助は目を細めてそうつぶやいた。すると隣にいる助六が総次と反対側の方を指さしてこう言った。


「だが、敵も同様でごわす」


 指差された方角を見ると、沖田総一の右腕は肩から吹き飛ばされていた。


「まだ……戦い足りねぇだろ?」


 尚も余裕の態度を崩さない総一は、おもむろに左腕を天に掲げた。すると彼の左手から純白の闘気と漆黒の闘気が集約し、やがて混ざり合って灰色に輝く闘気の刃が発生した。


「まだあんな力が……」


 重傷を負い続けたはずにもかかわらず、総一は全く衰えを知ることなく堂々としていた。


「お前に……勝つ……‼」


 総次も左手に純白の闘気を集約させ、獣の如き鋭い爪を生成した。


「総次君まで……」


 総次と総一の底知れぬ闘争本能に、冬美は驚愕していた。


「どちらも限界を超えている……」


 瀬理名は先程までに巻き起こった爆風で巻き起こった土をはたきながらそうつぶやいた。


「来いよ」

「ああ……‼」


 総次は左手に生成された純白の爪を振るい、地面を強く蹴って総一に突撃し、総一も総次目掛けて灰色の剣を振り上げながら突進し、三度総次との打ち合いに入った。


「あのダメージでもまだ戦い続けるなんて……」


 翔は静かにそうつぶやいた。互いに片腕が使用不可能の状態のはずだが、その動きやキレに狂いは一切見当たらなかったことは、翔でなくとも見ている一同を驚愕させるには十分だった。特に総次は総一と違い、体力的な問題と二つの闘気の扱いに慣れていないというハンデを背負っているが、それを感じさせない動きをしていることが彼らの驚愕を一層深めていた。


「あの灰色の闘気、さっきの白い闘気と比較にならねぇ力があるな……」

「右腕吹き飛んでる状態でまだあんな力を出せるとは……」


 そう言って清輝と翔は二人の力の凄まじさを感じてそうつぶやいた。

 そんな彼らの驚愕をよそに、両者の打ち合いは苛烈さを増していったが、やはり体力的に総次の方が徐々に押され始めた。


「どうした総次‼」


 総一は総次の動きが最も鈍くなった右脚を灰色の剣で薙ぎ払わんとしたが、総次はその場で飛び上がって総一の薙ぎ払いを避けた。だが全身の疲れが跳躍力を落としており、一メートル程しか飛び上がれなかった。


「飛び上がんのもやっとか‼」


 総一は飛び上がって攻撃態勢が整っていなかった総次の右胸目掛けて突きを繰り出した。


「おのれぇ‼」


 総次は即座に純白の爪でいなそうとしたが、身体がそれについて来れずに軌道をずらすのが精一杯だった為、右脇腹を貫かれてしまった。


「ぐはっ……これしき……‼」


 苦しむ素振りを見せながらも、総次は執念で総一の顔面目掛け爪の斬撃を繰り出す。総一はそれを左に首を傾けてかわしたが、右脇腹を貫いた拳を抜く暇を与えぬ総次の執念の一撃は、彼の右耳を削り取ることに成功した。


「執念深い、なっ‼」


 そう言った総一は総次を貫いた闘気の剣を抜き取ってそのまま回し蹴りをして総次を吹き飛ばした。

 だが総次は吹き飛ばされた瞬間に空中で身体を一回転させながら体勢を整え、そのまま無理なく着地した。


「ぐはっ‼」


 だが着地した直後、総次は表情を歪めながら右脇腹の傷を抑えて吐血した。


「そろそろ限界か?」


すると総一は手に込めた闘気量を増幅していった。


「終いだ……‼」


 総一は遥か頭上に飛び上がって左手の闘気の塊に更に純白の闘気と漆黒の闘気を注入し、ドームの直径と同程度の大きさまでに巨大化させた。


「ならば……‼」


 総次も総一に対抗するように左手の爪を漆黒の闘気に切り替えた。


「……受け止めきれるかぁ⁉ 総次ぃ‼」


 総一は巨大な灰色の剣を振りかぶり、総次の頭上目掛けて猛スピードで飛び掛かり、総次はその軌道を読んで漆黒の闘気で出来た爪を振るい、グラウンドを強く蹴って総一目掛けて飛び上がった。


