第十二話 純情天使でちょっと小悪魔
あの後、後方に下がっていた騎士達が近づいてきた事で、確実に面倒な事になると考えた俺はハクアと簡単に別れをすませて逃げる様にその場を後にした。
事後処理をハクアに任せる事になるが、戦う事以外できない俺がいても役には立たないと思うのでよしとしよう。
しかし第三王女であり、姫騎士であるハクアと抱き合っていた男である俺はどうなるんだろう。後の事はハクアがどうにかごまかしてくれると頼るしかないのだが、俺の様な平民とお姫様が抱き合ったとか普通に考えてやばい。
めんどうな事になるのは目に見えているが、こればかりはハクアを頼らないとどうにもならないだろう。
さて、その後は急ぐ旅でもなくなり、ゆっくりと馬車に乗って帰った。
今回の交通費で有り金すべて注ぎ込んでしまったので、稼がないとなーと考えながら、馬車にゆられていれば、いつのまにか王都まで到着していた。
「……懐かしの故郷だな」
ほんの数週間留守にした程度だが、なぜか懐かしく感じる。
時刻は真夜中。貧民街ではこの辺から活動する者が多い時間帯。
帰りの馬車でも休まる事はなく、熟睡出来たとは言い難い俺は、慣れたベッドで寝たいと駆け足でバーへと向かった。
「ただいまー」
「あらん。お帰りん」
ひさしぶりのバーには相変わらず客がおらず、マスターはカウンターでボーっとしていた。
「ハクアちゃんは救えたのん?」
「分かんねえ。まあ、俺は出来る事をやっただけさ」
俺が行った事でハクアがちょっとでも救えたのなら良いが、それはハクアしか知らん。
「それで、なにやって来たのん? く・わ・し・く」
「くわしくも何も、戦場で乱入して、一緒に戦ってきただけだ」
「へえ。それでそれでん?」
「その後は……まあ、抱きしめたり。頭を撫でたり」
「ほおおおお! 甘酸っぱいわん! それで、なにか言った?」
「何テンション上げてんだよ。……あとは一人にはしないとか言ったかな」
「若いって良いわねん!!」
すごいテンション上げてる。なぜマスターがクネクネしているのは知らないが、疲れた頭にその姿はちょっとやめて欲しい。
「ふう。疲れたでしょん。今日はゆっくり休んだらん?」
「ああ。そうさせてもらう」
「……ごゆっくり」
ごちそうさまとばかりに落ち着きを取り戻したマスターの言葉に甘えて、俺は二階に上がった。
二階には部屋が二つあり、その内一つが俺の部屋である。数日ぶりの部屋はやはり懐かしく感じる。だが、それを堪能する余裕もなかった。
「はあ。懐かしのベッド」
ラフな格好に着替えて、すぐさまベッドに倒れこむ。今回の旅は、どっと疲れた。
いろいろあった旅であったが、思い返せばあっという間だった。ハクアと一緒に戦って、抱きしめて。全財産が消し飛んだ事は未練なので、どうにかしないとなーと思いながら俺は深い眠りに――
――コンコン。
つくことはなく、突然のノックでとたん現実に引き戻された。
この時間帯に俺の部屋をノックするなんてマスター以外ありえないが、なにか用だろうか。
「なにかあったのかマスター?」
「……マスターじゃ、ない」
扉を開けて姿を現したのは、なぜかハクアだった。
「えっ? ハクア……?」
「うん」
ワンピースの様な寝巻を着たハクアが、大きなマクラを胸に抱えて立っている。
なにがあったのでしょう。というかなぜこんな真夜中にハクアが?
「どうしてここに?」
「グレイが帰って来たって知ったから」
「いや、俺が帰って来たのついさっきだぞ?」
「マスターが、空に魔法を撃って教えてくれた」
マスターが……? というかマスター魔法使えたんだ。まあ姫騎士が本気で走れば音速を超えるという。王宮からここまでそうかからないだろう。
「でも、別にこんな真夜中じゃなくても」
「うん。一緒に寝たかったから……」
……は?
