先生たちってどんな青春時代送ってきたのかなあ。
クラスメイトは驚いていた。クラスメイトどころか、先生たちも驚いていた。
ある日、とっつあんは個別に俺を呼び出し、何か困っていることがあったら言いなさい、パシリにされているのかとか探りをたくさん入れられた。そうじゃないんです。と答えるが、とっつあんは本気で心配している目をしていた。思わず、職員室を抜け出した。
ただ、俺がしゃべりかける時は岩樹のことを岩樹君と呼ぶ。長年イジメられてきて、同級生のことも君付でしかしゃべられなくなっていた。中村さんのことも文字通り中村さんと呼んでいる。
「あんたって堅苦しいのよね。もっとくだけなさいよ」
「くだけるってどうやって?」
「まずは見た目からね。髪を坊っちゃん刈りじゃなくて、かっこいい髪型にするとか……まずはそこからだよ」
岩樹がすかさずちゃちゃを入れてくる。
「1000円カットでお任せでも結構いけてる髪型にしてくれんぞ」
「本当、岩樹君?」
岩樹が俺のポケットを指さした。
「いくらもってる?」
財布を取り出すと、中身を確認する。3000円。岩樹がよしと声を掛けた。
「帰り、1000円カット寄るぞ? オーケー?」
「うん」
床屋に着くと、こわごわ中に入る。
券売機で床屋の券を買ってそっと並ぶ。よく見ると岩樹も券を買っていた。中村さんはその間、本屋でマンガを見ると言ってふいといなくなった。
「岩樹君も髪切るの?」
「おう、3分刈りにするんじゃ。髪伸びて来たからなあ」
岩樹はははっと笑っていたが、こっちは緊張で笑えなかった。
髪を切る場面になって、ハサミをもったおじさんが俺の髪を持って「どうしますか~」って聞いて来る。もうどうにでもなれと思って
「お任せしますっ!」
間の抜けた声で叫んだ。
床屋のおじさんは一瞬ポカンとしていた。が、バリカンを取り出すと、「じゃあ思い切って行っちゃいますね」
二時間後、トイレの鏡で自分の姿を見ると、横はバリカンで剃られていて、上はトサカみたいに立っていた。
岩樹は俺の姿を見ると爆笑した。
「いいじゃん! 家畜じゃなくなったよ。野性になった」
そういっていつまでも笑っていた。
そういう岩樹の髪型もつるつるだった。思わず吹き出してしまった。
「岩樹君、なんかかわいくなった」
その時、思い切り太ももに蹴りが入った。痛かった。
「男にかわいいって言われたくねえ。二度と言うな」
とっさに「ごめん」って謝った。
「藤やん、本当に空気読めねえな~」
岩樹はぶつくさ文句を言ってる。トイレから出て、中村さんと合流した時、中村さんは岩樹に向かって、
「かわいくなったね」
そう言って岩樹の頭をなでた。
俺はちらっと岩樹を見る。岩樹は顔を真っ赤にしながら、
「中村さんはいいんじゃ」
と吠えた。その岩樹の照れっぷりを見て思わずぷっと吹き出してしまった。岩樹が、
「もういい、行くぞ」
と言って歩き出した。あわてて、中村さんは「待ってよ~」と言って付いて行く。俺も小走りで付いて行った。
次の日から忙しくなった。
放課後になると、授業中にまとめて来た案を発表する。観たい映画とか、アニメ、小説、詩とかだった。
風景の勉強をする為に、百人一首の研究もすることになった。
「やっぱ、記念すべき一作目は『スタンド・〇・ミー』だよな!」
岩樹が俺に同意を求めてきた。
「僕、洋画あまり見たことないから岩樹君に任せるよ」
俺がもじもじと答える。中村さんが、黒板に『スタンド・〇・ミー』と大きく書く。
中村さんもうんうんうなずいていた。
「いいんじゃないっすか。私もこの作品好きなんだよね」
岩樹がカバンからDVDを取り出した。
「実はもうレンタル屋で借りてきてんよ。早速見ようぜ」
中村さんが大口を開けてポカンと岩樹を見た。そして、言った。
「あんた、どうやって見るつもり。再生する道具何ひとつ無いんだよ」
岩樹がこほんと咳をして、
「とっつあんに頼んで、視聴覚室貸してもらうんよ」
中村さんが一言……
「あんた馬鹿?」
「馬鹿って何だよ! 名案だろ」