 射程圏内に総次を捉えた総一は巨大な灰色の剣を振り下ろし、総次がそれを巨大な漆黒の爪で受け止めた瞬間、今までを遥かに凌駕する大爆発がドーム全体を包みこんだ。


「もっと俺を愉しませてみろ‼」


 遥か上空まで飛び上がった総一は、左手の灰色の闘気を塊をドームの直径をも遥かに凌駕する程に巨大化させた。


「あの闘気……」

「神の力って、奴か?」


 総一は更には灰色の闘気の力を増大させて総次を押し込んでいった。だが総次の漆黒の闘気も、彼の闘争本能に反応するかのようにその力を加速度的に増していった。


「まだだ‼」


 総一に押される中でも、尚も力を上昇させて受け止め続ける総次。そして総一はそんな総次を嘲笑うかのように力でねじ伏せようとしていた。


「この程度で、俺を止められるかぁ‼」

「必ず止めるっ‼ 何としてもだぁ‼」


 総次がそう叫んだ瞬間、総次の漆黒の爪が更に巨大化し、そのまま総一の灰色の闘気を凄まじい速度で吸収し始めた。


「はぁぁあああああ‼」


 総次は全身に血管を浮かび上がらせながら全ての力を込めて漆黒の闘気の爪を突き出した。


「ッハハハハハハ‼」


 総一は狂喜に顔を歪めながら灰色の闘気の刃を振るって総次の闘気の爪を受け止めた。


(もっと、もっと力を、限界を超えた力を……‼)


 総次がそう願った瞬間、左腕の闘気の爪が猛烈な勢いで膨張し始めた。その反動で、総次の左腕の皮膚や肉が削がれていった。


「うおらぁぁぁあああああ‼」


 更に限界を超えた力を引き出さんとした総次。その瞬間……。


「これがお前の全力、本気‼ 最高だぜぇ‼」


 総次の力にこれまでにない喜びを叫んだ総一を、総次の極めて巨大な漆黒の闘気の爪を狼の姿に変えながら一瞬で飲み込み、遥か天高くまで打ち上げる。漆黒の狼は千メートル上空で一気に解放され、上空の雲を全てを吹き飛ばす大爆発を引き起こし、東京都全土に二つの闘気を拡散させた。

 一同は吹き飛ばされないようにその場に伏せて何とかやり過ごしたが、その勢いは凄まじく、彼らがその場から頭を挙げた時には、辺り一面が爆風で何もかも吹き飛ばされていた。


