第九話 ハクアの気持ち
あの後、ハクアとしたのは王都散策だった。
いつも貧民街では面白みがないだろうと、ぶらぶらと王都を歩くという非常につまらない事をした。今では後悔している。
傍から見ればデートだろう。ハクアという美少女と歩いていれば、羨望の視線を感じた。可愛い子と歩く。それは多分、俺の方が楽しんでしまったと思う。
ハクアを楽しませるというのに俺が楽しんでしまうとは、失格だ。
だがハクアが分かれる時に楽しかったと言ってくれたのは良かった事だ。お世辞かもしれないが。
そんなこんなで慌ててバーに戻り、バイトをするためにドタバタと準備をし、定位置に付いた時にはちょうど開店時間であった。
しかし――。
「……客。来ないな」
「来ないわねん」
開店から一時間経っても客が一人もこない。まさに閑古鳥が鳴いている状態だ。
俺はカウンターに突っ伏し、マスターも欠伸をしながらグラスを突いている。
「いつもこんな感じだっけ?」
「……昨日は二人も来たわよん」
「“も”って言ってる時点でもう察せる」
そもそも立地が悪い。このバーのお酒は高く、とても貧民街の者には手が出ない。
彼らが行くのは貧民街にある一軒の酒場。安く沢山の酒が飲める所だ。そこに客を取られて二人来たら上等という結果を残している。
まあマスターの風貌も問題だと思うけど。
「利益出てんの?」
「毎月赤字よお。趣味でやってる事だから利益は別に良いのよん」
「楽しいからやってるって事か?」
「そういうことよん」
「客来ないのに?」
「…………」
マスターは黙り込んだ。
王都の中にでも出店できれば儲かるだろうに、なぜここに出したのだろう。マスターはいろいろ謎があるが、出来ない事ではないと思うが。
「はぁ。考えてもしかたないか」
「何よん。溜息なんかついて。せっかくの良い顔がだいなしよ」
「別に良い顔でもないだろ」
「いーえ。しっかり整えてきっちり服を着れば十分イケメンよん」
「そうかねぇ。……この服かたくて苦手だ」
俺が今着ているのは店の制服だが、キッチリしすぎて落ちつかない。肩がこりそうだ。
「まあ、暇だな」
「暇ねえ」
二人でボーっとしていると、ふと外で何かが走る音を捕える。それはこちらに近づいてきて、カランっと扉を開けた。
「兄貴!」
「ゴーズか。どうしたんだよ」
「彼女さん来てるっすよ」
「彼女?」
彼女なんて生まれてこのかた出来た事がない。なんの間違いかと思えば、ゴーズの後ろからハクアが顔をだした。
「ハクア?」
「うん。夜遅くに、ごめん」
白い布で包まれた物を抱えたハクアが店に入ってくる。
「じゃ、案内はしたんでこれで撤収させていただくっす」
「ああ。ありがとな」
「ありがとう、ございます」
そう言って扉を閉めてすっと消えていくゴーズを尻目に、ハクアにカウンター席を進めた。
「で、どうしたんだこんな夜遅く。というかよくこんな遅くに外出できたな」
「これ、渡しに来た。王宮は、黙って出てきたから、出てこれた」
お姫様ともなれば夜は外出できないだろうと思ったが黙って出てきたらしい。ハクアの実力ならばかる事だろう。
そんなハクアは持っていた物の白い布を取ると、その中身を俺に差し出した。
「これ、剣か?」
「うん。グレイが欲しがってた東洋風の剣」
「別に今日、それも夜に来なくても良かったのに」
「ごめんなさい。今日は、王宮に居たく、なくて」
怒られる事に耐える子どもの様に震えながらハクアは俺を上目遣いで見上げてくる。
「別に怒っちゃいねえよ。来たけりゃいつでも来い。歓迎するぜ」
「いい、の?」
「もちろんだ」
なぜかすっと許可がでる。というか沢山来てほしいと思っている自分がいる。なぜかハクアだけ良いって思える。それを聞いて安心したようにハクアは微笑んだ。
「ふふ。若いわねん」
「っと。忘れてた。この人はこのバーのマスター」
「よ、よろしく。おねがいします」
「ふふ。よろしく。あなたがハクアちゃんねん? グレイちゃんが良く話してるわ」
