聖剣に知能を与えたら大変なことになった

空飛ぶこんにゃく

第一章 聖剣『クラウス・ソラス』

1 聖剣、目覚める。


 俺は不滅だ。


 xxを捨て、家族を捨て、仲間を捨て、正義を捨て、信頼を捨て、恩を捨てた。


 代わりに憎悪を食べ、欲望を食べ、願いを食べ、目的を食べた。


 xx、仲間、霊宝、聖剣、魔剣、魔王――もう、その全てがくだらない。


 更なる深淵へ沈んでいく。

 高みに向かって・・・・・・・・沈んでいく・・・・・



 これでもう、俺を喰うものはいなくなった。食物連鎖の括りから逸脱し、新たな存在となって揺蕩うのだ。





 待っていろ、xxx。待っていろ、xx。俺は、必ず――。









 苔の生えた石畳を踏みしめて、黒髪の男、ニコラリーは流れる汗をぬぐった。見上げると、生い茂る木々の葉の隙間から、鋭い日光が矢のように降り注いでいる。


 ただでさえ、ニコラリーは肉体労働の類は苦手なのだ。魔獣を避けながら歩くこと3時間が経過しており、彼のスタミナは限界を迎えていた。朦朧とする視界の中で、汗でしわくちゃになった地図を見直す。


「……あと少しだな、うん」


 目的地である、この遺跡の最奥まで近いことを確認するや否や、自身に気合を入れなおして力強く一歩を踏み出した。


「……あれか」


 疲労で霞む視線の先に、壊れかけた柱が円形に並んでいる場所があった。その中心には台座と、それに突き刺さり、キラリと日光を反射させ光る棒状のものがあって、それらが豆粒ほどの大きさに見えるほどの遠距離にいるのにも関わらず、その正体はわかるほどの存在感を放っている。


 ――あれはまさしく聖剣だ。ニコラリーは疲労も忘れて思わず駆けだした。


 ついに聖剣の前までたどり着くニコラリー。遠くからでもわかるほどの輝きは、手が届くほどの近距離だとさらに増す。呼吸を忘れるほどに美しい刀身が、数千年もの間この状態で鎮座していると思うと、大きすぎる時代の流れを諸共しない伝説の力に圧倒されて心臓の鼓動が加速していった。


 目の前には伝説が、手で触れられるほど近くにあるのだ。これで興奮しない男の子はいない。


「これが、勇者が使ってた聖剣……」


 ニコラリーはそのまま聖剣の柄を手に取り、思いっきり引っ張ってみた。勇者にしか引き抜くことはできないという聖剣。もしも、という可能性に賭けてみた。もしかしたら僕は勇者なのかもしれない! という無謀すぎる賭けに。


 ――結果は察しの通り。並みの魔術師よりも劣るニコラリーに勇者の素質なんてあるわけがなかった。


 そもそも、数千年の間、この剣は抜かれていないのだ。どんな方法を取ろうと抜けないこの聖剣が、自分が生きている間に抜かれることがあるのだろうか、と彼は密かに胸を躍らせた。


 お決まりの行動をしたあとは、特にやることもなくその場で腰を下ろした。


 目の前にはキラリと白く輝く聖剣の刃がニコラリーの目線を釘付けにしている。その威圧感に圧倒されながら、喉を潤そうとバックを背中から前に持ってきて、その中に手を突っ込んだ。


 ――ここでニコラリーはある失態を犯してしまう。



「あっ」


 バッグの中の水筒を手に取った瞬間、体が前のめりに倒れてしまい、開いていたバッグの口が聖剣に向かって開放されてしまった。


 ドバドバと中身が聖剣に向かってあふれ出ていく。中には対魔物用の爆弾魔力の素が入った小瓶もあるので、これまずいと焦ってそれらをかき集めて回収しようとするニコラリー。


 かき集める際に、疲労のせいでまた体勢を崩し前方へと倒れそうになって、両手で地面に手をついてしまった。その拍子に右手からパキン! と何かが割れた音がした。


 嫌な予感と共に視線を右手に移すと、失敗作の薬が入った小瓶が割れていて、その中の液体が聖剣の台座へ流れていくではないか。


「あー! 汚れる! 聖剣が! 汚れる!」


 反射的に立ち上がり、その液が聖剣の方へ行かないよう手でその流れをせき止めようとするもすでに遅い。液は異臭と共に聖剣へ、まるで吸われていくように流れ出していき……。


 ――耳をちょっぴり驚かせるぐらいの、小さな爆音と紫色の爆風を伴い、小爆発を起こした。


 その衝撃に思わず顔を腕で防御し、ニコラリーは何とか立ったままの体勢を維持する。


「やべぇよ……聖剣が」


 聖剣が爆発に巻き込まれてしまった!


 台座と聖剣の耐久はめちゃくちゃ高いらしいので、大丈夫だとわかっている。それでも、ニコラリーはその爆発が起こって数秒の間は不安で不安で仕方がなかった。


 しかし数秒後、ニコラリーの予想をはるかに超える現実が彼を襲った。


《ふぉおおおおおお!》


 女声であるものの、どこかおじさん節のある声が聞こえた。その直後、一瞬にして紫色の爆風はその場から失せた。何が起こったのか、その瞬間には理解できなかったニコラリーだったが、目の前の光景を見て口をポカーンと開けて唖然とした。



 聖剣が、台座から解き放たれた聖剣が、宙に浮いていた。



 第一印象なんてものはない。予想外なことがおきて脳の処理が大幅に遅れている状態で、まともなことを考える余裕なんてなかった。


 この時のニコラリーは、知らなかった。


 失敗作だと思っていた薬は、物質に知能を与える薬になっていたことを。


 偶然にも完成してしまったその薬を、聖剣にぶちまけてしまったことを。


 聖剣のポテンシャルがその薬の効力を何倍にも跳ね上げた結果、ただでさえ内蔵した膨大で希少な魔力を持ちながらも、自我を持ち自由自在に動き出す剣へと聖剣が進化を遂げたことを。



《貴様が、新しい我が主殿だな》


 何となく、太古の昔に勇者によって封印された聖剣を見学しに来た魔術師は、どうしてだか聖剣を起動させてしまう。


 そんな魔術師ニコラリーは、聖剣には目がないはずなのに、値踏みするような目で見られた気がした。

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