混沌の狼―二十一世紀の新選組―

路地裏の本棚

第一章 黒狼の眼覚め……‼

第1話 発端・血のキャンパス……‼

 それは、彼らにとって信じがたい光景だった。


「な、何なんだよ、これ……?」


  首相官邸前の通りで、四百人を数える賊が恐怖で顔を引きつらせながら見つめるその先には、返り血と新選組の隊服を身に纏い、刀と小太刀を手にした少年が、獲物を捕らえた狼の如く眼光を向けて佇んでいる。

 彼の足元には、数えきれない程の死体が、血と共にアスファルトを埋めていた。更に賊と少年との間には、それ以上の数の死体が、血だまりとなった半円状に抉れたアスファルトに転がり、生々しい匂いが辺りに漂っていた。


「ば……化け物だぁー‼」

「全員、撤退だっ‼」


 一目散にその場から退散する賊。


「はぁ、はぁ、はぁ……あっ……」


 賊が逃げ去った瞬間、少年は糸の切れたマリオネットのように、力なくその場に仰向けに倒れた。


「僕は、生きて、いるん、だ……」


 そう呟いて、少年はゆっくりと瞼を閉じた。あの日、に巻き込まれるまで、こんなことになるとは思えなかったと思いながら……。


――――――――――――――――――――――


「はぁ、緊張する……」


 改札を出て直ぐのロータリーで、黒い帽子と通っている高校のブレザーの上に黒いコートという地味な風体の小柄な少年がため息交じりにつぶやく。右手に握られている受験票には「沖田総次」と言う名前が記載されていた。


 緊張するのも無理はない。総次が合格発表を見に行く美ノ宮大学は、国内有数の名門私立大学。総次はその中でも特に偏差値の高い法学部を受験した。この十年で東大以外で政治家や官僚を輩出している、日本の私大でも屈指の名門校である。

長い不景気である以上、自分の将来を考えると、美ノ宮大学卒という肩書きは非常に価値がある。


 幸い総次は『美ノ宮大学』に推薦を受けることが出来るほどに優秀ではあるが、それでも受かるのは非常に難しい。

 学業に限らず、幼少から剣道を習い、大会で幾度も優勝経験がある総次も例外ではない。自然と、受験票を持つ右手の力が強くなる。ちなみに彼が竹刀を手にしているのは、ここ数年何かと物騒な世の中なので、万一の時の護身用の為にと思ったからである。


(それにしても、なんかさっきから大学の方が騒がしいような……)


 彼の耳に、遠くの方から叫び声や、何かが破裂するような音が聞こえる。美ノ宮大学から最寄りのこの駅は、東京郊外で昼間の人通りが少ない。

 この日は受験生が多いが、それでも不自然なほどにうるさい。合否結果の発表は午前十時であり、時計を見ると今は九時三十分。夏休みにオープンキャンパスで行った時も、大学内こそ賑やかだったが、この辺りは割と静かだった。


(何かあったのかな?)


 そう思いつつ、総次は大学へ向かい始めた。



 大学は駅から五分歩くと見える小高い丘の上に建っている。そこを上るのに大体三分ぐらいかかる。

スクールバスも通っていないので、ここからは徒歩での通学になるのだ。


「もうすぐだ……」


 丘の中腹まで登ってようやくキャンパスが見えてきたが、その直後に総次の視界に入ってきた光景は、彼には全く予想外で、現実味のないものだった。


「えっ? なにあれ……」


 キャンパスの建物から噴き出る激しい炎。悲鳴にも似た叫び声と爆発音。


(何が、起きてるの……?)


