墨唄

@kirin03

第1話 暗殺者の唄声

『本当にここで良いんだな・・・』

『・・・あぁ、早いところ燃やそう』


燃え盛る黒煙を見つけるのに、幾ばくも必要ではなかった。

依頼された通りの場所。市街地から馬車で小一時間程の距離。

厚い雲に覆われ、夜の闇は静かに流れている。

そんな夜の帳が支配する森林には似つかわしくない。

煌々とした火柱を見つめながら、そう思った。


火柱の前には、男が二人佇んでいる。

その傍らには荷馬車が一台。

今まさに黒煙を噴出しながら燃えている炎の中にあるモノを運んできた荷馬車。


『それにしても、どうしてこの森で処理しなきゃならなかったんだ?』

一人の男が、隣に立つ男に怪訝そうな視線を送る。

『俺が知るかよ。とにかく、この森で処理するようにって急に依頼がきたんだ』

『にしても、この森はよくない。お前だって分かってるだろあの噂』

『噂・・・? あぁ、あの唄の事だろ。知ってるよ。ただの噂にすぎん』

炎の勢いは益々強くなり、冬の夜空を照らしている。


『・・・寒いな。』

一人の男が空を見上げた。小さな雪が降り始めた。

『おい、雪がッ』

空を見上げた男がそう言いかけた刹那、男の首筋から滝の様な鮮血が迸る。

『お、おい!?』

煌々と燃え盛る炎の傍にいた二人目の男は目の前に広がった光景を理解できていなかった。

たった今まで隣にいた仲間が、首から血を流し、地面に倒れこむ。

何が起きている。いや何が起きたのか理解できない。

それはあまりに短い時間の出来事。

倒れこんだ仲間の体に触れようとした。しかしそれは叶わなかった。

伸ばした右手が腕の根元からすでに切り離されていた。

それと同時に自分自身が地に崩れ落ちていたからだ。

転がる自分の右腕を見つめながら、男が最後に耳にしたものは、唄だ。


静かで、ほんの小さな唄声だった。はじめて聴く唄。

子守唄のような優しい。そのせいか、ひどく懐かしくもあり、涙が溢れていた。

誰が唄っている? どこで唄っている? それより、なぜ子守唄が?


―この森に伝わる伝説。

もう100年以上も昔の話。

この森には、墨という一族が生活していたとか。

彼らは稲を育てる事もなく、家畜を飼う事もない。

笑う事も、泣く事もない。

ただ人を殺す事のみを生業として、生計を立てていた。

当時、国を治めていた領主の命令を絶対の掟として。


そして、彼らは唄うのだ。人を殺める時。その刹那に唄う。

彼ら墨族の子守唄を。死者への手向けとして。

彼らに赦されたのは、唯一、唄う事だけだったから。―


この街に暮らすものなら、誰もが昔話で聞かされてきた伝説。

そんな昔話を誰に聞かされたのか、『あぁ、ばあちゃんだったな』

男が最期に目にしたものは、夜の闇より暗いローブを全身に纏った、暗殺者だった。

雪のように白い刃が、男の首に振り下ろされた。

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