第四章 地獄の女神
第1話 梅雨の季節
「今日も雨……何で毎年この季節になると雨が多くなるのかな~……」
「仕方ないわよお姉ちゃん。そういう時期でしょ? 梅雨っていうのは……」
時刻は午後五時三十分。六月に入り、時期的にも雨が多くなってきた。フリールームの窓から見える曇り空の景色と耳に入る雨音をテーブルに上半身を乗り出してだらだらした姿勢でうんざりしていたのは夏美だった
「単に降るならまだいいけどさ~。湿気も凄いからジメジメするぅ~。朝起きてから髪を整えるにしても、いっつも髪が広がっちゃってゴワゴワして纏めるのも大変なのに~……」
夏美はそう言いながら自分の正面の椅子に座っている冬実に、自身のツインテールを両手で軽く掴んで前後に揺らしながらアピールをしだした。
「冬美が羨ましいよ。あたしと違って湿気に強いんだもの……」
「それでも結構手を焼いてるわ」
軽く自分の髪を摘まみ、困り顔で冬美は弁明した。
「それにしても、今日のファッションも冬美らしいわね~」
「もう夏だから、季節に合わせて見たの」
そう言いながら冬美は席から立ち上がり、スカートの裾を両手で掴んでその場を一周回りした。夏場に合わせ、彼女のロリータファッションは青と白のマリンスタイルに変わっていた。
「ねぇ~。今度これ以外で私に合う髪型が合ったら教えてよ~」
夏美はツインテールを揺らしながら猫なで声で冬美におねだりした。
「ふふっ 勿論よ」
冬美はそんな夏美の頼みを微笑みながら快諾した。
「おはようございます」
そう言って夏美達に挨拶しながらフリールームに入ってきたのは総次だった。
「おはよう~って、総ちゃん夏服じゃないの?」
「そうね。六月の衣替えの時期も終わったし……」
二人の言うように、今の総次の格好は冬物と全く同じデザインだった。冬美の言うように、六月に入った段階で夏服への衣替えが行われる。そのことは当然総次も知っていたことと思っていた二人からすれば、明らかに浮いている。その理由を総次は夏美の隣に座りながら説明を始めた。
「デザインは一緒なんですが、生地が薄いだけで、これは夏服なんです」
「へぇ~。あたし達なんか夏服なのにジメジメしてて気持ち悪い……」
パッと見冬服と間違われること必至な総次の隊服と対照的に、夏美も冬美も羽織っていた新戦組の羽織を腰に巻きつけて、カットアウェイショルダーの白い半袖のへそ出しTシャツとデニムのホットパンツであり、履物は花柄をあしらった赤いストラップサンダルに代わっていた。それでも夏美にとってこの湿気は厄介だったようだ。
「ところで、鳴沢さんと三番隊の方々の姿が見えないんですが……ひょっとして任務かなんかでしょうか?」
ふと総次はこんな質問を夏美に投げかけた。
「ううん。休日を使っての息抜きに行ってる」
「息抜きって……どこへですか?」
「昨日の拠点制圧任務成功を祝してって佐助さんが原宿の居酒屋で飲み会を提案したの。それで副長に外出許可をもらって、原宿に遊びに行ってるみたいなの」
「外は雨ですよ?」
「あたしも別の日にすればいいのにって思ったわ。でも三番隊の人達が『例え雨の日でも雪の日でも、佐助の兄貴についていきます!』って言って行っちゃったの……」
夏美は総次の言葉を聞いて脱力気味に言った。まだこのジメジメした湿気が影響しているようだ。上半身を起こそうともしていない。すると冬美は苦笑いしながら夏美に言った。
「でもいつものことじゃない。佐助さんのああいうところは」
「そうなんですか?」
「ええ。私達が入隊した頃からああいう感じだったわ。部下の方々との絆を大事にする佐助さんらしいって、私も見習わなきゃって思わされたわ」
「隊員の方々との結束力が強いんですね。僕なんかまだ組長としては隊員の方々にテストされている状態ですよ……」
冬実の話を聞いて、総次は佐助と三番隊の絆の強さに感心しつつも、未だに人心を掌握しきれていない己を自虐した。
「でも、少しずつ認めらてるんでしょ? まだ入隊して三ヶ月ちょいだし、焦る必要はないわよ」
「ありがとうございます」
