第19話 一番隊組長・沖田総次

部屋を出た真は、応接室に向かう廊下を歩いていた。


「しかしまあ、さっきの薫の反応と来たら……」


 それは総次の下を訪れる前、副長室で薫と話した時だった。


――――――――――――――



「大師討ちと本庁、情報管理室での調査の結果、今日の襲撃に現れたMASTERの構成員の推定総数は二万人程とみられるわ」

「随分と大規模な部隊を動員したね……」


 総次の部屋に来る前に、真は麗華不在の応接室で薫とこんなやり取りをしていたのだ。


「数の上では相手が圧倒的だったけど、あなたは現場で何か感じたことはあったかしら?」

「構成員達の実力が低いレベルでピンキリだったね……そこが引っ掛かったかな」

「低いレベルで? だとしたら妙ね……」

「本気で永田町や霞が関を陥落させようとするなら、あんなお粗末な部隊を編成しないはず。となると……」

「自分達の保有戦力をアピールして、簡単に政府にも警察にも屈さないということを示すためのパフォーマンスってことかしら?」

「恐らくね。とにかく、引き続き警戒は必要だね」

「そうね……」


 薫が神妙な面持ちでそう言うと、真は急に話題を切り替えた。


「それと別件だけど……これはどういうことだい?」


 真が麗華の机の上に置かれていた書類の一つを手にしてヒラヒラさせながら薫に見せた。見るとそこには「組長就任届」とあり、総次の組長就任が正式に決まっていたことが書かれ、更に麗華の判子も押されていた。


「僕らに何の報告も無しに、随分と話が進んでたみたいだね。まだ二週間も試験期間を残してるというのに……」

「麗華とさっき決めたわ。今回のような大規模襲撃が起こった以上、マスコミも政府もMASTERの存在を公にせざるを得ない。国民の衝撃や外国との外交上のリスクを最小限に留める為の整備や国民の安全を守るための仕事も山のようにあって、そう考えると一ヶ月も時間を取れなくなったわ」

「他に理由はないのかい? 君がそれだけでいきなりあの子の組長就任を認めるとは思えないね」

「ええ。一番隊の隊員達の推薦がなければね」


 薫はため息をつきながらそう言った。


「それは、彼らが総次君を組長として相応しいと認めたってことかな?」

「いえ、もう少し時間を掛けて見てみたくなったって言ったのよ。今日のあの子の働きぶりから、少なくとも覚悟は本物だっていうこと認めたみたいでね」

「確かにね。今日の戦いで少なくとも千人以上は葬ったんだからね」

「……どういうことなの……?」


 薫は硬直した。信じられないような人数を総次が殺したと言われて動揺しない方がおかしいが、それでもかなりの驚きようだった。


「その一番隊の隊員達が言ってたんだよ。あの子が率先して構成員達の息の根を確実に止めてたってね。首相公邸周辺はあの子一人でほとんどを倒したって」

「何で千人以上って数が分かるの?」

「あの子の殺した構成員の大半は、首の頸動脈を斬り裂かれるか、心臓を一突きにされた。それだけでも二、三百人は下らない」

「そう、なの……」

「それに、その後に来た増援の数も、数えてざっと千人以上。それを含めればあの子は、一日で新戦組組長の中で、一番多くの敵を屠ったことになったよ」


 暗い表情で語る真の話の内容に、薫は顔面蒼白になって、手にしていた書類を床にパラパラと落とし、それからしばらく立ち尽くしていた。


――――――――――――――


「まあ、大変なのはこれからだね……」


 真はそうつぶやきながら局長室に向かった。


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 コンコンと、一番隊組長室のドアを叩く音が聞こえた。


「どうぞ」

 総次はベッドに寝ながらそう言った。入ってきたのは麗華だった。

「具合はどうかしら?」

「大丈夫ですが、椎名さんから今日一日はゆっくり休むようにと言われました」

「そう……」


 麗華は総次の顔色を確認しながらベッドに近づき、総次の枕元に腰かけた。


「局長……」

「今日の仕事は終わったし、二人きりの時は『麗華姉ちゃん』て呼んでもいいのよ?」

「いえ……上司と部下の関係上、そう呼ぶことは……」

「相変わらずお堅いわね……それで?」

「先程椎名さんから言われたんですが、上原さんが、僕を正式に一番隊組長に決めたそうですね」

「帰ってきてお昼頃に私と薫で決めて、さっき他の組長達にも伝えたわ。佐助もまだ不安げだったけど、みんなが言うからって納得してくれたわ」

「鳴沢さんが……」

「まあ佐助が渋るのも無理ないわ。誤解しないで欲しいんだけど、あなたのことを思ってのことよ。いきなりそんな大役を担わされる心理的な負担とか、色々心配してたみたいなの」

