第2話 謎の美女

「昨日は皆、本当にご苦労だった! 乾杯‼」

「「「「「乾杯‼」」」」」


 佐助の号令を共に、総勢二十人の男達は一斉に生ビールを喉に流し込んだ。佐助達三番隊は昨日命じられた世田谷区のMASTER支部制圧任務を成功させた祝いの為に、任務に参加した男達と共に原宿駅竹下口から徒歩六分にある居酒屋「飲み卍」にて盛大な祝勝会を開いていた。

 ちなみに佐助達三番隊は全員新撰組の隊服ではなく、私服姿でいるのには理由がある。休日など任務と関係ない状況でMASTERが近くにいた場合、表立って新戦組の隊服を着て出歩くと争いや暴力沙汰と言った市街戦が行われる可能性があり、関係のない一般市民を巻き込みかねないと想定しての周囲への配慮の為だ。


「兄貴。改めて聞きますけど、本当に全部兄貴の奢りでいいんスか?」

「当り前だろ? お前達が踏ん張ってくれたおかげで任務が成功したんだ。これでもまだ祝い足らないぐらいだぜ」


 佐助は部下と同じように大ジョッキに入った生ビールを飲みながら言った。その表情からも彼らの活躍を素直に喜ぶ気持ちが溢れ出てきているのが分かる。

 そんな中佐助は少々声をひそめながら隊員達に向かってこうつぶやいた。


「とは言え、まだMASTERもどこに潜んでるか分からねぇ……引き続き気を引き締めることを忘れんなよ」

「「「「「押忍‼」」」」」

「へへっ……その気合も忘れんじゃねぇよ」


 隊員達の気合と正義感の籠った声に感心した様子の佐助は、小さな声でそうつぶやきながらジョッキに入っていた残りの生ビールを飲みほした。


「なぁ姉ちゃん。少し俺たちと遊ばねぇか~?」

「嫌です……やめて下さい……」


 佐助達が飲んでいた個室の隣のテーブルから男女のやり取りが聞こえてきた。佐助達が振り向くと、二十歳前後の若い女性二人が、金髪で色黒な男四人に絡まれて迷惑そうな表情をしていた。恐らく男達は彼女達にナンパを仕掛けたのだろう。

 か細く震えた声で抵抗の意思表示をした女性の隣に座っている女性はにらみを利かせて男達と相対しているが、それも効果が薄いと見えた。


「兄貴……あれって……」

「あぁ。全く……」


 隊員の一人と共に個室から顔を出して様子を窺っていた佐助は、無言のまま女性二人を囲んでいた男達の下へ赴く。するとそれに気づいた一人の男が佐助の方を振り向いて睨み付けてきた。


「あん? 何の用だ?」

「若い女をナンパするのに、頭数揃えて逃げ場をなくしてから攻めようっつーのは、感心できねぇな~……」

「なんだと……? 俺達に喧嘩売ってんのか?」

「……まあ、お望みならそれでもいいが、ここじゃあ迷惑だな……表へ出な」


 手の骨を鳴らしながら挑発する佐助。


「悪ぃがそう言うのは気に入らねぇんだよ……場所移す暇あんならここでケリつけてやんよぉ‼」


 そのまま最初に佐助に睨みを利かせてきた男が、佐助に右ストレートをかましてきた。


「甘い甘い」


 しかし佐助は拳を左手で受け止めつつ男の背中へ瞬時に移動し、そのまま柔術の要領で男の両腕を縛り上げながら耳元でこうつぶやいた。


「物事ってのには時と場所を選ぶってマナーもあってだな。こういう争いは場所選ばねぇと関係ねぇ人にまで迷惑ってのが掛かんだよ……」


 縛り上げられた男に敵意と殺意の籠った眼光を飛ばしているのを悟った男はそれ以上何も言えずにその場で震え上がっていた。


「て……てめぇ‼ 調子乗ってんじゃねぇぞ‼」


 それを見ていた男の一人が佐助に向かって左ストレートの体勢のまま突っかかってきた。その時……。


「ぐはぁ⁉」


 なんとその男は佐助の手前一メートル程で急に気を失って倒れたのだ。


「ったく……ちょっと黙ってみてれば程度の低い男どもね……さっさと金払って出てってくんないかしらね……」


 気絶した男の背後に立っていたのは、佐助とさほど変わらない年齢の黒髪のショートヘアーの女性だった。その目つきからは並の男でも震え上がるような鋭さと冷たさが感じられる。