総次は夏美にお辞儀をしながら感謝の意を述べた。すると総次は「原宿」という単語からあることを思い出し、下げていた頭を挙げて夏美達に尋ねた。
「そう言えば、原宿にはMASTERの施設は確認されていないんですか? 万一にも市街戦になったら……」
「あそこにはまだ施設は確認されてないわ。でもMASTERの施設は、具体的にここっていうのが分からない施設がまだたくさんあるの」
総次の質問に答えたのは冬実だった。凛とした態度で語った冬実からは、新戦組の組長たる逞しさを感じ取れた。
「逃げ場なしということですか……」
それを聞いた総次は深刻とも悲しいとも取れる複雑な表情をしながらつぶやいた。
「……そんなに悲しい顔をする必要はないわ総ちゃん。こういう時こそあたし達みんなで助け合って戦い抜くことが大事だよ」
「助け合って……ですか……」
夏美の言葉を聞いた総次はそうつぶやいた。まだ完全には不安を払拭しきれてはいないようだが、それでも先程より凛々しさを取り戻したような声になっていた。
「何の話をしてんだ?」
そう言いながら未菜と共にフリールームに入ってきたのは修一だった。
「鳴沢さんについてです」
「佐助の兄貴?」
修一は首を傾げながら言った。
「そう言えば前から気になっていたんですが、澤村さんは鳴沢さんとは師弟関係か何かなんですか?」
「は?」
「いえ、その、何となくそんな感じがして……」
「ああ~……まだ言ってなかったっけ?」
総次に質問を投げかけられた修一は右手で頭をかきながら未菜の方を見た。
「言ってなかったわよ。修が入隊した当初は三番隊の隊員だったってことは」
「そうだったんですか?」
驚く総次に、修一は話を続けた。
「半年ちょっとは三番隊にいて、その後に新設された八番隊の組長試験を受けて合格したんだよ」
「そんなことがあったんですか……」
「私達も元々は勝枝ちゃんの七番隊に所属してたのよ」
「えっ⁉」
驚きから抜け切れていない総次を再び仰天させることを言ったのは冬美だった。
「冬美さんが七番隊にですか? ひょっとして夏美さんも……」
「うん。一年近くしてから九番隊と十番隊が出来るにあたって選抜試験があって、それからあたし達が組長に選ばれたの」
夏美は席から立ち上がって総次に近づきながら答えた。
「新戦組の人事がどうなっているかは詳しく知らなかったので、結構驚きました……」
「そっか。総次君は入隊して直ぐに一番隊の組長になったけど、その辺りはまだ知らなかったわね」
「ええ。まだ、知らないことが多いみたいですね……」
総次は未菜に頷きながらそう言った。
「まっ、これからは地方よりも関東圏での任務が多くなるだろうし、その影響で地方から東京の支部や本部に流れる連中も出てくるかもしれないな」
修一はそう言いながら、総次の頭をまるで我が子をあやすかのように撫でた。
「そう言えば、澤村さんは先程まで仕事だったんですか?」
「ああ。ついでに陽炎と訓練もやってきた」
「陽炎の方々とですか?」
「ああ。本部に合流して三週間だし、俺達との合同任務の回数も劇的に増える。今の内に訓練して、しっかりと連携をうまく取れるようにしなきゃなって思ってな」
「連携……ですか……」
「……どうしたの?」
少々暗い表情でつぶやいた総次を訝しげに見た未菜はつぶやくような声で総次に尋ねた。
「連携も大事ですが、個人の戦闘技能も重視した方がいいかなって思っただけです」
「こないだの組長会議の時も言ってたな」
「また新宿にいたあの男のような手練れが現れれば、並の連携や戦術では跳ね返されるのが関の山だと思ったので……入隊して三ヶ月の若輩者の、身分不相応な意見だということは重々承知しています」
「何を言ってんだよ。副長が前向きに検討するって、しっかりとお前の案を見てくれたじゃないか。お前は立派に組長してるよ」
「……ありがとうございます。澤村さん」
修一にそう言われ、総次は恐縮しながらお辞儀した。
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