5th phase-3

「は~い! 学校お疲れさまだね、サクたん! 今日もそんな湿気た煎餅みたいな顔してちゃダメだよ~!」

 学校が終わって事務所に着いて早々、この鬱陶しい所長からの洗礼に辟易する。

 何が悲しくて、学校帰りにこの男のウザいセリフを聞かされなければならないのか。

「……お疲れ様です。今日も鬱陶しいですね、所長」

「そこはせめて鬱陶しいくらいに元気ですね、とかじゃないの!? ひどいよサクたん!?」

 即座にこんな返しをしてくるあたり、今日も所長は無駄に元気らしい。

「すいませんが、ドクターは来てますか?」

「ああ、ドクターかい? 奥の部屋にいるよ。今日は点検日だっけ?」

「はい。この眼の調整のために」

 そう言って、眼帯に触れる。

 今日はこの眼の点検日なのだ。

 この仕事の都合上、この眼は酷使する可能性があるため、こうした定期点検は必要なのだ。

 あの胡散臭い仙人に会うこと自体、非常に大きなストレスになるのだが。

「そっか。あ、そうだ。今日は仕事のミーティングがあるから、終わっても残っててね」

「? はい、わかりました」

 仕事のミーティングか。

 なら、尚のこと入念に点検してもらった方がいいかもしれない。

「うんうん。素直なことはいいことだよ! その方が希望に胸膨らむし! あ、でもサクたんのむぎゃああああああ!?」

 所長が言い切る前に、渾身のローキックを見舞う。

 一日一回はこれを言わないと気が済まないのか、この男は。

 足を抱いてのた打ち回る男を放置して、私はドクターがいるらしい奥の部屋へ向かう。

「ドクター? 佐久弥です。入りますよ」

 ノックして、部屋に入る。

 普段は使っておらず、瀬見さんが『ヘルメス』を使うためだけに利用している部屋だ。

 だが、本来は私達が使っているサイバネティクスの修理や点検、追加装備の換装なども行っている。

 まあ、このドクターがいればの話だが。

「……ん? 佐久弥ちゃんか?」

 気だるげに返事をする老人がドクターだ。おそらく備え付けのソファで寝ていたんだろう。

 アロハシャツに胡散臭い丸メガネのサングラス。さらに上から着込んだ白衣は、古くから変わっていない、彼のファッションスタイルらしい。

 瀬見さん曰く、初対面から外見年齢も変わっていないらしく、本当は仙人ではなく妖怪の類ではないかとさえ噂されている。

「はい。点検してもらいに来ました」

「おお、やっと来たか! 待ちわびたぞ!」

 瞬間的に目が覚めたのか、嬉々とした反応を返す老人。

「さあさあ、この寝台に横になりなさい! 眼帯も外して!」

 興奮した様子で急かす男に促され、用意された寝台に寝転がり、眼帯を外す。

 その間にごそごそと準備に勤しむ男からは、この時ばかりは恐怖を通り越して気持ち悪さを感じる。

「さて、準備もできたし、始めるぞ!」

 そう言って、点検が開始される。

 もっとも、点検は自動のスキャナーを通して異常かどうか調べるだけなのだが。

 大型のスキャナーが目の前を通過する。

 初めての時は恐怖を感じたが、今はもう慣れたものだ。

「さて、終わったぞ」

 ドクターの言葉で、身を起こす。

 眼帯を直しながら、ドクターの元へ歩いていった。

「ふむ、検査上、問題はなさそうじゃ。使っているときに違和感はなかったか?」

「はい。特に変だと思ったことはありません」

「うむ。ならば問題ないじゃろうて。もう行っていいぞ」

 そう言ってドクターは、最初寝ていたソファへと移動する。

「あ、ドクター」

「ん? なんじゃ?」

 ドクターを呼び止める。

「あの、聞きたいことがあるんですが……」

 望みは薄いが、一縷の望みをこめて、もしかしたらこのドクターなら答えてくれるのではないか。

「……佐久弥」

 優し気な声と裏腹に、ドクターは申し訳なさそうに口を開いた。

「申し訳ないが、わしの専門は機械工学と神経科学なんじゃ。豊胸は専門外でな。申し訳ないが……って、こら、佐久弥!? やめろ、スパナを投げるのは!? 危なってあああああああああ!?」

 くだらないことを言う妖怪に、容赦なくスパナを投げつける。

 ああもう、こんな奴に相談しようとした私がバカだった。

 あいつと話をすると、心が安らぐ理由を相談しようとしたのに。

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