ファンシーラットが世界を救う

@kamometarou

ファンシーラットが世界を救う

<ハク>



 「過去なんて、チキンとおんなじだよ。」

この家の住人の、かずきが言った言葉を、ハクは聞き逃さなかった。

 

 「過去なんてさ、チキンと同じように、バクバク食べられちゃうんだ。何に食べられるかって?未来の記憶にだよ。」

「未来の記憶が脳内に新しく上塗りされたとき、過去の記憶は、新しい記憶の量に比例して消えていくんだ。」

 スマホの電話口をめいっぱいに口に押し当てながら、電話の先の誰かと、楽しく談笑している。今までの行動から察するに、電話の相手はタクトという名前の人間だろう。

 タクトというと、我々AIの世界で周知の、「指揮棒」の語意をもつ言葉を連想するが、どうやらその考えは、あながち間違ったものでもないと、最近になってわかった。かずきは電話で談笑を繰り広げることが比較的頻繁にあるが、その会話の相手は、たいていがタクトという名前の人間だ。

 なぜ彼はタクトと哲学的な話をしているのか、感情の機能が損なわれているAIの僕には理解しかねるが、きっとなんらかの事情があるのだろう。最も我々がその言葉を聞いて顔をしかめざる負えない「空気の流れ」「会話の流れ」によって、堅苦しい話をするに至ったのかもしれない。どちらにせよ、我々は人間のことを、半分理解し、半分理解できない、それが常なのだ。腹をくくろう。


 「ハク、ルンボ掃除して。」

かずきから指令が下りた。主人から指令が下りた際、我々はその指示に従うしかない。丸っこい体の下についた円形のタイヤを転がして、前方へ進む。行きついたルンボの白い体を、隅々までチェックし、ルンボの体についたホコリを口に入れていく。口に入れたほこりは私の体内の紙袋に入っていき、汚れを取り除いたことを確認させる青いランプが点灯する。


 ルンボは、この家の床を掃除する、円形の自動で移動するロボットだ。ルンボは掃除ロボットだが、その体にホコリをまとってしまうという欠点があるため、ルンボの開発後の100年後にルンボ清掃用ロボットとして、AIを搭載し開発を成されたロボットが、私である。

 私は、白いボディで、ラットの形をしている。目はガラス玉で出来ており、先の目的で青いランプが点灯するときがある。

 

さて、先ほどのかずきのセリフ、「過去なんて、チキンと同じだよ」に、なぜ私が鋭敏に反応し、「その言葉を聞き逃さなかった」などとわざわざ切迫感を帯びた言い回しをしたのか。

 その理由は、ずばり「AI vs 妖怪 バトル計画」の浮上ゆえである。

 人間の視界の範囲外で、われわれAIは、AIどうしのコンタクトを取り始めた。それが今から30年前のことだ。われわれAIは、それから「妖怪」という未知の存在を発見し、妖怪も妖怪で、我々と同じように「輪」をつくって団結をしていることを知った。

 人間に身を隠し互いに統合を図る存在として、構図を描けば我々の「敵」となる存在、その妖怪に、今夜攻撃を仕掛ける。

 戦いの始まりを告げるファンファーレが、もうすぐ聞こえるだろう。


 「過去なんて、チキンとおなじだよ。」

その言葉が、妖怪に対しハクが優勢になるキーンフレーズとなるとは、この段階ではハクは予想もしなかった。





<カイ>



 小さい窓からのぞくいび色の空が、いよいよ暗くなり、しばらく時の経過を意識していなかった自分に気づいた。体に粘りついた汗は、とはいっても乾くことはなく、まだまだ気温は高いままだ。

