Last phase-final

 目覚めた先は、見知らぬ天井だった。

 いまだに朧げな思考のまま体を起こすと、簡素なパイプベッドに純白のシーツ、自分につながった点滴が目に留まる。

 ああ、そうか。ここは病院か。

 何となく、周囲を見回す。

 簡素な個室の外から、忙しそうに動いている人影が見える。

 そして、ふと、私の隣に視線を動かす。

 そこに、いた。

 パイプ椅子で私に向かって突っ伏すように眠る、眼鏡の少年。

 こいつ、私は知っている。

 嘉村真一。

 あの戦場と化した一室で、私を庇い、そして、私怨で人殺しをしようとしていた私を、引き留めてくれた男だ。

「……」

 なんとなく、こいつの頭に触れる。

 不思議な感覚だった。

 触っている側のはずの私が、どこかむず痒い感覚に襲われる。

 不快ではなく、むしろ心地いい。

 何なんだろうな、この感じは。

 ずっとわからないまま、この温かい感覚に溺れていたい。

 だが、同時に、後悔も浮かんでくる。

 所長のことだ。

 私は、あの人を刺してしまった。

 所長があの程度で死ぬとは思えないが、それでも、私にとっては世話になっている人だ。 その人を傷つけてしまった後悔が、今の私を苛む。

「……」

 何だか、視線が潤んでくる。

 私が、あんなことしなければ。

 私が、自身の復讐のために動かなければ。

 あんなことには、ならなかったじゃないか?

「……」

 何かが、自分の何かが噴出しそうだった。

 その時、私の涙を何かが拭う。

「……鬼道さん?」

「……え?」

 いつの間にか起きていた、こいつが、嘉村が私の涙を拭った。

 身を起こしているのに気が付かないなんて、私は本当に動転していたらしい。

「……よかった」

「え?」

「……目を覚まして、本当に良かった」

 そして、彼は私に抱き着いてきた。

「……!? お、おいっ!?」

 思わず抵抗したが、涙ながらによかった、と言う男に、私は抵抗するのをやめた。

 こんなに心配をかけてしまったのか。なんだか、申し訳ないな。

「……ごめん」

 ポツリと、口から零れる。

「……ううん。でも、本当によかった」

「……!」

 屈託のない笑顔を浮かべるこいつに、私は思わず視線を逸らす。

 なんだか、顔が熱い。

 まだ調子が悪いのか?