中村さんがはあ~ってため息をついた。
「本当に名案と思ってるの?」
岩樹は「おう」と答える。中村さんがさとすように言う。
「あのね、部活でも無くて、個人的なグループのために視聴覚室を貸してくれるはずないじゃん」
岩樹が黙り込む。中村さんが追撃を入れる。
「分かって言ってたんだよね。そこんとこどうなの? 岩樹?」
俺と中村さんが岩樹を注目する。
岩樹は机の上に座ってしばらく目を閉じていた。中村さんがいらいらした口調で、
「ねえってば」
その時、岩樹は目を開いた。
「馬鹿なのは杏子てめえの方だよ。何故、やってみないうちから失敗することを決め付ける!」
「岩樹ってば、そんなこと言って!」
「行動してからじゃないと分からねえだろ」
「やってみなくても分かるから」
岩樹は、ため息をつくとこう言い放った。
「おい、藤やん行くぞ、意地でもDVDレコーダー借りてやる。中村、後で泣いても知らんぞ」
中村さんは、右手親指と人差し指で缶をぷらぷら持ちながら、
「大船に乗った気で待ってまーす」
(あれ、一瞬、岩樹が中村さんのこと杏子って呼んだような……)
何はともあれ、職員室に行くと、菊池先生のもとに直行した。
「菊池先生、DVDレコーダー貸してください」
とっつあんは伏目がちにこちらを見ると、
「何に使うんだ?」
岩樹が職員室に響くような通る野太い声で答えた。
「映画鑑賞です。映画をたくさん見て、物語のパターンを知りたいんです」
とっつあんは耳をほじり、ほじり出した耳くそをしばらく眺め、ふっと吹いた。
「話が見えんな。もっと順序立てて話してくれないか?」
「だから、映画を一杯見て、研究して、詩や小説を書く勉強をしたいんです」
菊池先生は遠い目でこちらをじっと見ていた。
「よく話は分からんが、駄目だ」
「どうしてです」
「いちいち生徒の言うことを聞いてたら学校の風紀が乱れちまうだろうが!」
岩樹が「でも」と言う。
「でもじゃない。駄目なものは駄目だ。以上」
菊池先生は立ち上がると、職員室を出て行ってしまった。
その話に憤慨したのは、意外なことに中村さんだった。教室に戻ると、中村さんが「どうだった」と聞いてきたので、俺がありのまま答える。中村さんは机の上に座って聞いていたが、
「ちくしょー。菊池の野郎。先公だからって調子に乗りやがって!」
中村さんが歯を食いしばって本気で悔しがっていた。
中村さんも単身で乗り込んで行ったが結果は同じだった。
帰って来て、机の上であぐらを組んで何やら考え始めた。しばらくして、
「ねえ、藤やん、あんたの文章力使いたいんだけど……いい?」
「どうやるの?」
「校長先生に手紙を送るの! どういう想いで文章や絵に賭けているか、どういう想いで映画を見たいかなどの想いを文章に込めて先生に渡すの」
岩樹が「そこまではやっぱ」と初めて尻込みした。
「岩樹も藤やんも私も大輪の花を咲かせるんじゃないの。これぐらいのことなんて屁の河童でしょ!」
岩樹は腕を組んでうなった。中村さんはキラキラした目で俺と岩樹を交互に見つめた。
「ねえやろうよ。二人とも。夢の一歩と思えばだよ!」
岩樹が呆然とこちらを見つめている。
ふと岩樹が明るい声で
「今から焼肉食いに行くぞ」
中村さんが「お金は?」と一言。
「藤やんと中村さん、いくらもってる?」
俺は2000円ちょっと、中村さんは4000円ちょっとだった。
「池袋に3000円で焼肉食べ放題の店あるから行かねえか? 足りねえ分は俺が出しちゃるから」
中村さんも「行こう行こう」と言う。
その日、夕食は焼肉だった。ジュースを片手に乾杯という。
「よおし、準備はいいか。俺たちの誓いだ」
中村さんが「誓い」と呟く。
岩樹がすうっと息を吸い込むと、岩樹は俺と中村さんのコップに軽くコップでタッチした。ジュースが軽くこぼれる。
中村さんも思い切り俺と岩樹のコップに自分のコップをぶつけた。
俺はと言うと、無言で全ての想いを込めて、岩樹と中村さんのコップに自分のコップをぶつけた。岩樹は、はっと言うと、大笑いした。つられて中村さんが笑った。俺もつられて笑った。いつまでも三人で笑っていた。