「そこまで僕のことを心配してくださって、僕はむしろ嬉しいです」

「それを聞いたら、佐助も少しは報われると思うわ」


 麗華はベッドから腰を上げて総次を見下ろした。


「何ですか? 局長」

「疲れてるでしょうから、疲れを吹き飛ばしてあげるわ」


そう言って麗華は頬を紅く染めながらのスカートをめくって太ももを露出させた。


「……あの?」


 総次は目を細くして呆れ顔で尋ねた。


「あら? 吹き飛ばなかったかしら?」

「……別の疲れが……」


 そう言って総次は左手の甲を額に当てた。


「僕はもうすぐ正式に組長になるんです。そんなこと付き合う時間なんて……」

「そう……残念ね……」

「用がお済になられたのなら、お引き取り願えますか?」

「……分かったわ」


 そう言って麗華はしょんぼりしながらスカートを正して部屋を出ようした。


「あのっ!」


 すると総次が上半身をベッドから起こして麗華を呼んだ。


「その……」


 しどろもどろしている総次を見た麗華はこう尋ねた。


「……気が変わった?」


 総次は無言で頷いた。すると麗華は再びベッドに近づき、太ももでスカートの前の布を挟んで大胆に露出させた。


「ほら……おいで……」

「……」


 総次は恥ずかしそうに頬を紅く染めながら、スカートのスリットから露出する麗華の太ももを両手で掴み、顔を押し付けた。


「……暫くこうしてていい? 麗華姉ちゃん」

「いいわよ……好きなだけ……気の済むまでいいのよ……」


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 局長室のソファに座っていた薫は、思い詰めたような表情で総次の「組長就任届」を眺めていた。


「後悔してんのか?」


 そう言いながら応接室に入ってきたのは佐助だった。


「……後悔ってどういうことかしら?」


 薫のそんな言葉を聞きながら、佐助は薫の反対側のソファに座ってこう話し出した。


「オチビちゃんを殺人マシーンにしちまったと思ってたんじゃねぇかってな……」

「私はそんなつもりであの子を推薦したわけじゃないわ」

「だったら……何を思い詰めてんだ?」


 それを聞いた薫は面を伏せた。


「……沖田君と、ちゃんと向き合っていなかったってことよ」

「と言うと?」

「あの子の覚悟を、見誤っていたってことよ」

「だから、罪悪感を覚えたってのか?」

「……」

「言っとくがそうさせたのは一番隊の煽りがあったからだ。まあ、連中もこうなるとは思ってなかったみてぇだがな」

「そう、なの……」

「自分のせいって思ってんだな」


 佐助の問いかけに、薫は観念した様子で小さく頷いた。


「麗華と似たようなことを思ってやがったか」

「麗華が?」

「流石の麗華も、オチビちゃんがあそこまでやるとは思ってなかったみたいでね、さっきの話をしたら結構戸惑ってたよ」

「そう……」

「それで、お前はこれからどうするんだい?」

「……私は新戦組副長として、これからも公私混同せずに職務に励むまでよ。でも……」

「でも?」

「……もっと真剣に、隊員達と向き合わなければとも思ったわ」

「……まあ、オチビちゃんにはそれが欠けてただろうな」

「……」


 佐助のその言葉を聞き、薫は一瞬黙ってしまった。


「……お前は聖翼の命日で友人や妹を殺されたことで、奴らへの強い憎しみを覚えた。だからMASTERを壊滅させようとお前は職務に励んできたが、それが結果的にオチビちゃんを……」

「醜いものね……その為に沖田君を巻き込んで、あんなことをさせて……」

「俺は別にそうは思わねぇけどな。お前の親父さんだって言ってたろ? 愛しい人や大切な人をなくして狂うのは、まともな人間にしか起こらねぇって」

「……」

「だが俺らはそんな個人の感情だけで戦ってるんじゃねぇ。個人の復讐と、大義を掲げて二度と同じような過ちを起こさせないようにするのとじゃあ、訳が違う」

「佐助……」

「それに何より、最後に戦うことを選んだのはあいつの意思だよ。お前が必要以上に思い詰めることはないと思うよ」

「……」


 薫は目に涙を浮かべ始めた。


「これからは俺達全員であいつを支えるよ。だからお前は今までのお前でいればいい」

「……うん」


 涙を拭いながら、薫は決意を込めた表情でそう言った。


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 激戦から一週間が過ぎ、総次は正式に一番隊組長へと就任した。そしてこの日、総次が組長に就任してから初めての会議が催されることになり、総次は組長室を出てそこへ向かっていた。