 総次は嫌な予感を抱きながらも歩く足を速めてキャンパスにたどり着いた。。だがそこで総次は、歩く足を止めた。いや、止めざるを得なかった。


「えっ……?」


 眼前の光景に言葉を失う総次。頭を割られた死体、背中から鉈を突き刺された死体と、キャンパス内を覆い尽くさんばかりの血だまりの中に、無数の死体が転がっていたのだ。ざっと見て三百人は下らないだろう。


 死体の中には高校の制服を着てるものもあったので、受験生達も巻き込まれたのは間違いない。常人なら吐き気を催す光景だった。おまけに生々しい臭いが漂い、総次は思わず鼻と口を手で塞いだ。

 更にキャンパスからはおぞましい悲鳴が聞こえてくる。声のした方角に視線を移すと、若い賊が鉈や包丁を手に、生き残っている人達を、まるで狩猟でもするかのように追い回し、殺しまくっていた。


「何が起きてるの? 何でこんなことに……」


 鼻と口を手で塞ぎながら足元に転がっている死体を眺め、混乱する総次。そんな彼の耳には、周囲の激しい爆発音が、鼓膜を破らんと言う勢いで雪崩れ込んでくる。その中で、鉈を持った賊が総次の方を振り向いた。


「おい、まだ生き残りがいるぞ!」

「我らが大師様はここに現れる人間は全て殺せと仰せられたんだ。手当たり次第にぶっ殺すぞ‼」

「「「「「オオオオオォ‼」」」」」


 誰かが叫ぶと、鉈やハンマーを持った賊が一斉に総次目掛けて迫りくる。すぐに逃げようとする総次だが、大学の職員専用出入り口からは同じように武装した賊が大勢出てきて、あっという間に退路を断たれてしまった。


(こんなところで、死にたくない……‼)


 総次は持ってきた袋から竹刀を取り出して構えた。


「我らがMASTERの未来の為に、邪魔する奴らは一人残らずぶっ殺す‼」

「「「オオォォ‼」」」


 手にした鉈やハンマーを振りかぶり、一斉に総次に襲い掛かる賊。しかし総次がその場で竹刀を力強く一振りした瞬間、剣圧で周囲から襲い掛かって来た二十人程の賊が上空に吹き飛ばされた。


「うわっ‼」


 同時に総次の姿が彼らの前から消え、彼らは周囲を見渡した。


「おいっ‼ 何が起きているんだよ‼」

「だから分からねえっつってんだろ‼」

「くそっ……あのガキはどこへ行った⁉」


 すると一人の男が「いたぞっ あそこだ‼」と叫んだ。


「どこだ‼ どこにいるんだ‼」

「だからあそこだっつってんだろ‼」


 賊が叫んだ男の指さす方向に振り向くと、既に総次は来た道を走って逃げていた。総次の持っている竹刀は、鋼鉄のように鈍い輝きを放っていた。


「見たか……あいつの竹刀を」

「まさかあいつ……」

「あのガキ……よくも我らが同志を‼」

「ガキを血祭りにあげろっ‼」

「「「オオォォ‼」」」

「「我らが大師様の下に‼」」


 賊はそう叫びながら総次を追っていった。


⊶―⊶⊶―⊶⊶―⊶⊶―⊶⊶―⊶⊶―⊶⊶―⊶⊶―⊶


(確かこの近くに警察署があったはずだ……)


 賊から逃れるために必死で来た道を戻りつつ、警察署へ向かう総次。彼がその場所を知っているのは、オープンキャンパスの時に周囲の景色と地形を覚えていたからである。

 この辺りに住宅街はなく、人通りも少ないので、その分単純で分かりやすい道が多かった。賊はざっと数えて二百人程だろうが、少なくとも警察署に逃げ込めば彼らも下手に手を出せないと考え、総次はスピードを上げた。


(よし! ここを曲がれば……)


 総次は走っている道を右に曲がって警察署のある大通りに出たが……。


「これは……」


 大通りは見渡す限り、惨殺された死体が無数に転がっており、その光景に総次の心は絶望で埋め尽くされた。

 そんな彼の背後から、あの賊の足音が聞こえてくる。危機感と共に、総次は警察署へ駆け込んだが……。


「やっ、やっぱり……」


 警察署の中もまた、おびただしい数の惨殺死体が、床や壁の色を正確に理解できない程の血と共に埋め尽くしていた。先程と違って建物内の為、充満した死体の臭いは外とは比較にならなかった。辺りを見渡すと、壁や受付のカウンターも軒並み叩き壊され、地獄絵図というに相応しい惨状が、総次の目の前に広がっていた。