 ……いや、違うな。

 おそらく、調子が悪いのだろう。

 それも、ずっと前から。

「……あのさ、鬼道さん?」

「? なんだ?」

「その、眼、どうしたの?」

「……!?」

 反射的に右目を手で隠す。

 そういえば、見られていたのか。

 岩國のことで頭がいっぱいだったから、意識が逸れていた。

「……」

 どうしよう。

 突如として大きな不安に駆られた。

「……その眼、かっこいいね」

「……え?」

「その、カメラみたいな眼、かっこいいね。どうしたの、これ?」

 そう言って、私の『眼』に手を延ばす。

 思わず仰け反ってその手を避けた。

「……あ、ごめん。調子に乗りすぎた」

 怒られた子供のように、シュンと俯いてしまう嘉村。

「……もっと、見たいのか?」

 思わず、言葉が漏れる。

「……え?」

「……そんなに、見たいのか、『眼』?」

「……うん」

 何かに期待するような眼差しが、私に注がれる。

「……いい、よ」

 何かをふり絞り、私の『眼』で、彼を見る。

 顔が熱く、ある種の恥ずかしさが、私に去来する。

「……」

 何も言わず、私の眼を見るこいつ。

「……そんなに、離れてて、いいのか?」

「え?」

「もっと、近くで見なくて、いいのか?」

「……いいの?」

 確認してから、身を乗り出す嘉村。

 私の顔に、こいつの顔がさらに近くなる。

「……」

 あと、少し。

 私の顔も、次第に近づく。

 あと、数センチ。

 あと、―――――――。



「やあやあ! サクたん、目が覚めたんだね! おめでとー!」



 そんな、能天気な声が響いてきた。

「……!?」

 驚いて声のした先を見ると、ヒラヒラと手を振りながら笑顔の所長の姿があった。

「……おや、お邪魔だったかな?」

 手を口元に当ててからかうようなしぐさをする所長。

 わざとだ。

 絶対、わざとだ。

「……どこから、見てたんですか?」

「え? そりゃあ、サクたんがその少年の頭を優しく撫でてるところから……あ、サクたん! ダメ! その花瓶は投げちゃダメ!? それは当たったら絶対痛いから!?」

 呼吸を荒く、所長に怒りの制裁。

 悪趣味にも程があるだろう。

「それに、見てたのは僕だけじゃないしね」

「……え?」

「そろそろ、入ってきたら?」

 所長の一声で、ゆっくりと、申し訳なさそうな顔をした面々が入室してくる。

「……ち~っす」

「……」

「もう、カルタちゃん。あともうちょっとだったのに、邪魔しちゃダメじゃない」

 瀬見さん、風間さん、紫苑さん。

 『JSA』所属の、そうそうたる面々がそこにはいた。

「……」

 もう、消えたい。

 すぐに、ここから消え去りたい。

「……えっと」

 何が起こったのかわからないらしい嘉村は、その場で私と入ってきた濃い面子に、目を白黒とさせている。

 こんな情報過多な連中が入ってきたら、混乱もするだろうな。

「お、そこの少年はサクたんを連れて行ってくれた子だよね? 私は桔梗院歌留多。この子の後見人です! よろしく!」

「……よ、よろしく、お願いします」

 唐突に差し出された手を取って、握手を交わす二人。

「でも、あの場面でサクたんを守ろうとするなんて、君って勇気あるね! 本当に、ありがとうね!」

「ええっと、どうも」

「よし、決めた! 君、サクたんと付き合ってよし! 私が許します!」

 ……。

「……はぁっ!?」

 とんでもない爆弾発言に、思考が停止する。

 突然何を言い出すんだ、この変態仮面は。

「ああ、付き合うと言っても、もちろん限度は守ってね。キスまではまあ許すけど、その先は、ダメだよ?」

「……」

「うわっ、風間っち!? すんごい恐い顔してるけど、だいじょぶ!?」

「んま~! やっぱりサクちゃんにも、いい人いたのね! お母さん、安心したわ」

「……え? お母さん?」

「おい、瀬見。あとで裏来いや」

 好き放題言い出す身内達に、苦笑いを浮かべる嘉村。

 異様に疲れる光景だが、何だか今は心地いい。

 嗚呼、ここか。

 今の私は、ここが私の居場所なんだ。

 復讐に囚われていた私だが、それを捨てた今、何だか、晴れやかな気分だ。

『佐久弥、幸せに、な』

 ふと、そんな声が聞こえた気がした。

 声のした先を見ても、窓の外の風景が見えただけだった。

「? どうしたの、鬼道さん?」

「……ううん、何でもない」

 あいつの声に、頭を振って振り返る。

「「「「「……」」」」」

 瞬間、全員の動きが止まる。

 まるで何か、凄いものを見たように、一斉に動きが制止したのだ。

「? どうしたんですか?」

「サクたん、今、笑った?」

「……え?」

 所長の声に、思わず自分の顔を触る。

 表情を確認しようとするが、すでにいつもの表情に戻っているようだった。

「見た、風間君!? サクたんのあんな顔、もう数年は見れない貴重なものだよ! 大容量の記録媒体で保管しなくちゃ!」

「……」

「サクちゃん、めっちゃいい顔するじゃん! 折角なんだから、おすすめのコスメ教えたげる!」

「いい笑顔だったわよ! 今度、お店で接客の極意を教えてあげるわ!」

 全員が各々好き勝手に言い始め、再び混沌の様相を呈してきた室内。

 顔が熱くなることを何とかごまかそうと、隣のあいつに助けを求める。

「お、おい、おまえ、何とか……」

「鬼道さん」

 そして、こいつは次の一言を私に言った。

「笑った顔も、その、かわいいね」

「……!? 馬鹿野郎!」

 そう叫んで、布団を頭から被る。

 もう誰の顔も見たくない。

 というか、私の顔を見せたくない。

 羞恥でどうにかなりそうだった。

 でも、何故だか、本当は嫌な感覚ではなかった。

 自分の中の、金属にも似た何かが溶けたような、そんな感覚。

 この感覚が、今が、私はとても、愛おしい。

 何だか、そんな気持ちだった。

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鋼鉄少女の溶解-メルト- 石動 橋 @isurugi

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