5th phase-2

 まだまだ残る暑さに、私、鬼道佐久弥は疲れていた。

 新学期が始まり、いつも通り机に突っ伏して、暇な休み時間が過ぎ去るのを待っている。

 昼食を取った後の昼休憩は、午後の授業が始まるまでただただ暇を持て余すだけなのだ。

 いつも鬱陶しいレベルで話しかけてくるあいつ、嘉村真一はいつも通りの私の席の前で、他の友人と会話に興じている。

 梅雨の頃の護衛任務以降、私に話しかけてくる連中もたまにいたりしたのだが、そんな雰囲気は夏休みを過ぎて霧散してしまったようだ。

 非常に喜ばしいことだ。貴重な睡眠時間を余計な会話で消費したくなどない。

 そうして突っ伏して、たまに頭の向きを変える以外は活動しない。

 これでいいんだ。これで。

「ハロー! ちひろ参上!☆」

 来た。

 最近ますます鬱陶しくなった女が。

 上条ちひろ。

 あの夏のプール以降、いつの間に知ったのか私のSNSに無断で連絡してくるようになったクラスメイトだ。おそらく、瀬見さん辺りから聞いたのか。

 ブロックしてもセキュリティを潜り抜けて話しかけてくるこの女からは、最近は別の恐怖さえ感じてしまう。

 まあ、この女も裏社会を渡ってるくらいだし、これくらいは普通、なのか。

 最近は自分の価値基準がブレてきているのかもしれない。

「……何か用?」

 睨みつけながら話しかける。

「もう、せっかくアイドルのちひろが話しかけてるんだから、もっと喜びなよ☆」

 いつもの横ピースのポーズを決める上条さん。

 はっきり言って鬱陶しい。

「……鬱陶しい」

「ちょっと!? そういうことはせめて隠してよ!?☆」

 おっと、思わず本音が出てしまったらしい。

 少し疲れているのかもしれない。

「あはは、相変わらず、二人は仲いいね」

 そう言って話しかけてきたのは、友人との話を終えたらしい嘉村だった。

「……笑い事じゃない」

「そうなの?」

「せっかくの睡眠時間が台無しだ。もう今更だけどさ」

 そう言って、無理やり体を起こす。

 二人と話して、すっかり目が覚めてしまった。

「……それで、何の用?」

 改めて上条さんに視線を投げる。

「あ、そうそう! 二人はさ、最近ニュースになってるあれ、知ってる? えーと、『ヒーロー事件』!☆」

『ヒーロー事件』。

 日朝とかでやってそうなヒーロー姿の殺人鬼の事件だろう。

「まあ、ニュースでやってた程度のことなら、知ってるけど、それがどうしたの?」

 嘉村が尋ねる。

「知ってる? それなら話は早いけど、あの事件さ、うちの校区内で起こった事件なんだよね? 怖いよね~☆」

 自分を抱きしめるようにわざとらしく身震いする上条さん。

 嘘付け。絶対そう思ってないだろ。

「そうだね。何だか芸能関係者も被害にあったんでしょ? 上条さんも気を付けてね?」

「……お、おう」

 嘉村の言葉に少し狼狽えながらも答える上条さん。

 ……学校で初めて話して以降感じるが、こういう場面を見たときに湧き出てくる苛立ちは何なんだ。

「……それで、その『ヒーロー事件』がどうしたんだ?」

 二人の不愉快な雰囲気に割って入る。

「ああ、うんとね、この『ヒーロー事件』もあってさ、今って部活動も原則禁止で、すぐに帰れって先生達が言ってたでしょ? これって、あたし達も巻き込まれるかもしれないってことなのかなって?」

 そう言って、私をチラッと見る上条さん。

 なるほど、遠回しに「何か知ってることがあったら教えろ」ってことなんだろう。

 まあ、生憎と何も知らないわけだけど。

「……さあね。私にはわからないかな」

「……そっか☆」

 そう言って、彼女はあっさりと引き下がる。

 さすがの彼女も、こんな場で強硬的に聞き出すような真似はしないだろう。

「……」

 ふと、ずっと黙ったままの男に目を向ける。

 何か考えているらしい。

「何か、考え事?」

「……ああ、うん」

 歯切れの悪い風に言うこいつ。

「……この犯人さ、本当に自分が正義の味方のつもりでやってるのかな、って」

「……?」

 どういうことだろうか。

 わざわざヒーローの格好をしているのだから、当たり前だろうと思うが。

 そう言おうとした瞬間、昼休み終了のチャイムが響く。

 もやもやとした感覚を残したまま、いつもとは違う、やや騒がしい昼休みが終わった。

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