ハクアはマスターを見上げて、困惑する様に俺の方を見てくる。
まあ無理もあるまい。男が化粧をして女言葉を操るのだ。初対面の者はだいたい困惑する。
「マスターはが悪い奴じゃない。世話になってるし、とっても良い人だ」
「別にとって食いはしないわよん」
「そ、そう。なの」
ハクアはとりあえず納得し、一息つく。
「はい、どうぞん」
「……お酒?」
「グレイちゃんの彼女だから、サービスよん。桃のお酒。まあジュースみたいなものよん」
「彼女ではないからな。で、ハクアは酒飲めるのか?」
「……の、飲める。と思う」
恐る恐るとグラスに口をつけ、チビっと飲む。
酒の味が分からなかったのか、首をかしげても一度飲む。
その後客が来ることもなく、店内にはハクアが桃酒を飲む音のみがあった。
十数分ほどかけて飲み終わったハクアはグラスをテーブルの上に置く。
「どうだ、美味かったか?」
「……んっ」
返事をするハクアだが、どこか変だ。
頬が蒸気して目がとろんとしている。そんな瞳で、俺をじっと見つめてきた。
「おいおい。熱でもあるのか?」
「……?」
「大丈夫かよ。ちょっとごめんな」
「ん……」
俺は立ち上がり、ボーっとしているハクアの
首をかしげてハクアを見ていると、ハクアも椅子から立ち上がった。
「ん~。グレイ」
甘える様な声と共に、ハクアがふらっと俺の方に倒れてくる。
「お、おい。どうしたんだ?」
「えへへ……」
ハクアはまるで聞いていない様に、俺の胸に顔をうずめてくる。
安心しきった様な顔でハクアは俺の体を預けてきた。
「マ、マスター? どういう事だ?」
「んー。酔ってるわねん」
「酔ってる? 別に酔うほどの酒じゃないだろ」
「多分ハクアちゃんは特段酔いやすいんだと思うわん。ジュースみたいなお酒で酔っちゃうなんて思わなかったけど」
ハクアは甘え上戸だったのか。酒を飲むとこうなるなんてハクア自身も知らなかった事だろうが、心臓に悪い。
甘える様に俺の胸にぐりぐりしてくるハクアを引きはがす事は何か忍びない。しかし俺の心臓もうるさいぐらいになっていた。
「……ハクアちゃんは、甘えたかったのかもしれないわねん」
「甘えたかった?」
「普段甘えられずに、自分を抑制している人はお酒を飲むとそうなる人が多いのよん。ハクアちゃんも、立場上いろいろあるのかもねん」
ちらっと、ハクアを見る。
王国最強の姫騎士。たった一人で万の軍勢と同等。たがその正体は普通の女の子だ。それなのに、その背に乗った重圧と罪はどれほどデカいのだろう。
「……さっき立場上って言ったけど、マスターはハクアの正体を知っているのか?」
「クリスタ王国のお姫様で最強の騎士『姫騎士』の名前は有名よん。顔は知らなかったけど服装とか、雰囲気とかで察せるわ。……それより、ハクアちゃんをそこのソファー席にでも連れてあげてん」
「ああ。それもそうだな」
すこし良いか、と呟き胸の中のハクアをひょいっと抱き上げる。
いわゆるお姫様だっこの体勢にして、驚いた。ホント羽の様に軽い。そんなハクアをソファーの席に寝かせて、俺もその横に座る。
「ぐれい……?」
「どうした?」
「ん~……」
まだ酔いが抜けていないハクアは、横に座る俺の膝に頭を乗せてくる。
「ねえ……グレイ、」
「どうした?」
「……嫌、だ」
「なにがだ?」
「戦う、の……」
ハクアは、小さくささやく様に言った。あおむけだったため視線は俺の目をボーっと見つめている。
その瞳にはゴチャゴチャになったいろんな感情があって、泣いてしまいそうだった。
「そうか」
「人を殺す、のも。もう嫌だ」
「……そうか」
「助けて」
「…………」
「……」
ハクアはそれ以上なにも言わなかった。そして俺も言えなかった。
二度も助けを求められて、でも俺は何もできなかった。
戦わなくていいって言えたら楽だったかもしれない。でも、俺にはそれを言える力も、行った後の責任を取る力もなかった。