「おはよう、沖田君」


 そこへ総次を呼び止めたのは、副長の上原薫だった。


「おはようございます。上原さん」

「新しい隊服はどうかしら?」

「ええ。前よりは気に入りました」


 そう言って総次は薫の前で一回転する。永田町・霞が関の動乱の後、最も大きな功績を立てた総次は、麗華の発案で個人用にカスタマイズされた隊服の注文を許された。それは羽織から袴・足袋までが漆黒に染まり、だんだら模様は真紅で、しかも炎のようなデザインとなっていた。

 新戦組においては隊服のカスタマイズは自由だが、ここまで大規模なカスタマイズが許されたのは総次が初めてである。ちなみにこのデザインは、色こそは総次の提案だが、次の年度から施行される新戦組の新デザインのプロトタイプである。そしてその上から、あの黒いコートをマントのように羽織っていた。


「隊員達の様子はどうかしら?」

「組長としてはこれからなので、まだテスト期間と言うことになりそうです。なので、今は目の前のやるべきことをやるのみです」

「そう、でも決して無理はしないでね」

「そのつもりです」


 そう言いながら二人は再び会議室を目指して歩きだす。


「ところで、その……」

「上原さん?」


 突然、何か言いたげな素振りを見せた薫に、不思議そうな表情で総次は尋ねた。


「……私のことを、恨んでるかしら? 無理やり戦いに担ぎ出したことを……」

「それは……」

「いいのよ。私のことは恨んでも、それだけのことをしたのは事実だから……」

「上原さん」


 薫の言いたいことを察し、総次は我慢ならない様子を見せて反論を始める。


「……確かに、僕はあなたの提案に乗る形でこの組織に入りました。ですが、美ノ宮大学の時と、今回の戦いを経験して、今の自分の戦う理由をはっきりと持てた気がします」

「戦う理由?」

「はい。あんな風に、罪のない人間が殺されるようなことを、二度と起こしたくないという思いです」

「沖田君……」

「上原さん。この隊服の件で我儘を申し上げた謝罪として、これだけは誓います」

「何かしら?」

「僕は、僕の全力を尽くして、一番隊組長としての責務に励みます」


 そう言った総次の声には、今までにないほどの力強さがこもっていた。


「……分かったわ。これから頑張ってね、沖田君」


 そう言って薫は総次の眼をまっすぐ見て答えた。そうこうしている内に、二人は会議室の前に到着していた。薫が会議室の戸を開くと、真達組長達は麗華と共に席に着いて総次の到着を待っていた。


「一番隊組長、沖田総次。只今到着しました!」

「副長、上原薫、到着しました」

「会議開始時間十分前……宜しい」


 麗華は総次の宣言を受けつつ腕時計を見てそう言った。すると総次は佐助の近くまで来た。


「鳴沢さん。いろいろ心配して下さってありがとうございます」

「えっ……」

「局長が仰ってました」

「お……おう……」


 佐助はこそばゆくなったのか、紅くなった頬を右の人差し指で掻きながらそう言った。


「麗華……」


 薫は麗華に呼びかけた。


「……では、会議前の点呼を行います。十番隊組長、花咲冬美」

「はい!」

「九番隊組長、花咲夏美」

「はい‼」

「八番隊組長、澤村修一」

「はいっ‼」

「七番隊組長、笠原勝枝」

「あいよ」

「六番隊組長、本島紀子」

「はい」

「五番隊組長、霧島鋭子」

「はっ」

「四番隊組長、剛野助六」

「うむ」

「三番隊組長、鳴沢佐助」

「おうっ!」

「二番隊組長、椎名真」

「うん」

「そして……一番隊組長、沖田総次」

「……はい」


 呼ばれた総次はその場で静かに声を上げた。


「全員出席……では全員席に着いてお待ちください」


 いよいよ今日から総次の、正式な一番隊組長としての戦いの日々が始まる。これから先辛いことが多く待ち構えているだろう。

 それでも、自分で選んだ道を後悔せぬよう、総次は突き進むことを選んだのだった……。



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