次の日手紙を校長先生に渡した。校長先生は事情を話すと困った顔をして手紙を受け取ってくれた。
そしてさらに3日後。
俺達3人は教頭先生ととっつあんに呼び出された。教頭先生にめちゃくちゃ雷を落とされた。
「何やってんの。校長先生に手紙を渡すなんて。立場分かってんの」
菊池先生は黙って俺たちを見つめてる。
「君たちだけに特別扱いしていたら、この学校の規則が崩壊してしまうんだよ」
俺たちはただただだまってうつむいていた。
ただ岩樹はうつむきながら涙をためていた。ついに教頭先生が重い一言を発した。
「これは、停学も視野に入れなければならないね!」
中村さんが「そんな」と叫んだ。みんな黙り込む。その時、岩樹が口を開いた。
「俺が全ての原因です。こいつらは何もしていません」
岩樹がくもりなき眼で教頭先生を見据えていた。
「俺を停学にしてください」
その時、中村さんが泣き出した。俺もたまらなくなって、
「文章は僕が書きました。字体を確認して頂ければ絶対わかります。岩樹君だけじゃありません。僕も共犯です」
岩樹が「馬鹿っ」と叫んだ、中村さんも
「私が案を出しました。岩樹君や藤やんだけじゃありません。私も停学にしてください!」
岩樹が「違います、違います」と叫んで教頭先生に訴える。
俺と中村さんは岩樹を制する。3人で泣きながら「馬鹿馬鹿」叫んでいた。
とっつあんが「少し静かにしろ」と言う。そして、
「何で、そこまで映画にこだわるんだ」
とっつあんは優しい目をして静かに語りかけた。いつもの毒づいているとっつあんとは違う。目が澄みきっていた。余りに目が澄みきっていたので、俺はまた泣いてしまった。
「菊池先生、僕、いじめられてたのは知っています……よね」
とっつあんはゆっくりとうなずいた。
「そうだなあ、いつもいじめられてたなあ」
「何で助けてくれなかったんです」
「お前たちのことはいつも職員会議の議題に上ったよ。毎日残業だった。無理やりイジメを止めることは出来た。けどな、それをしなかったのは、藤山の為だ」
「僕の為?」
「そうだ。藤山が自分で考え強くならないといつか社会に出た時につぶされてしまう。だから自力でイジメを止めさせるのを待ってたんだ。事実、イジメは終わった」
「僕は小学生から高校生までずっとイジメられてきました。岩樹君と中村さんは初めてできた親友です。同じ夢を追い続ける……」
「どんな夢だ?」
「僕は小説家、岩樹君は作詞家、中村さんはアニメに携わる仕事です。だから……」
とっつあんは澄んだ目でじっと見つめてくれている。
「3人で映画やアニメを見て、小説や詩に活かして夢を追いかけたいんです。青春がしたいんです。僕はイジメられてきて青春がありませんでした。だから教頭先生、菊池先生、僕たちにチャンスを下さい」
教頭先生と菊池先生が真剣なまなざしでこちらを見る。
「今度こそ、今度こそ、岩樹君と中村さんと青春ってものを駆け抜けてみたいんです」
俺は必死に口をぱくぱくさせて訴えた。訴え終ると、下を向いて黙った。
とっつあんは、しばらく黙っていたが、天を仰ぎ始めた。目には涙をためている。教頭先生が慌てて菊池先生に話しかける。
「どうしたんですか、菊池先生!」
菊池先生は目頭を押さえながら答える。
「ちょっとこいつら馬鹿だと思いまして……」
教頭先生が黙り込む。それから俺たちの方を向いて、
「もう一回、職員会議に掛けるから、また後日来なさい。今日はもう帰りなさい」
そう言って俺たちを帰した。
帰る途中、中村さんはずっと泣いてた。俺も放心していた。夕日に照らされながら、岩樹がしみじみ言う。
「とっつあんのあんな澄んだ目初めて見た……」
中村さんも泣きながら、
「私、とっつあん、どんな青春送ったのか知りたくなっちゃった」
3人放心したまま帰路についた。
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