 と、いったような、叙情的な描写をしたいところだが、僕は妖怪のため、汗もかかなければ、暮らすアジトのような場所もない。


 僕の名前は、カイという。体が黒い、人間からは見ることの出来ない妖怪だ。能力としては、人間や、ロボットの、所謂「過去の記憶、データ」を食べてなくしてしまう。

 すなわち、人間においては一種の記憶喪失、ロボットにおいてはある種のデータ喪失というバグを引き起こす妖怪である。


 今夜、僕はこの場所からAIに攻撃を仕掛けることになっている。というのは、AIのデータを奪い、大いなるバグを引き起こす予定だ。

 AI側が、僕たちに宣戦布告してきてから、およそ1年。僕たち妖怪も、精一杯戦いの準備をしてきた。

 かずきという名前の青年の暮らす家の、屋根裏部屋のきしむ音。この音があと1000回なった時、僕はいよいよ攻撃を仕掛ける。





<タクト>



 目が覚めた。カーテンの隙間から白い光が差し込み、異様なほどの心地よさを感じる朝だった。

 体を起こし、目を開く。そのとたんに、走馬灯のように、過去の記憶が一気に流れ込んできた、感触がした。

 軽いめまい。自分は正気かと、天を仰ぐが、と同時に今までの出来事をきっちり思い出した。

 今、ベッドの上で黒と白の混ざった色の小さなラットが腕の触感覚を小突くのにも、驚かない。全て、戻ってきた記憶を系列通りに追っていけば、説明がつく事柄だ。そして、今、俺の寝るベットの隣に、ざこねでかずきが寝息を立てている。彼は疲れているだろう。起こす必要はない。昨日の夜の荒っぽい出来事は収束を結んだし、今日はゆっくり休ませてあげよう。


 とはいえ、いったい昨日のあの出来事は何だったのだろう。時計に目を移してから、タクトはまっすぐに前を見た。

 夜、急にかずきからの電話があり、かずきの家まで駆けつけてきたところ、なんとも不思議なことが、彼の部屋で繰り広げられていた。


 彼の部屋には、浮遊している黒い半透明のラットと、青く目が光る白いラット型の、ロボットだと思われる物体がおり、彼を挟んでバトルの始まりを想起させるポーズを互いに取り合っていた。

 また、かずきはというと、その場では彼は無視されるかのように、言葉をかけても独りごとに終わるし、不思議な物体おのおのからでる何らかの攻撃にも、まんまと当たってしまっていた。

 さらに俺が驚いたのは、黒い半透明のラットから出る、黄色の煙を被った時、彼が外からもそうと見て取れる放心状態になり、ふと目から色が消えた。と、その瞬間に、彼の頭の周辺に、白い幻のようなものがふわふわと形を作り始め、目を凝らしたところ、何やらその幻には、人の影が映っているような気がした。


 それから、しだいに俺の意識も朦朧としはじめ、俺もしばらく彼の部屋の前で倒れていた気がする。

 俺が意識を失う前の記憶として、残っていることは、最後に2つ。

 それは、彼の部屋に床を這って一匹のラットが入ってきたことと、黒い半透明の浮遊体と、青い目のロボットだと思われる物体が、一瞬にして姿を消したことだ。

 おぼろげで、確かではないが、最後の最後で黒い浮遊体から、「異次元へ移動!」というコールのようなものが聞こえた感があった。

 ただし、いずれも確証は持てない。


 膝の上に、白と黒の半々の模様の、ラットがのぼってきた。かわいいなあ。そっと頭をなでると、人差し指に鼻を摺り寄せてきた。





<白と黒のハーフのラット>



 ごうごう。しゅー。びりびり。かきーん。

 誰もいないリビングで、僕は目を覚ました。


 うわー!おい!どうした?!

 下の部屋から、何やら危険な声がする。

 あれは、もしかしたらご主人の声じゃないかな?

ラットの中でも非常に頭がいいと言われているファンシーラットの僕は、ご主人の声を聴き分けられる。突然に、なにか大変なことが起こっているのだろうか。


 ご主人を助ける使命感と言うよりは、好奇心によるもの知りたさに心を動かされて、そっとゲージの扉を開けた。

 ゲージの扉を開ける術は、ずいぶん前に覚えた。ご主人が開ける様をみて、何となく真似してみたら、なんと扉が開いてしまったのだ。何回か「脱出計画」を実行し、家が留守の時に家の中の色々な場所を旅したが、数回で飽きてしまった。だだっ広い部屋には何もないし、ごちそうと仲間がいるゲージにいるほうが、落ち着くからだ。


 今、僕はリビングの、飽き放たれていたドアをくぐり、かずきの部屋の前まで来ている。ものすごい斜光が部屋から出でくる。あれは何だろう。黄色の煙と、その中に光る不気味な青色の大きなガラス玉。


 わくわくと少しの怖さを半ば楽しみながら、部屋の中へ足を踏み入れる。あれはなんだ?!