視線を下にむければ、ハクアは寝ていた。その寝顔はあどけない少女の物で、こんな少女が戦いたくないって言いながら戦っている現状に、怒りがこみ上げる。でも俺は弱いから、なにも出来なかった。
「俺、弱いな」
もっと力があればハクアを救えるのに。そう思って、やまない。
◇
「……あれ? グレイ……?」
「起きたか。水を飲むか?」
「うん」
あれから一時間。俺の膝の上でハクアが寝てしまったから動くに動けず、座ってすごしていた。
とりあえず、マスターが用意してくれた水をハクアに渡す。
「私、何でグレイの膝の上に居たの?」
「ちょっと酔って寝ちまったみたいだ、それが丁度俺の膝の上だっただけさ」
「そっか。ごめんなさい。私、記憶がなくて」
「大丈夫だ。お前の寝顔、可愛かったぜ」
「……っ。ね、寝顔見るのは、ズルい」
水をチビチビを飲みながらそっぽを向くハクアにほっこりしながら考える。
ハクアは酔っていた時の記憶をなくしているらしい。ならば甘えてきた事も、弱音を吐いた事も忘れているのだろう。まあ忘れているならば別に言う必要もないだろう。酒を飲んで出た本性、言わないのが多分正解だ。
「あら起きたん?」
「はい。……寝ていたみたい、ごめんなさい」
「気にすることないわよん。結局あれから客はこなかったし。それより、もう遅いから帰った方が良いんじゃないのん?」
「うん。もう、帰った方が良い。と思う」
ハクアは窓を窓の外を見ながら言う。すでに夜遅く、普通の人は寝ている時間帯だ。
「お世話に、なりました」
「また来てねん。グレイちゃん、ハクアちゃんを送ってあげてん」
「店は良いのか?」
「別に良いわよん。客は来ないと思うし」
「分かった。じゃあ行くぞ、ハクア」
「う、うん」
念のため帯剣して、ハクアと一緒にバーを出る。
外は暗く、月明かりのみが道を照らしていた。
貧民街は静かであったが、この時間帯に活動する者は多い。俺に襲い掛かる者は居ないと思うが念のため警戒する。
警戒しなければいけない貧民街から王都内に移れば、少し緊張が緩んだ。
道は舗装され、所々に魔法による灯りがあるため歩きやすい。
余裕が出来ると、横のハクアを見てしまう。バーを出てから一言もしゃべっていないが、別に悪い雰囲気はなかった。
ハクアを意識すると、なぜか俺とハクアの間の三十センチが気になってしまう。
少し近すぎる距離なのに、もっと近くで一緒に居たいって思うのはなぜだろう。
「なあ、ハクア」
「なに?」
「……やっぱ何でもない」
そんな照れ隠しの様な会話に、ハクアはふふっと笑った。
そして沈黙が訪れるのが、悪い沈黙じゃない。心が通じっているかの様な感覚に襲われた。
「「あっ」」
二人同時に声を上げる。その理由は、手が触れあったからだ。
どちらが先が分からないが、手の甲が触れ合う。そして、なんとなしに手を合わせて握り合っていた。
「…………」
「…………」
言葉はなく、拒否するわけでもなく、手をつないで歩く。
この沈黙が心地よく、この空間がいつまでも続けば良いって思った。
でもいつか終わりはくるものだ。
「……ここまでだな」
「うん。ありがとう」
俺達は上層区への門で立ち止まる。ここから先は警備が厳しくなにか理由でもないと立ち入れない。まあここから先は危険はないので大丈夫だろう。
「あの、しばらく会えないと思う」
「……そうなのか?」
「うん。理由は、言えないけど」
「そっか。でも、また会えるんだろ?」
「うん。また会える」
ならば問題はない。
ハクアは駆け足で、上層区の門まで向かう。しかし、門に入る一歩手前でくるっと振り向いた。
「今日のグレイ、いつもより、かっこいいよ」
「えっ」
それだけ言って、ハクアは逃げる様に去っていった。
俺はなぜか、頬を摘まみ痛覚を確かめる。
かっこいい、なんて数時間前マスターに言われたばかりだが、それよりとても嬉しかった。
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