第19話 子猫の正体
「おはよう……」
「おはよう風花。ぐっすり眠れたようだな」
「うん…」
「じゃ、俺はリビングに行ってるから!」
着替えなどに気を使って、毎朝起きると部屋を出る阿修羅は意外と紳士だ。
「おはよう、阿修羅ちゃん」
リビングではカデンが風花の両親やフェルムとベイクと一緒に朝食の支度をしていた。電気ポットとやらで、あっという間にお湯を沸かしている。
一人暮らしとなったハンニバルにくっついてきたカデンは、ハンニバルが仕事に行っている間、隣の家で独りぼっちでお留守番だ。
ハンニバルが仕事に行っている間、風花一家のパン屋を通り側の窓からずっとのぞき見しているカデンに気づいた風花が慌てた。
――― 小さなカデンが一日中独りぼっち。
それを知った風花の両親が激怒してハンニバルに説教した。
カデンは人間の子供ではないとか、実年齢は七百歳を超えているとか、そもそもカデンはハンニバルの仕事に同行できるのに、カデンの意思で同行しないだけ…とかの話は一切、この両親に通じなかった。
その結果、カデンは眠る時以外は風花の家族と一緒だし、ハンニバルも朝食と夕食は風花の家族と一緒に食べている。
「カデン」
「なあに?」
「猫は?」
「バルと一緒に寝てたから起こさなかったの」
「そっか」
自称オロチの猫は、まだいるようだ。
「おはよう〜」
風花が起きてきた。
「おはよう、風花ちゃん」
「おはようカデンちゃん」
「私、バルを呼んでくる!」
時計を見たカデンが元気よく部屋を出ようとすると、バルさんがノックして入ってきた。
「バル!」
「おはようカデン、みなさん。この子猫だが、連れてきてしまって良かっただろうか?」
「…。」
「…。」
「…。」
風花と阿修羅と子猫が無言で向き合う。
「外に出すか?」
「にゃっ!」
変な空気を読んだハンニバルと慌てる子猫。
「どうしたの? ご飯にしましょう」
何も知らない風花の両親。
「…後でな」
阿修羅が子猫に囁く。
猫だけ別メニューの朝食が終わった。
「ご馳走さまでした、後片付けは任せて!」
風花が手早く後片付けを始めると両親とベイクとフェルムはお店に向かった。
「手伝おう」
「ありがとう、バルさん」
働き者のハンニバルはいつも後片付けを手伝ってくれる。
その間、子猫と阿修羅は睨み合ったままだ。
「どうしたの?」
子猫と阿修羅を見て不思議そうなカデン。
「昨夜、私の夢に入ってきたの」
後かたずけを終えた風花が会話に入ってきた。
「猫ちゃんが?」
不思議そうなカデン。
「そう。阿修羅に夢から追い出してもらって眠れたんだけど」
「風花の側にいると力が湧いてくるって。元の姿に戻るために風花が必要なんだって。しかも元の姿は西の山に暮らしていた大蛇のオロチだって言い張るんだぜ」
「西の山のオロチなら先月退治したはずだが」
プルプルと震えていた子猫が思いつめた様子でハンニバルを睨む。
「そうよ! おかげで力を失って小さな蛇の姿しか取れなくなって…。ガキ大将みたいな子供に殺されそうになったから最後の力で猫に
子猫が泣き出した。
「退治しちゃおうぜ」
「風花の側に置いておいたらロクなことが無さそうだな」
スルッ。
阿修羅の呼びかけにハンニバルが懐から短剣を取り出す。
「にゃあああああ! 虐待反対ー!」
「子猫ちゃん!」
カデンが猫を抱き寄せる。
「カデン」
ハンニバルが珍しく厳しい表情でカデンに向き合う。
「だって…だって……バル」
子猫を抱いて涙目のカデンと厳しい表情のハンニバル。父と子どものようだ。
「私の側に居ると力が湧いてくるって…もしかして私の寿命とか吸われちゃってるの?」
青い顔の風花、声が震えている。
「寿命なんて吸わないし…。そんなの吸い取り方とか知らないし。風花の側は心地良いだけだし」
「それなら別に風花ちゃんの側じゃなくてもいいんじゃないの?」
カデンが不思議顔だ。
「いや、俺も風花の側は心地良い」
阿修羅も同意する。
「そもそも阿修羅はどうして風花とのご縁にこだわるんだ?戦神に戻るなら俺のような軍人と縁を結んだ方が手っ取り早いだろう」
「それはそうなんだけどな!もしもハンニバルと縁を結んだら俺は全部の力を出せない。ハンニバルのオーラとの相性は、そんなに良くないんだ」
「……!」
ハンニバルが目に見えて落ち込んだ。かなりショックだったようだ。
「風花のうすぼんやりしたオーラは超タイプだ。風花と契約しているから俺は力を発揮できる」
「……。」
ハンニバルはショックを隠しきれない。
「ま、まあそんなに落ち込むなよ!風花と本契約したまま、バルと仮契約したら全力出せるしな!」
「でも私は阿修羅の加護、一切使う気ないから」
「……。」
風花の一言で今度は阿修羅が落ち込んだ。
耳と尻尾が下を向く。
「とりあえず子猫は俺と一緒に出勤だ。経緯を報告しなければならないしな」
涙目の子猫はハンニバルにドナドナされた。
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