Other phase 2-12

「僕、小さい頃はこの街に住んでいたんだ」

 嘉村は懐かしむように話す。

「? 今も住んでるんじゃないの?」

「あ、一回い引っ越しててさ。それからこっちに戻ってきたんだ」

「親の都合?」

「うん。父さんの仕事の都合でね。5年ほど別の街にいたんだ。その、ちょうどそんな時だったよ。彼女を見かけたのは」

 そういって、彼は窓の外に視線を移す。

 どこか遠くを見るように、彼は述懐する。

「同じくらいの年頃の女の子でさ。周りでは悪いうわさが立ってたのは覚えてるんだ。内容までは忘れちゃったけど。そんな彼女がとても寂しそうに見えてさ。放っておけなくなったんだ。

 だから、声をかけて、その日一日、一緒に遊んだんだ。ただの砂遊びだったけどさ。

 そんなのでも、その子が楽しめたなら、それでよかった。結局、その子とはその一日遊んだだけだったんだ。たった一度だけだったから、ずっと気になってたんだ。

 きっと、自分の気づかないうちに後悔になってたんだと思う。あんな一日だけで、彼女が救われるわけがない。それが、心残りになってたんだ。

 そんな時だったんだ。鬼道さんを見かけたのは。

 過去のその子が、その時の彼女に重なったんだ。

 いつも邪険にされてるけど、時々寂しそうな顔をする、鬼道さんが。

 だから、思ったんだ。

 今度こそ、助けるって。

 もう、あんな後悔をしないために」

 拳を強く握り、嘉村は吐き出した。

「……」

 ちひろは、彼の言葉で確信した。

――――昔、遊んでくれたのは、やっぱり嘉村君だったんだ。

 彼女は、たまらなく嬉しかった。

 もう風化していた思い出の彼が、鮮明に見えたような気がしてさえいた。

 だからこそ、悲しかった。

 悔しかった。

 今の彼が見ているのは、自分ではない。

 よりにもよって、彼女の敵。

 嗚呼、何と皮肉だろうか。

 嬉しさと悔しさが混ざり合い、普段は爛漫な彼女の心をかき乱す。

「……そっか」

 彼女は、そんな感情でも、何とか言葉を吐き出した。

「……嘉村君が、鬼道さんを気にしていたのはわかったよ。でも、もっと自分も大事にしてね。ちひろも、心配しちゃうから」

 絞り出した心配の言葉に、嘉村はちひろに笑顔を向ける。

「ありがとう、上条さん」

「……っ!」

 思わず彼女は、スカートのすそを握る手に力を込める。

 そして、勢いよく立ち上がると、

「今日はもう帰るね☆ 嘉村君、早く良くなるんだぞ☆」

 元気よく言い放った。

 諦めたわけではない。

 上条ちひろは、嘉村真一が好きだ。

 だからこそ、あの鬼道佐久弥にだって渡さない。

 むしろ、目の前で掻っ攫ってやる。

 そう、彼女は心に刻んだ。

 だが、明日会ったら文句くらいは言ってやるが。

「おい」

 ちひろは病室前で寝ていた新堂を起こす。

「お、お嬢!」

「今日から、この病室を守れ。奴がまた襲撃に来るかもしれないからな」

「え、……わかりました」

 有無を言わさぬほどの圧力を放つちひろに、新堂は肯定するしかなかった。

「いいか! ここの奴に傷一つつけてみろ! 『八条会』の上条ちひろの顔に泥を塗ると思え! いいな!!」

「は、はい!!?」

 新堂に活を入れるために大声で恫喝するちひろ。

 怯えながらも了解した新堂を背に、彼女は病院を後にした。

 僅かに病室の、扉が開いていたことにも気づかぬまま。

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