「これもさっきの人達が……?」


 総次は目の前に転がっている死体を前に、顔を引き攣らせた。


「いたぞ‼ あいつだ‼」


 先程の賊の声が外から聞こえてくる。もう逃げきれないと思った総次は手にしていた竹刀を再び構え、意を決して賊の前に姿を現した。


「「「我らが大師様の下にひれ伏せ‼」」」


 賊が再び一斉に鉈やハンマーを振りかぶって襲い掛かる。同時に、総次の竹刀が再び、鋼鉄と見まがうような輝きを放つ。迫ってきた先頭の男がハンマーを振り下ろすが、総次はそれををひょいとかわし、強烈な左薙を繰り出す。

 その一撃は男の腰に命中し、男はあまりの痛みに悲鳴や断末魔を上げることすら出来ずに倒れた。


 総次はそこから一気に加速をつけ、賊に突撃する。そのあまりの速さ故に、再び賊は動揺する。


「くそっ、すばしっこいなぁ‼」

「何なんだよあいつはよぉ‼」


 一人が動揺すれば、細菌感染の如く隣の男にも動揺が移る。獲物一匹に複数人が圧倒されるなど、通常は考えられないからだ。

 そしてこの状況は総次には好機となる。一瞬でも動揺した隙を見つけ、次々と確実に仕留めるだけだからだ。総次の太刀筋はあまりにも素早く、卓越した身のこなしと融合されて捉えきれるものではなかったのだ。


 四十人程が気絶した頃合いで、賊の視界に再び総次の姿が現れ、そして再び消える。その繰り返しの度に、賊が鈍い音と共にバタバタ倒れていった。

 そのまま賊の包囲網に突撃し、先程叫んだ男が反応して鉈を振り上げる前に唐竹割りで男の脳天に一撃を食らわせ、再び一人、二人、三人と、賊を気絶させる。


「バ……バケモンだ……」

「狼狽えるんじゃねえよ……たかがガキだろ……」

「そのガキが見えねえんじゃ戦いようがねぇ‼」

「もう半分以上がやられてやがる……」

「これじゃあもう勝ち目なんて……」


 諦めや恐怖の声が賊の間からちらちら聞こえ、怯えて立ちすくんだ者から手当たり次第に気絶させられた。賊が先程まで放っていた戦意や獰猛さは薄れ始めていた。

 一人の男が総次を見ると、総次の目は「獲物を捕らえた狼」のような獰猛さを見せ始めていた。


 賊の周り鈍い打撃音が響き渡り、次々と総次の竹刀の餌食となる。賊の振りかぶってきた鉈やハンマーをかわし、隙をついて的確に後頭部や鳩尾を狙い、仕留める。だが経験したことのない命がけの状況に曝されているが故に、精神的な限界は近づいていた。いくら剣の腕があるとは言え、百人以上の敵を一人で相手するのが無謀なのは、彼が一番分かっていた。

