幕間

「……ハックシ!」

 暗い廊下を歩きながら、桔梗院歌留多はくしゃみを漏らす。

 機械の自分が風邪を引くわけもないし、もしかしてどこかの異常だろうか。

 そんなことを考え、すぐにかぶりを振る。

 メンテナンスは最近したところだ。故障することなどありえない。

 なら、この原因は、

「……噂?」

 馬鹿らしい。

 そう思って、目的の部屋の前に立つ。

 ただの会議室の扉だが、重々しい雰囲気を醸し出すその部屋を、慎重にノックする。

「失礼します」

 そう言って、部屋に入る。

 その薄暗い部屋は、簡素な、言い換えるなら無駄のない会議室だ。

 長机が4つ、O字状に並べられ、それぞれの机に既に3人、席についている。残りは手前に用意された空席、つまり自分が最後だった。

「時間ぴったりだな、『ノア』」

 そう言った人物は、会議室の中央に座した人物だ。

 薄っすらと見えるその人物は、眉間に深くしわの入った壮年の男。

 軍服を身に纏う男からは、他に座る2人の人物よりも威圧感がある。

 厳めしいその外見には、己に対しても、そして他者に対しても厳格な人物であるとわかるだろう。

 名は、岩國いわくに源一郎げんいちろう

 現内閣防衛省長官であり、かつて自衛隊統合幕僚長であった人物だ。

「今は桔梗院歌留多です。その名で呼ぶのはやめてください」

「ふん、ただの機械人形風情が、随分なものだな」

 それを発したのは、ふんぞり返る小太りの男だった。

 如何にも成金であると言わんこの男は、正しく権力の亡者という言葉がよく似合う事だろう。

斎川さいかわさん、そう言ってはいけませんよ。彼はすでにこの国の国籍を得ている、立派な日本人なんですから」

「それがどうした、寿ことぶき。貴様とて、この機械人形なぞ信用しておらんくせに」

「いえいえ、私からしてみれば、忠実に命令を実行してくれる駒であれば、何者であろうが構いません」

 さらっと言ってのける寿と呼ばれた、眼鏡をかけた優男。

 その糸目のスーツ男からは、岩國とは別種の怪しい雰囲気が漂っている。

 この場にいるのは、この日本の中枢と言ってもいい人物ばかりだ。

 政財界を現役で牛耳る彼らこそ、歌留多達『JSA』の依頼人であり、スポンサー。

 佐久弥に伝えているスポンサーとは、実際のところ企業どころか、この国そのものなのだ。

「貴様のようなヤクザ崩れが、そもそもこの場にいることこそが可笑しいのだ」

「実力があるから、ここにいるのですがねえ」

「黙れ、この腰巾着風情が!」

「……それ以上は、侮辱と受け取りますよ?」

「静まれ」

 岩國の言葉で、その場は一瞬で静まり返る。

 やはり、彼だけは別格だった。

 一言で周囲を威圧する彼は、長年、この国のためだけに人生を捧げてきた男だ。

 そんな彼にとって、この国のこと以外は全てどうでもよいことだった。

 それが、かつて自分が組織した『闇』であったとしても、彼にとっては些事であった。

「時間を無駄にするな。我々には時間がないのだ」

 そう言って、息を一つつく岩國。

「早く席に座り給え、桔梗院」

「……失礼します」

 岩國から促され、歌留多は用意されていた自分の席に着く。

「さて、それでは、始めよう」


「全ては、この日本国の国益のために」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る