「な……何だてめぇ‼」

「あんた達に名乗る名前なんてないわよ。特に女に対して威圧的に接しようとするような下品な男にはね」


 まるで害虫を見るような目で睨みつける女性の視線に、残りの三人の男達は恐怖に打ち震え始めた。


「ふっ……ふざけんじゃねぇぞ‼」

「ぶっ潰す‼」


 そう言いながら男達は女に対して近くにあった灰皿を手にして襲い掛かって来た。


「……バーカ……」


 女は左右の男達が振り下ろして来た灰皿を、一瞬しゃがんでかわしながら二人のむこうずねに強烈な手刀をお見舞いしてダウンさせた。更に女はダウンした男達の背中を左右のサンダルのヒールで強く踏みつけた。


「痛てててててて‼」

「や……やめてくれぇ‼」


 踏まれた男達はそれぞれ悲鳴を上げながら女に哀願し始めた。そこからは先程までの暴力性は影も形も無くなっていた。


「分かったのなら、さっさと勘定を払って、気絶した男を連れて出ていくんだな……」

「わ……分かった! 出ていく……出ていくから~‼」


 さすがに哀れに思った女は男達の背中から足をどかして解放した。


「ちょっと。あんたもいい加減その男を放してやったら?」

「だな……」


 女の指示に従い、佐助は男の両腕を解放した。男の表情は佐助にやられた物理的ダメージと目の前で仲間があっさりと倒されたショックで怯え切った情けないものになっていた。そして男達は気絶した男を抱えながら居酒屋を後にしていった。


「さて……お嬢さん達。怪我はしてねぇか?」


 佐助は先程男達に言い寄られていた女性二人に努めて優しい口調で尋ねた。


「は……はい……」

「ありがとうございました」

「いいってことよ」


 女性二人は恐怖から解放された反動でやや身体に力が入っていない状態になっていたが、佐助に優しく接してもらえたことが良い影響を与えたのか、やや笑顔で礼を言った。その様子を横目で見ていた女性が佐助に近づいてきた。それに気づいた佐助は彼女に話しかけた。


「中々やるじゃねぇか」

「あなたも大したものよ。一瞬で抑え込むなんて……」

「あの程度の奴なら朝飯前だよ」

「ふふっ。朝飯前ね。でもあなたなら本当にそう思ってしまうわ」


 女はショートヘアーを微かになびかせて笑いながら言った。


「最近は世の中かなり物騒になったし、女だけで出歩くのにも危険が伴ってくる。生きづらい世の中になったな……」

「否定は出来ないわね……」

「あんたはそうでもなさそうだがな」

「そう言っていただけるのは有り難いわ」


 そう言われた女は微笑みながら言った。


「じゃあ、あたしも出るか……」

「なんなら、俺と飲み直さぇか? 奢るぜ」

「いや。少し一人で飲みたい。気持ちだけ受け取っておくわ……」


 そう言って女はロングスカートの左ポケットから財布を取り出して会計を澄ませて店を出た。


「佐助の兄貴! 大丈夫っスか?」

「当り前だろ? この俺があんなへなちょこ連中相手にやられる訳ねぇよ」

「そう言えばそうっスね。それにしても、さっきの人結構美人だったっスね……」

「外見的な美しさとあの護身術。何よりあの目……そんじょそこらの低レベルな男には絶対に靡かない内面的な強さも持ち合わせてやがる……本当に大した奴だ」

「でもあの体術、昨日今日で手に入れられたものじゃないような気がするっス」

「確かに、かなりの経験を積んでるかもな……」


 佐助はしみじみとした表情で語った。


「ま、これ以上気にしててもしゃーねーか……じゃあお前ら‼ 飲みなおすぜぇ‼」」

「「「「「オウ‼」」」」」


 そう言って三番隊の男達は再び個室で飲み始めたのだった。

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