「もう一度言ってくれるか? ちょっと聞き間違えたみたいだ」
「……一緒に、寝よ?」
小首をかしげながらハクアは言う。やっぱ聞き間違えではないようだ。はて、なんで一緒に寝る事になったんだろ。
「なんで一緒に寝たいんだ?」
「……戦争が終わった後は、怖い夢を見る。私が、殺した人が。……お前のせいだって、言ってくる」
そう言うハクアは、持っているマクラを力強く抱きしめる。まるで何かに怯える様に、震えていた。
「戦争が終わった後は、寝ないの。……二週間ぐらい」
「二週間!?」
二週間寝ないなんて、考えられない。人は寝る生き物だ。それなのに、ハクアは寝ない。望まぬ戦いを強いられ、その責任も重圧も背負わされるという事か。
「グレイ……。グレイがいたら、寝れるかも」
「俺が……?」
「うん。……グレイの側なら、安心出来る。グレイ……一緒に寝て欲しい」
泣きそうな顔でそう言ったハクアを拒否する事は俺には出来なかった。
少し疲れた俺の頭でも、さすがに一緒に寝るのはマズいというのは分かる。なので、寝るまでは椅子にでも座って見て、寝付いたら床にでも寝るよと提示してみた。
しかし、うるうると目を潤ませて『私が……きらいなの?』と言うハクアを前に俺はうなずくマシーンにしかなれなかった。
「えへへ。……安心する」
ベッドの上で、俺の胸にすがってそう言うハクアに、俺は冷や汗を流す。ハクアってこんなデレデレする女の子だっけ!?
いや、お酒を飲んで酔っ払った時のハクアはこんな感じだった。つまり、本性を見せてくれているという事だろう。
「そ、そうか……」
それよりやばい。ハクアと密着すれば、甘い香りが鼻腔をくすぐる。そのせいで俺の中の男が暴れだしそうなのを必死に抑えていた。
俺の苦労も知らずにもっとくっ付いてくるハクア。
その目は、純粋無垢であり、男が狼だって知らない天使の様な少の目だ。ならば、その心を守るために俺がすべきは理性を保つこと!
「ぐれい……ぎゅーってして」
しかし、俺の理性を破壊するべく天使の一撃が到来する。
俺の中の狼が、出番ですかと首を出す。慌ててそれを蹴り飛ばし、理性的な瞳でハクアを見つめた。
「あ、ああ」
震える手でハクアを抱きしめれば、安心したように表情がとろけた。薄い寝巻姿のハクアは、抱きしめればやわらかさが伝わって、それが心地いい。
この子可愛すぎるだろ。俺は初めて天使を抱きしめてしまったらしい。
腕の中のハクアは、俺の胸に鼻をくっつけてすんすんと臭いをかぐ。するとなぜかもっとふにゃふにゃになった。
「なぜか……安心する」
「そ、そうか」
俺の心臓は破裂しそうです。
「寝る時は、いつも怖かった」
「ハクア……?」
「戦ってる時も、いつも凄く怖かった」
「………」
「グレイが来てくれて、凄いうれしかった。今回の戦争だけ、あんまり怖くなかった」
「……そうか」
この少女に欲情していた自分が恥ずかしい。今から教会に懺悔しにいって天罰を食らいたい。
恥ずかしいが、この程度で三大欲求の一つが消せるなら今頃世界は変わっていただろう。
「俺はあんま強くなかったけど、ハクアの助けになれたのなら良かった」
「凄く、うれしい。これからも、助けてくれるの?」
「俺で良ければな」
もう一人では戦わせないと誓った。いずれ、もっと強くなったらハクアの全てを背負うと決めた。
俺が胸にもう一度近いを刻んでいると、ハクアは首筋に甘えてくる。理性を押しつけて、とりあえずなにか話して紛わそうと話題を探す。
「そ、そういえばあの戦争の後俺の扱いというか、どうなったんだ?」
「グレイの……? それなら何も話してない。いろいろ聞かれたけど、知らないって言ってある」
「そうか。ありがとな」
「グレイのこと話せば、変なことになるって、分かってるから」
気のきく子だ。しかし、国としても黙ってはいないだろう。姫騎士という王国最強をたぶらかそうとしている男を。しかしこれからもハクアが戦うならば俺も一緒に戦うだろう。そうなれば、めんどくさい展開は避けられないかもしれない。
「……そろそろ寝るか」
しかし、今は疲れた。その事を考えるのはまた今度にしよう。
ロウソクの火を吹き消す。ベッドに戻れば、窓から射す月明かりによって照らされたハクアが居た。
神々しく、月光を背負うハクアに思わず見とれる。
「ん……おやすみ」
ふと気づけば、ハクアは俺の腕を握ってそう言っていた。そこにいるのは甘えんぼうな女の子であり、神々しい少女はいなかった。
月明かりのみの夜の部屋。ベッドの上でハクアと二人きりであると考えて、気恥ずかしさに思わず体をハクアから離す。
しかし離した距離と同じだけハクアは近づいてきて、もう一度離せばまた近づいてくる。
壁際まで追い詰められた俺は、観念してハクアに握られてない方の手で髪を撫でる。
「ぐれ、い……」
くすぐったそうに、うれしそうに撫でられるハクアを見ながら、今日眠れるのかと考えていた。
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