第八話 りんごは白いもの

 前回、ハクアと共に見回りに出かけた件から約三週間が経過していた。

 あれからハクアは、一週間に一度ふらっと訪れてふらっと帰っていくという習慣が作られた。

 俺も頭をフル回転させてどう楽しませようかと考えた成果か、最後は微笑んで帰ってくれた、その嬉しさは格別だ。


 みんなにはハクアが姫騎士だとはバレていないようだが、高貴な身分であるという事はバレている様で、どう接すれば良いのか迷っているようだ。もっとみんなが打ち解ければ楽しくなるかと考えつつ、長い目で見ようと思う。まあ、子ども達はそんなの気にせず同じ様に接っしているが、


 第三王女がふらっと訪れるという良く考えなくても大事件な事が日常になったが、俺は特に変わらない日常を過ごしている。だが――。


「はぁ」

「どうしたのんグレイちゃん? ため息なんかついて」


 今日、俺は開店前のバーでため息をついていた。俺のため息を聞きつけてグラスを磨いていたマスターが声をかけてくる。


「ああマスター。剣が欲しいと思ってな」

「剣? もってるじゃないのん」

「……これはこの前騎士から奪ったやつだからな。見た目だけが良くてで性能が悪い。それに俺は切れ味に特化した東洋風の剣が欲しいんだ」


 カウンターに立てかけてある剣を取る。何か月前かにあったハクア達騎士による貧民街襲撃。その時騎士からボコって奪ったやつであるが、どうにも趣味に合わない。俺の相棒は錆びていたが切れ味はしっかりとあった。あれが懐かしいが、ハクアにコナゴナにされたからもう戻ってこない。


「王国は重さでたたっきる剣が主流だからな。切れ味重視の剣はなかなか売ってなくて」

「なるほどねん。……王都の方なら売ってるんじゃないのん?」

「……王都か。あまり行きたくはない」


 貧民街の者が王都に入るのはあまり歓迎されない。俺でもあの視線はあまり浴びたいものではない。


「……しっかり身だしなみを整えて平民っぽくしたら良いんじゃないのん?」

「それでごまかせるのか?」

「人は人をあまり見ていない物よん。ちょっとごまかせばバレないわよー」

「なるほど。盲点だったな」


 王都の人に紛れるという発想はなかった。小奇麗な服を着て体でもささっと洗えばごまかせるか?


「ちょっと試してみる。ありがとな」

「気にしないでん。それより、今日は夜から仕事よろしくねん」

「了解。夕方には戻る」


 今夜はこのバーで働く約束をしているので、早めに帰らねらない。すぐに平民に見える様に整えて王都に向かう事にした。



 ◇



 巡回していたゴーズから平民に紛れこめそうな服を借りて、井戸で身を清めて王都に向かう。

 半信半疑で王都に入れば、今までの様に変な視線に晒される事もなかった。


「簡単なことだったな」


 人は人をそれほど見ていないものだ。

 変な視線がなくなり、余裕が出来た俺は王都の風景を見ながら通りを歩く。

 やはり活気があり、さまざまな店が並んでいた。貧民街には存在しない銭湯なるものや、超巨大な雑貨屋。

 新鮮な気持ちで見ていると、ふと騒ぎが聞こえてきた。


「なんだ?」


 とても小さな声で、何か言いあっている。他の人も特に気にしていないし、俺も普段ならば無視するのだが、なぜか声に聞き覚えがあった。


「だから、その金は使えねえんでさあ」

「……なんで? 国が発行した正式なお金」

「一万魔硬貨なんて釣がありゃせんよ。お貴族様」


 声の元に行けば、そこに居たのはハクアと、汗を垂らして必死にしゃべる露店の亭主だった。


「お釣り……? なんで出せない、の?」

「ここただの露店でさあ。売ってる物はすべて鉄貨で買える物ばかり。魔硬貨を使う様にはなっていないんです」

「この魔硬貨って、高いの?」

「一番価値のある金でさあ」


 見事な世間知らずっぷりを発揮するハクアと、あきらかに貴族であるハクアを下手に怒らせないようにとおろおろと説得する店長の様子は、見ていてかわいそうだ。

 ハクアが欲しがっていたのはりんごの様で、百鉄貨の物を一万魔硬貨で買おうとしているらしい。

 ……ここで会ったのも何かの縁だと思うか。


「なあ店長。これで買えるか?」

「へえ?」

「ん、グレイ……?」


 ハクアと店長の間に入り、俺は百鉄貨を渡す。


「あ、ぴったりでさあ。ええとこのお貴族様のお付きかなにかで?」

「まあ……そんなもんだ。とりあえずこれで売ってくれ」

「へえ。まいどあり」


 心底ほっとした様な店長からりんごを受け取り、それをハクアに渡す。


「ほらりんご」

「ありがとう……」


 ハクアは受け取ったりんごを胸に抱えてお礼を言ってくる。


「気にすんな」

「これ、お礼」


 そう言ってハクアは一万魔硬貨を俺にくれる。


「いや要らねえよ。りんご一つ奢っただけで一万魔硬貨なんて」

「でも……これ以外上げられる物、ない」

「気にすんなって言ったろ。それより何してんだ?」

「……グレイのとこ、行こうとした。そしたら変な食べ物見つけたから、欲しくて」

「変な食べ物? お前りんご食べた事ないのか?」

「りんご……? りんご、って白い。赤いりんごは、知らない」


 白いりんご? なんだそれは。りんごといえば赤い。白いりんごなんて皮むいたりんごしか……


「もしかして白いりんごって皮をむいたりんごか?」

「皮? ……りんごは、皮があるの?」

「ああ。りんごの皮は赤くて、りんごは丸ごと食える食いもんだ」

「皮ついてるの。……初めて」


 不思議そうにりんごを眺めるハクア。

 果物に皮が付いている事が初めてとは、ひさしぶりにハクアが第三王女であると思いだした。りんごは皮どころか種まで食う。貧民街の常識だ。

 ……いや待てよ。俺はお姫様にとても変な事を教えたのではないか。りんごを丸ごと食えるなんて事教えてよかった?