「……どうなったんだ?」


 頭を挙げてまずそうつぶやいたのは佐助だった。そして隣にいる助六は辺りを見渡してこう言った。


「沖田総一の姿が……消えたでごわす」

「ええ、跡形もなくなってます……」


 助六も冬美も、確信を持った表情でそう言った。


「オチビちゃんが勝った、か……」


 佐助は未だに実感が湧かなかったようだが、冬美が嘘を言ったことがなかったので、すぐに納得した様子を見せた。


「あれを見ろ‼」


 勝枝叫びながら上空を指さした。そこには、爆風に煽られ、落ちていく総次の姿があった。


「総ちゃん‼」


 夏美は叫びながらそこへ駆けつけ、総次をお姫様抱っこの要領でキャッチした。


「総ちゃん……」


 総次に声を掛ける夏美。だがその総次からは返事が返ってこなかった。すると彼女に遅れて駆け付けた紀子が総次の左胸に顔を近づけて心臓の音を確認した。


「気を失ってるだけよ。でも傷が深いから、急いで運ばないと」

「私も行くわ。麗華達にも連絡を入れる」

「俺達も手伝うぜ。オチビちゃんを麗華達のとこへ連れてくのをよ」

「拙者も手伝うでごわす」

「ありがとうございます!」


 そう言って夏美は総次をお姫様抱っこの要領で抱きかかえ、紀子達と一緒にその場から足早に立ち去った。


「大丈夫か? お前ら……」

「翔……それに皆も」


 夏美達が立ち去ったのとほぼ同時に、観客席のあった場所からゆっくりと歩いて来た翔達陽炎の面々を見て、勝枝は彼らに近づきながら話しかけた。


「何とか無事でした……」


 そのなかで最も疲れ切った表情をしていたのは清輝だった。そんな清輝の隣で麗美と哀那は複雑そうな表情をしていた。


「どうしたんだ? 二人共」

「いえ、麗美がMASTERの連中の気配を見失ったので……」

「ごめんなさい。どさくさに紛れてあいつらを見失いました……」


 麗美は申し訳なさそうな表情で勝枝達に謝った。


「今は仕方ないわ。皆が無事で何よりだわ」


 そんな二人の謝罪に対し、勝枝はにこやかにそうつぶやいた。


「その通りだ。今は皆が無事だったことを喜ぼう、と言いたいとこだが……」


 そう言いながら翔は勝枝の方を振り返った。


「総次は大丈夫よ。傷は深いが、さっき夏美達が運んでったわ」

「そっか……」


 翔はどこか安堵した表情でそうつぶやいた。


「俺達は持場に戻りましょう」

「ああ。鋭子が麗華に伝えたから、安心して」

「分かった。じゃあ、撤退といきますか」

「「「了解!」」」


 清輝達三人はそう言って翔に敬礼し、そして勝枝と共に東京セントラルドームを後にした。



⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶


「……そんな……」

「ボスからの連絡が……途絶えた……?」


 アジトで指示を取っていた道真と和馬は放心状態だった。それより少し前に御三家の全滅の方を耳にして一同の士気は落ちていたが、この時のはその比ではなかった。


「我々の敗北……ですか……」

「……畜生‼ あの野郎、死にやがって‼」


 和馬はそう叫びながら手にしていた資料を地面に投げ捨てた。


「道真様、我々は一体これから、どうすれば……」

「……ボスと御三家が斃れた以上、最早我々にこれ以上戦いを続けることは不可能です。いずれここの場所も割り出されるでしょう」

「そんな……ここまで来て……」

「残念ですが、我々は負けたのです。全てが、終ったのです……」


 暗い表情の道真は重い口を必至そうな表情で開けながら言葉を紡いでいった。それを聞いていた情報課の面々の表情は絶望一色だった。



⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶


「そうか、総次は勝ったか……」


 同時刻、病室で横になっている翼は、赤狼七星経由で御影からの報告を受けていた。


「ああ。奴は消滅した」

「……分かった」

「それともう一つ、どうやら沖田総次は、兄貴と同じ力に目覚めたようだ」

「あの闘気か?」

「ああ。戦っている時の奴の言葉から、どうやら修行の果てに手にしたらしい」

「……そうか……」


 翼は微笑みながらつぶやいた。


「お前、何で笑えるんだ?」

「昔から変わってないって思っただけだ。相手が誰であろうと全力で立ち向かい、勝利を得ようとするとこが、あいつらしいってな」

「だが、奴が兄貴と同じ力を手に入れたとなれば、俺達の最大の脅威になる。現にお前だって、沖田総一に深手を負わされたじゃないか」

「奴が相手ならな……」


 翼は急に表情を凛とさせて御影に振り返った。


「どういうことだ?」

「総次は確かに強大な力を得たが、それだけで俺達の敗北が決まった訳じゃない」

「じゃあお前は、最終的な勝利を手にする必勝の策があるって言いたいのか?」

「必勝などないが、勝率を上げる為の算段はある。その実現には、赤狼全員の協力が必要だ」

「……随分と楽観的だな」


 御影は呆れ返ったように言った。


「いずれにせよ、沖田総一の脅威は消えた。それだけでも良しとしよう」

「分かった」


 そう言って御影は病室から立ち去ろうとした。


「俺もまだまだだ……‼」


 翼は小さく拳を握りしめてそうつぶやいた。


「さて、俺はこれで戻るが、無理すんなよ」

「御影」

「ん?」

「……身体が全快したら、俺は再び創破の闘気の修業を始める」

「そっか」

「新技の開発も行う」

「新技?」

「俺達の切り開く未来は簡単には実現できない。その為の力を身に着ける必要がある。七星にも協力してもらう」

「……伝えておく」


 そう言って御影は翼の病室を後にした。


「……待ってろ、総次」


 決意を新たに、翼は握り拳を天井目掛けて掲げた。

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