 しかし賊はそんなことを感知しているはずなどなく、既に五分以上スピードを落とさず動きながらも、ほとんど疲れた様子を見せない総次に慄いていた。


「こいつ……不死身か……?」

「あんなに動き回って息一つ切らしてねえなんて……」


 賊の恐怖に満ち溢れた声が聞こえてくる。戦意どころか、生きた心地がしないと言わんばかりの絶望の表情を浮かべた男もちらほら見える。


 一方の総次は相変わらず狼のような鋭い目つきでで賊を睨む。長時間戦い続けて尚も倒れない総次の姿は、囲っている賊の恐怖心を増幅させていた。


「恐れんじゃねえ‼ ここでこいつを仕留め、大師様が創造される新世界の生贄として捧げるのだ‼」


 「新世界」やら「大師様」やら、まして「MASTER」やら、唐突過ぎて理解できない言葉を叫び続ける賊だが、少なくとも総次を殺すまで絶対に引く気はないのは分かった。

 自分の精神が持つか心配になりながらも、竹刀を構えて再び彼らの包囲網に突進した。


「来たぞっ、かかれぇ‼」

「「「我らが大師様の下に‼」」」」


 賊も死にもの狂いになり、先程以上に鉈やハンマーを振るう速度が速くなる。叫び声も命懸けと言えるような壮絶なものになっていた。

それでも総次の神速に追いつけるはずもなく、あっけなく叩きのめされていった。


(これ以上は、もう精神が持たない……)


 しかし内心、これ以上戦い続けることに限界を感じ始めていた。異常な状況に身を置いて戦うなど、普通に考えればあり得ないことだからだ。


(でも、死にたくない……‼)


そう覚悟を決めた総次。すると彼が手にしている竹刀の鈍い輝きが消え、刀身にバチバチッと電気が迸る。


「竹刀に電気……こいつ、まさかっ‼」


 下半身のバネに力を込め、全速力で賊の群れに飛び掛かる総次。


「また来やがった‼」

 賊が反応したかしないかの刹那の瞬間に、再び総次の姿が賊の視界から消える。


「どこにいった⁉」

「分かんねえよ‼」

「あそこだ‼」


 一人の男がふと上空を見渡すと、賊の頭上七メートル以上の高さまで飛び上がった総次の姿があった。

 手に持った竹刀に迸る電撃が刀身を覆い、電撃そのものが刃となっているように見える。


「あんな高さまで⁉」

「来るぞっ 離れろぉ‼」


 慌てて総次から離れる賊。

その瞬間だった……。


「はぁぁぁあ‼」


 落下の加速と、大きく反らした身体のバネを活かしての唐竹割りが炸裂した。竹刀を纏う電撃は直撃と同時に巨大な雷となり、周囲に耳を劈くほどの凄まじい轟音を鳴り響かせ、直撃した雷は半径五メートルに渡るクレーターを作っていた。

 幸い賊は直撃前にその場から離れて吹っ飛ばされる程度で済んだが、その一撃に肝を冷やし、顔からは血の気が失せていた。


「ひ、引けっ‼」


 悲鳴と共に賊は総次から逃げていった。尻尾を巻いて逃げる、とは正にこのことだが、これまでの疲労感から総次は彼らのそんな醜態に気付く余裕はなかった。

 現実離れした光景を受け入れられずに精神が混乱し、疲労も相まって賊が去った直後にその場に崩れるように倒れてしまった。手にしていた竹刀も、総次の技の威力に耐えられなかったのか、柄を残して粉々になっていた。


 まどろむ意識の中で、総次の耳には足音だけが聞こえていた。敵と思い立ち上がろうとしたが、既にそのような力はもうなかった。

 すると大通りに出る右の道から新撰組の羽織を着た若い女性二人が、総次のいる所に駆けつけてくる音が聞こえる。


「勝枝ちゃん、あの子だよ‼」

「様子はどうだ?」

「大きな怪我はしていないみたい!」


 そのまま羽織を着た女性の内の一人が総次に駆け寄る。女性は羽織の下にニットのチューブトップを着て、下はホットパンツにニーソックス姿で、茶色がかった長い髪はツインテールに束ねられている。


 両手に持ったトンファーを腰のホルスターに仕舞い、女性は総次が倒れている場にしゃがみながら彼を抱きかかえた。


「大丈夫⁉ ケガはない⁉ ボク?」


 無事を確かる為に声を掛け続ける女性。そこへ十字槍を手にしたもう一人の女性が彼女に近づき、総次の近くで耳を澄ませた。総次は彼女の耳元で、静かに寝息を立てていた。


「……寝てるね」

「疲れちゃったのね……よしよし……」


 女性は総次が自分の胸で眠ってしまったのを確認すると、より強く抱きしめながら総次の頭を右手で撫でた。



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