第十三話 恋の自覚

 起きたら目の前に美少女がいた。朝日で輝く綺麗な銀髪を持つ少女は、すうすうと安心しきったように熟睡している。何だ、ただの美少女かと俺はもう一度目を閉じて――。


「ちょっと待て。なんでハクアが」


 隣で寝ている少女はハクアだった。ついにお姫様に手を出してしまった! と思ったが、良く思い返せばそんな事はない。

 昨日、『怖い夢みるから、一緒に寝よ?』と可愛くおねだりされてしまっただけだ。なにも変な事はなかった。


「いや、変な事だわ」


 昨日の俺は何を考えていた。ちょっと疲れていたとはいえ、お姫様と一つベッドの上で寝るとか即刻処刑すらありえた愚行。ハクアが許しても国が許しちゃくれないだろう。


「ん……ふぁ。……ぐれい?」


 俺がベッドから起き上がってもんもんとしていると、ハクアも上半身を起こしてあくびをしながら、俺の名を呼ぶ。可愛い。

 ワンピースの肩紐が外れていて真っ白な肩が露出しているのを見て、慌てて別のところの視線を移した。


「おは、よ……」

「あ、ああ。おはよう」


 夢ではなく、本当に一緒に寝てたみたいだ。俺は馬鹿で阿呆かもしれん。朝にやってくる狼が暴走しないように理性を保ちつつ、ぎこちない笑みで挨拶を返した。


「グレイ……」

「なんだ? あやまった方が良いか?」

「ありがとう」

「へっ……」


 もんもんとしながら、姫様と寝るなどとんでもない事をした、あやまるべきか聞くと、ハクアは頬笑みながらありがとうと言ってくる。


「三年ぶり……ぐらいに熟睡できた。良い夢も見れた。グレイのおかげ」

「……そうか。良い夢みれたか」


 ふと、思い出す。昨日、『戦争が終わった後は二週間は寝れない』と言っていたハクアの事を。国がゆるしちゃくれない? そんなのどうでも良い。俺が、ハクアを笑顔に出来たならもうそれでよしだ。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 ハクアがうかべたその日一番の笑顔を、俺は忘れる事はないだろう。




 起きた時は、いつもならば日課である修行を終わらせている時間帯だった。朝日が顔を照らして眩しさを感じさせる時まで寝ていたとは、普段では考えられない。


「あらん? おはよう。昨晩はお楽しみだったわねん」

「一緒に寝ただけだ。なんにもねえよ」

「うん。うれしかった」


 ハクアと一緒に一階のバーに降りれば、にこやかなマスターが掃除をしているところだった。


「ハクアを魔法で呼んだのってマスターなんだろ? 魔法が使えたんだな」

「昔かじっただけよ。ひょろひょろとした無魔法しか使えないけどねん」


 なるほど。色無し、音無しと言われる初歩の無魔法だから俺は魔法が撃たれた事に気付かなかったのか。

 しかし魔法とは普通の人には使えない代物、なぜマスターが……。いやそもそもマスターは風貌が普通ではなかったか。


「ハクアちゃんが王都周辺までカバー出来る魔力感知を使えたから呼べたのよん」

「マスター、ありがとう。グレイのおかげでは悪夢は見なかった」

「良いって事よん。目を潤ませながら『グレイに会いたい』っていう子の頼みなんて断れないわん」

「ん……その話は。恥ずかしい」


 頬を赤らめてそっぽをむくハクア。その姿に思わずキュンっときて、無意識に頭を撫でていた。それによって、ハクアはちらっと俺の方を見てくる。その目は、もっとやれと語りかけてくるようだった。