「……まあ皮まで食えると言ってもお前は高貴な身。別に無理に食べる必要は――」

「あむ」


 俺が話し終える前に、ハクアはりんごをかじっていた。

 赤い実の一部に、可愛らしい歯型が付いている。


「ほんとだ。……中は白い」


 ハクアは関心したように声を上げる。

 俺が止めるのも空しくハクアは皮ごと食べていた。……まあ、魔甲豚の煮込みを食わせた時点ですでに諦めている事だ。ハクアも楽しんでいるし良しとしよう。


 ハクアにとってりんごは大きいのか、小さな口でかりかりと一生懸命食べている。

 いつもは少し閉じている目もパッチリ開いて食べている様子は小動物の様で可愛い。


「まあ、俺はちょっと武器屋に行く用事があるから、貧民街で待っててくれ。すぐ戻る」」

「んく……。私も、グレイと、行って良い?」


 りんごを左手で持ち、右手で俺の服の裾を掴んだハクアはそう言う。

 少し考えて、別に問題ないと思って俺は頷いた。


「面白い所に行くわけじゃないが、まあ行くか」

「ん……」


 俺達は、武器屋を探して王都を彷徨う事になった。




 ハクアがりんごを食べ終わる頃。一軒の武器屋を発見した。王都の店にしては小じんまりしているが、貧民街と比べれば大きい。

 そんな武器屋の扉をあけて中に入れば、武器が目白押しに並んでいた。


「らっしゃーせー」


 気の抜けた挨拶をしたのは、カウンターでボーっと座っている一人の女だ。

 とりあえず店内を見て回るも、並んでいる武器はどれもゴツくてでかい。


「すまん、こう、東洋風の切れ味に特化してる剣はないか?」

「東洋風ね~」


 この武器の山を探ってもラチがあかないと店員に聞くと、欠伸をしながら店員は店内を見渡す。


「あ~。そこのタルに入ってると思う」

「おおなるほど。ありがとう」


 店員に指差された場所には、乱雑に剣が入っているタルがあった。


「むっ……」


 少し探ると、良さそうな剣を見つける。だが、鞘についてる値札をみて倒れそうになった。


「た、高いな」


 剣は高い。覚悟はしていたが、持ってきた金じゃ足りないんだが。ここ一カ月ほど頑張って貯めたのに届かないなんて。


「こうゆう剣が、欲しいの……?」

「ああ。だが思ったより高かった」


 俺が剣を持って悩んでいると、横からハクアが顔を出す。


「……私、こういう剣持ってるから。上げるよ?」

「へっ?」

「たくさん、貰って。あまってるから……」


 ……とても、魅力的な提案ではある。俺の金では結局買えないから。でも。


「でも、さすがに悪いだろ」

「私の、贖罪。遠慮しないで」

「もう沢山返してもらった。あまり気にするな」

「ん……。じゃあ、引きとって」

「引きとるだと?」

「うん。たくさんあって邪魔、だから引きとって」


 何か偽善でやっている訳ではなく、強い意志を持つ瞳で見てくる。

 ハクアの様な少女が沢山剣を持っているというのも変な話だ。


「グレイも、無理矢理りんご買って、私に貸しを、つくった。それを返させて」

「……りんごと剣じゃどう考えてもつり合わないと思うけど……分かった引きとろう。その代り」


 俺は武器屋の一部にあったアクセサリーをカウンターに持って行って購入する。

 それをハクアに渡した。


「それと交換だ。足りねえと思うけどな」

「ネックレス……?」

「ああ。ハクアはいつも何も付けてないだろ。だからやる。まあもっと良いの貰ってると思うけど」

「……ううん。こういう、の。初めて。貰うのは武器ばかり、だから」


 ハクアは普通の女の子だ。しかし姫騎士の名声が、武器ばかり送られる要因だろう。


「嬉しい。ありがとう」


 そう言って、ハクアは微笑む。それを見れば、こんな安物のネックレスに本心で喜んでくれていると分かった。そして、本当に欲しい物は送られなかったんだろうなとも。


「こちらこそだ。剣とネックレスじゃ何も返せてないがな」

「ううん。グレイは、私を楽しませてくれる。そのお礼」

「あはは。そうか、でも大した事してないはずだがな」


 頑張って考えたとはいえ、所詮俺のような馬鹿が必至こいて考えた事だ。

 工夫を凝らしてハクアを楽しませようと頑張ったが、自分でもふがいないと思う。拙い事ばかりやって、もっと面白い事ができるはずだといつも後悔する。


「私は、それが嬉しい。グレイみたいな、事してくれる人。いなかったから。……それより、付けてくれる?」


 そう言って、ハクアは留め具を外したネックレスを俺に渡し、くるっと後ろを向く。長い銀髪をかき分けて、首を露出した。俺に付けろということか。

 ハクアの前からネックレスを通し、留め具を後ろに持ってくる。ただ、普通に付けるだけなのになぜか雑念が沸く。真っ白なうなじを見ていると、とても変な気持になった。性欲を抑えろ。


「っ……よし。出来たぞ」


 とりあえず雑念をねじ伏せて、ハクアから離れる。


「ん……ありがとう」


 くるっと振り向いたハクアはネックレスを見せる様に胸をはる。


「……似合ってるな」

「ありがとう」


 そう言ってほほ笑んだハクアの顔を、俺は多分忘れないだろう。

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