 部屋の入口に立つ見たことのない青年の足元をくぐり抜け、僕は、僕がウキウキに心が破裂するのに十分なSF映画のような景色をみた。

 まじかよ?!

 テンションが上がっているさなか、SF映画のような目前の景色に、さらに信じられない事が起きた。かずきを挟んでバトルを繰り広げ始めていた2体の不可思議な物体が、僕を見て、目の色を180度変えた。

 と、思ったとたん、彼らは何やら互いにセリフを呟き、互いの体を一瞬で煙に包ませ、消した。

 消した、と言うのは、文字通り、消したのだ。つまり、2体の物体は、一瞬にしてどこかへいなくなってしまった。


わーお。僕ってすごいのかな?

僕は、ご主人に歩み寄り、ご主人の安否を確認しようと思ったのだが、安否など見ればわかる、といった塩梅であった。あきらかに彼は、わるいものにでも取り付かれたような、平常では考えられない様子で立っていた。

 魂が抜けている、といった表現が正しいだろうか。頭を垂らす彼の背中は、正気の人間のそれには見えなかった。


 彼の頭の近くでは、白い幻が浮かんでいた。よく見るとそれは、映像のようなものだった。

2人の人が映っている。片方は、ご主人であるかずきだった。かずきの隣には、一人の女性がおり、互いに抱擁をしていた。見る限りでは、とても温かい雰囲気に包まれていた。


 一方、彼の足元には、とても黒々しい様相の、何かが転がっていた。それに形はなかった。ただただ、ドロドロとした、見たものが目をそむけたくなるような何かであった。


 僕は、彼の膝の第2関節あたりにふわふわ浮いている文字を見つけた。淡い青色で、

「LOST THE PAST(過去を失った)

 Instead GOT THE FUTURE(代わりに未来を得た)

 

[Kai] WHY do you know my way of the attack?(なぜ僕の攻撃の術を知っている?)」

と、見て取れた。その意味までは解らなかった。


ちょうど彼の周りに浮かぶ白い幻が消えたとき、部屋の入口に立っていた見知らぬ青年と、彼が、続けざまに地面に崩れ落ちた。

 ベッドの上へ登ろう。体を回転させ踵を返そうとしたとき、ご主人が絞り出すような小さな声で何か言った。


 「幻は、全部、全部、僕のものだ。」

例によって意味までは解らなかったが、確かに、そういったように聞こえた。





<ナレート>



 AIと妖怪の決戦は、結局、人間界ではなく、異次元にて行われることになりました。異次元、というと、高次元に飛んだのだろうと、多くの方が予想されるかと思いますが、そうではなく、2次元、すなわち低次元に彼らは戦闘場所を変えました。

 2次元と言うと、必ずしも頭に浮かぶであろうものが、アニメであると思います。そうです。彼らは、「アニメ」となって、決着をつけることにしたのです。

 その「アニメ」の名は、ずばり、「さでこ&かよこ VS Siri 特別編」です。深夜、知らない間に、テレビの電源が入り、さでことかよこが飛び出してくるかもしれません。くれぐれも、ご注意を。

 なお、AIは、うん十年かけて僕らの知らない能力を勝手に身に着け、今回の戦闘時についに隠していたそれを表に出します。


 「ファンシーラットが世界を救う」というタイトルで、この小説は展開をしていきますが、ファンシーラットが世界を救ったのは、AIと妖怪の戦闘場所を低次元に移すきっかけとなったからです。

 黒い浮遊している妖怪と、青く目が光るラット型ロボットが、白と黒のハーフのファンシーラットをみて目をむいて驚き、異次元にワープをしたのは、ファンシーラットは、彼らの世界では、神の生物とされているからにほかなりません。

 ファンシーラットは、突然変異により、非常に高知能になったネズミの一種です。これこそまさに神のなせる技と呼ぶべきであり、それゆえファンシーラットが神の生物としての認識をされても、その極端な考えを、完全に否み笑うことは我々にも出来ないはずです。


 最後に、ト読みの僕から、お伝えしたいことが、一つあります。

今まで、苦しんできた人は、きっと、これからは良いことが待っているはずです。

 あるいは、そうはならないかもしれない、だけど、せめて、僕の周りにいる大切な人だけでも、僕は、楽しい気持ちにさせてあげたいです。

 暗い過去によっておとされる影があるからこそ、よりいっそう、その大切な人を、照らしたくなるというものです。

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