「ふふふふふ。甘い……わねん」


 マスターが挙動不審だ。その姿に思わずハクアの頭から手を離して内心引く。ハクアは物足りなそうに俺の方をじーっと見てきた。


「それで、二人とも。朝ごはんはどうするのん?」

「あの、私が作る」

「ハクアがか?」

「うん……! グレイに、作ってあげたい」

「その気持ちはすっげえうれしいけど、料理した事あるのか?」


 料理を作ってあげたいと言うハクアはとても可愛いが、しかしハクアは王族だ。料理をするというイメージはない。


「ない。……でも、がんばって作る。グレイに食べてほしいから」

「まあ……。ハクアちゃんってなんていい子なのかしらん! でも、やった事ないのに一人でやらせるのは不安ね。グレイちゃん手伝ってあげたらん?」

「グレイと……?」

「そうだな。経験のないハクア一人で作らせるのはなんか心配だ」


 俺も料理は少し出来るので、二人で協力すればなんとかなるだろう。

 俺の言葉を聞いたハクアは、少し考える様に顎に手を当てる。


「グレイと一緒に作るのも、楽しそう。やる」

「じゃあ決まりだな」


 さっそくとばかりに二人で料理器具の前に移動する。

 パンはマスターが買ってあるようなので、あとはスープかなにか。クリスタ王国は野菜が豊富なので、サラダとかも良いだろう。


「よし。サラダとスープでも作るか?」

「うん。そうする」


 野菜カゴにいれてあった野菜をいくつか見繕って、まな板の上に乗せる。


「包丁で切る」

「そうだな」


 包丁を握って首をかしげるハクア。包丁なんて握った事がないようだが、なぜか持ち方は完璧だ。

 これが姫騎士として剣を振っていた経験だろうか。


「とりあえずサラダ用の野菜を切ってくれ」

「ん、了解」


 最初はトマトを切るハクア。少し手つきが怪しくハラハラしたものの、何度か切ると洗礼さていく。

 トマトを全て切り終わる頃には、完璧な包丁捌きを手に入れていた。トマトの断面は芸術的に切れていて、ハクアの才能を感じさせる。


「綺麗に切れてるな」

「切るのは、なれてるから」


 そう言うハクアに、ちょっと複雑な思いを抱きながら料理は続く。安価に手に入る屑野菜のスープも一緒に作って、簡単ながら朝食は完成した。


「あらん。美味しそうねん」

「グレイと一緒に、がんばったから」

「ハクアが料理上手だからさ」


 とりあえず、バーのテーブル席に三人で座る。


「食べよ……」

「よし。じゃあいただこう」


 簡単ながら、ハクア作った初めての料理。まずはサラダを食べれば、シャキシャキという触感が楽しく、綺麗に切れた野菜は目をも楽しませてくれる。


 固いパンをスープにひたして食べる。石の様に硬いパンであっても、このスープがあれば怖くはない。


「ん。美味しい」

「そうだな。美味い」


 食べなれないであろう硬いパンも、屑野菜のみのスープも、ただ切っただけでなにも掛かってないサラダも、ハクアは美味しそうに食べている。

 かくいう俺も、普段の何倍もうまいと感じる。これはなんでだろう。


「美味しかったわん」

「うん。王宮のごはんより、美味しい」

「そりゃ言い過ぎだろ。でも、すっごく美味かった」


 自分が作った物だからだろうか、それとも、ハクアと作った物だからだろうか。

 なぜここまで美味いのか。


「あれ? そういえば、ハクアは王宮をどうやって抜け出してきたんだ?」

「ん? ……黙って、出てきた」

「……じゃあ、今頃さわぎになってないよな」


 はっとした表情をしたハクアは、次第にオロオロしだす。さすがに長居しすぎたと思っている様だ。


「……そろそろ帰る」

「そっか。じゃあまたな」

「うん。……また、来て良い?」

「もちろんだ」


 俺がサムズアップで答えれば、顔をほころばせたハクアがぎゅっと抱き着いてくる。


「ハクア……」


 俺もささやきながら抱き返す。ほんの数秒の抱擁であったが、とても幸せな気持ちになった。


「また、すぐ来る」

「ああ。待ってる」


 名残惜しそうに離れたハクアは、バーのドアを開けながらそう言った。


「送っていこうか?」

「……別れたくなくなっちゃうからいい。それに、全速力で帰るから」

「そうか。じゃあまたな」

「うん」


 そう言うと、ハクアはドアを閉めて帰っていった。ちらっと窓から外を覗けばもうハクアは居なくなっていて、本当に全速力で帰っていった。


「ふふ。ハクアちゃん、グレイちゃんにベタ惚れね」

「……ベタ惚れ? なに言ってるんだ?」

「ハクアちゃんは、グレイちゃんに恋してるのよん」

「はぁ!? な、なぜそんな」


 恋? つまりハクアは俺が好きで……。


「たった一人で戦っていた戦場まで来て、一緒に戦ってくれたのよ。もう惚れるわ」

「俺はたいした事はしてない。一緒に戦ったとはいえ、俺がしたのはサポートみたいなものだ」

「ハクアちゃんにとって、一緒に戦ってくれるだけで良いのよ」

「そ、そうなのか」


 ううむ。理解出来ない。恋する条件はもっと厳しいものだと思っていたが。


「それに、グレイちゃんもハクアちゃんに惚れてるわよね?」

「えっ!?」

「つまり、ハクアちゃんの事、好きよね?」


 なぜそうなる……と言おうとした。しかし、すんでのところで言葉が詰まる。

 なぜか、その言葉がストンと心に収まった。

 いつからか、良くハクアの事を考える様になった。これが、好きって事なのだろうか。


「そう、なのか」

「ええ。好きじゃない子のために戦場まで行かないわん。ハクアちゃんも同じ。好きでもない男と一緒に寝るわけないわん」

「……なるほど、言われてみればそうだ」


 俺の心にあったハクアへの変な気持ち。これが恋だって自覚すればすっと楽になる。

 でも、自覚しても同時に重くなるものもある。


「でも、俺とハクアはそんなたくさん会ってるわけでもないのに」

「数会えば恋に落ちるってわけでもないのよん。恋なんてどうすれば落ちるか、なんで恋するのかなんて誰も知らないわん」

「…………」


 恋なんて、漠然とたくさん会わないと無理だと思っていた。ほんと難しい。

 恋ってなんなのか。答えなんて見つかりそうにない。


「ハクアが好きでも、これは叶わねえ恋だよ」

「なんで?」

「ハクアと俺の間にある身分差は、どうやったって埋められねえ。叶わない恋なんだ」


 王族と平民。まず会って会話することすらありえなく、なぜそれが実現しているのか分からない。たとえ愛し合ったとしても、この強大な身分差はどうにも出来ない。

 叶わない恋。それを考えると胸が痛くなる。こんななら、いっそハクアとの恋なんて忘れたい。


「そうねん。とりあえず、デートにでも誘ったらん?」

「デデデデ、デート!?」

「今、叶わない恋ならば忘れたいとでも思ってる?」

「あ、ああ」

「恋心を変に閉じ込めたり、忘れようとしても無駄よん。それはいずれ心を壊す。なら、今は思いっきり楽しんできなさい。なるようになるわよん」

「…………」


 ハクアと一緒に出掛ける。今まで何度かあった事だが、今改めて考えてみるとドキドキする。楽しいだろう。でも、楽しければ楽しいほど別れの時が辛くなる。

 それでもこの気持ちは抑えられそうにない。


「そうだな。今度、ハクアを遊びに誘ってみるよ」

「その意気よん」


 マスターがウインクしてくるが、それも気にならないほどハクアの事を考えていた。

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