Lost phase-9

「……助かったぜ、クリス」

「オ―、アタカ! 俺、ガンバッタ!」

 ガッツポーズを決めるクリスに労いの言葉を投げる阿高。

 彼の一撃は、コンクリートの地面を陥没させるほどの衝撃だった。

 にもかかわらず、風間は頭から血を流しながらも気を失っただけですんだのは、彼の頑丈さ故か、それとも奇跡か。

「……しかし、頑丈な男だな」

「どうします? ここで始末しますか?」

 いまだに痺れが残る腕をさすりながら、ジェニーが尋ねる。

「いや、ここで始末すればこいつのバックにいる連中の正体がわからなくなる。連れて行って吐かせるぞ」

「……了解」

 渋々といった表情で了承するジェニー。

「……なんだ、腕をやられたことを根に持っているのか?」

「いえ、そういうわけでは……」

「? まあいい。とにかく、ここから……」

 脱出するぞ。

 そう言おうとした矢先だった。

 バンッと大きく扉が蹴破られ、89式小銃を手にした暗視ゴーグルの男が突入してきた。

「……!」

 音に反応した全員が視線を向ける。

「……風間!」

 男、鬼道正義は叫んだ。

 ぐったりと力なく動かない仲間に対して。

「……くそっ、援軍か!」

 阿高は即座にモーゼルを構え、発砲する。

 目暗撃ちなため命中こそしないが、足止めするには十分だった。

「……ちぃ!」

 舌打ちをして引き返し、ドア越しに弾丸を躱す。

「俺が援護する! ジェニーとクリスはそいつを連れて脱出しろ!」

「了解!」

「イエッサー、アタカ!」

 クリスが風間を担ぎ上げ、銃を拾ったファンが先導する。

「……逃がすか」

 正義は手鏡で状況を確認すると、壁に向かって小銃を発射する。

「馬鹿が! どこに向かって撃っている!」

 挑発する阿高。

 瞬間、一発の弾丸が阿高を掠める。

「……!?」

 どこから撃たれたのかわからなかった。

 この通路に窓はなく、外までは一直線のはず。

 弾丸が飛んでくる場所など、どこにもない。

「……まさか」

 阿高の脳裏に、一つの可能性がよぎる。

「……跳弾、か?」

 阿高はつぶやく。

 跳弾。

 放たれた弾丸が壁や床から跳ね返る現象だ。

 通常、壁などに命中した弾丸はそのままめり込み、跳弾を起こすことはない。

 しかし、ある一定の条件が整えば、稀に跳弾が生じることがある。

 正義は壁に向かって連射していた。

 もし、この跳弾を狙ってやったとしたら?

「……」

 一滴の冷や汗が頬を伝う。

 ヤバい。

 こいつを相手にするのは、ヤバい。

 そんな思考が脳内を駆け巡る。

「……くそが!」

 そう吐き捨てると、腰に隠していたスモークグレネードのピンを抜き、正義に向かって投擲した。

「……!?」

 わずかな時間で煙が辺りに充満し、視界を遮る。

 正義は通路へ飛び出るが、一足遅かったのだろうか、阿高達の姿はなかった。

「……こちら鬼道。連中に逃げられた。そちらの状況は?」

『こちら木登。反撃が激しくって応戦が手いっぱいだ。もしかして、さっき走ってったジープがそうか?』

 木登からの反応を聞く限り、連中を取り逃がしたらしい。

「……風間が攫われた」

『おいおい、マジか!? あの風間が負けるなんてな。相手はシュワちゃんかなんかだったのか!?』

「……今はふざけてる場合じゃないぞ」

『悪かったよ。それで、すぐに追うかい?』

「いや、一度撤退しよう。今追っても撒かれるだけだ」

『了解。本部の連中にも伝えとくよ』

「ああ。頼む」

 そう言って、通信を切る正義。

「……くそっ」

 悪態の言葉が漏れる。

 己の不甲斐なさに、嫌気がさすが、そんな悠長にはしていられない。

 そう思って自分を戒めると、即座に平常に戻り、木登と合流するべく、歩き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る