Last phase-19

 全てを吐き出すような悲鳴を轟かせた佐久弥が、その場に崩れ落ち、気を失う。

「……! 鬼道さん!」

 嘉村は倒れそうになった少女に駆け寄った。

 ぐったりとしているが、彼女が呼吸をしていることに彼は僅かに安堵する。

「……よくやった、ノア」

「……今は、桔梗院歌留多、ですよ。それに、あなたを庇いたかったわけではありません」

 岩國を睨みつけながら、歌留多は腹部に刺さった刃を引き抜く。

 引き抜かれた箇所から僅かに紅い液体が滴るものの、彼にとっては大したことではない。人間とは違うためか、ただの刺し傷が致命傷になることはないのだ。

「……!」

 嘉村は歌留多を睨む。

 突然横から入り、佐久弥を殺そうとした人物を庇った目の前の男が、彼には味方に見えなかった。

「……」

 歌留多は黙って、少年を見下ろす。

 彼にとっては何故ここにいるのかもわからない、非力な一般人。

 それでも、目を覚まさない佐久弥の前に立ち、少女を守らんとする眼差しは、この場にいる誰よりも気合に満ちていた。

「……強いな」

 歌留多はポツリと呟く。

 人間ではない彼には持てない、確固たる強い意志。

 それも、大切な人を守ろうとする嘉村の姿は、かつての鬼道正義の姿と似通ったものを感じたのだ。

 人間ではない歌留多が感じた、人間臭い感情。

 それが人工知能である彼にとっては輝かしくもあり、同時に羨ましくもあった。

「行きなさい」

「……え?」

「彼女を連れて、行きなさい。裏口を利用すれば、逃げられるはずだから」

 嘉村は歌留多の意図が掴めず、訝しりながらも気を失った少女に肩を貸し、出口を目指す。

「どういうつもりだ、ノア?」

「どういうつもり、とは?」

「とぼけるな。反逆者を逃がすなど、一体どういうつもりなのか、と問うている。如何に奴があの男の娘であろうが、私に刃を向けた以上、奴は国賊だ」

 淡々と話しているように一見すると思えるが、言葉の端々には怒気が込められている。

 気の弱い人間なら逃げ出してしまうだろう程の気迫を伴って発せられた言葉を、歌留多は気にもしていないどころか、とぼけてすら見せる。

「……訂正を。あなたに刃を向けたなら、あなたの敵であって、この国の敵、というわけではありません」

「……っ!」

 彼の発せられた言葉は、瞬間的に岩國の怒りを増幅させる。

「……まあ、いい。外にいるはずのSWATにあの二人の始末を……」

 岩國が歌留多から視線を離した刹那、乾いた音が響く。

「……?」

 岩國が、自身の腹部を見下ろす。

 脇腹に開いた、一つの穴。

 血液が流れ出しながら、強烈な熱と同時に激しい痛覚刺激が、岩國を襲う。

「……ぬ、ぅ……!?」

 足から膝をつき、その場に倒れる。

 そして、彼の脇腹に風穴を開けた人物を強く睨みつけた。

「……ノア、貴様……!」

「……」

 歌留多は、何も答えない。

 自身の袖口に隠していた、デリンジャー。

 単発しか撃てない銃だが、至近距離で撃てば十分に相手を絶命できる威力を誇る。

 いまだ硝煙を上げるその銃を手にした歌留多は、ゆっくりとその手を下ろす。

「……貴様、まさか、あの娘に情でもわいたか? ただの機械風情の、貴様が……!」

「……いえ、そうではありません」

 歌留多は語る。

「いや、正確にはわかりません。今回の件は彼女が、佐久弥が、自分の感情で選んだ結果です。それについて、私は彼女を助けることはしても、あなたを撃つ理由はにはなりえない」

「なら……!」

「ですが」

 そう一区切りつけると、歌留多ははっきりと言い放った。

「私の恩人である、あの人を、鬼道正義を殺したあなたを、私は許せない!」

「……」

 岩國は、何も答えなかった。

 ただの機械である彼が言った、人間臭い、感情的な理由。

 その言葉は岩國にとっては、真っ当な、人間らしい理由にさえ思えてしまったのだ。

「……そうか。それならば、仕方がないな」

 脈々と流れ出る血液を押さえようともせず、岩國は静かに目を閉じる。

 薄れゆく意識の中、走馬灯が過ぎる。

 彼は、岩國は、純粋にこの日本という国を愛していた。

 まだ米国や欧州には及ばないが、それでも技術大国として発展してきたこの国が好きだった。

 しかし、彼が大人になるにしたがって、次第に増してきたのは嫌悪感だった。

 台頭してくる周辺諸国に、圧力をかけてくる同盟国。

 そして、それらの国の使者から賄賂をもらい、日本を弱体化させていく政治家達。

 それらに対し、岩國は強い嫌悪感を抱くようになっていた。

 このままでは、ダメだ。

 この国を、愛する祖国を守らなくては。

 その一心だった。

 そのために、自衛隊に入隊し、統合幕僚長の地位まで昇りつめた。

 そして、私設組織である『闇』を生み出し、裏からこの日本を守ってきたのだ。

「……なあ、ノア」

 消え入りそうな声で、最早姿すら見えない人物に問う。

「……私は、間違って、いたのか……?」

 そうつぶやくと、息を引き取った。

「……いえ、あなたは、この国を思う人としては、最高だったと思いますよ」

 そう言って、歌留多は自身の携帯端末を操作する。

 それは、一つのコードだった。

 人工知能である彼のボディが量産されている、秘密裏の工場。

 そこの、停止コードだ。

「……」

 そのコード開始の確認画面に、無言で彼は了承した。

 表示される数字のコードを確認すると、歌留多は一つ、息を吐く。

 これで、彼は最後にして唯一の、桔梗院歌留多となった。

 もう破壊されたとしても、新しい『彼』は来ない。

 それでも、彼はいっそ清々しいとさえ感じていた。

 人一人、しかも日本の防衛のトップを殺したのだ。落とし前は、つけなければならない。

「……まあ、気分のいいものでは、ないですね」

 そして、彼は懐から煙草を取り出す。

 メーカーは、アメリカンスピリッツ。

 かつて、自分を救い出し、こちらの世界に引き込んだ男が吸っていたものと同じものだった。

「……」

 静かに火をつけ、一服する。

「……やっぱり、まずいですね。何でこんなものを吸っていたんだか」

 まだ煙の昇る煙草を踏み消すと、彼は静かに、その場を後にしたのだった。

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