other phase 1-1

 夢を見ていた。

 子供のころの、些細な記憶。

 まだ、彼女が輝かしいステージに立つ前の、黒い噂だけが蔓延していた、そんな頃。

 公園の砂場で一人、寂しげに遊んでいた。

 誰も彼女に近寄らず、ただ遠巻きにひそひそと噂する。

「……あの子、あそこのでっかい家の子なんでしょ?」

「あの家って、『ぼうりょくだん』ってところのおうちなんでしょ?」

「ちかづいちゃダメだって、お母さんに言われた」

「行こう?」

 そう言って、誰も彼女に近寄らなかった。

 ただ、一人を除いて。

「ねえ」

 彼女が声に反応して振り向く。

 逆光だったからか、はたまた古い記憶だからか、顔が定かではない。

 ただ一つ、同じ年ごろの男の子、ということだけはわかった。

「なにしてるの? いっしょにあそぼう?」

 唐突に来た彼から、突然の遊びのお誘いだった。

 彼女は戸惑いながらも、

「……うん」

 と頷いた。

 そして、しばらくの間、二人で遊んだ。

 特に会話はなかった。

 だが、彼女にとっては心が温まる、そんな時間だった。

「……あ」

 男の子が思わず声を上げる。

「もうこんな時間だ」

 そう言って、公園の時計を見る。

 いつの間にか空も茜色に染まり、次第に暮れかかっていた。

「ごめん、今日はもう帰るね」

 そう言って、彼は立ち上がる。

「……ねえ」

 彼女が尋ねる。

「どうして、あたしと遊んでくれたの? あたしのこと、知ってるんでしょ?」

 彼女の顔が暗くなる。

 自分でもわかっているのだ。

 自分が、いや、自分の周りがどういう存在なのかを。

「……」

 男の子は少し考えると、

「……えっとね、どう言ったらいいか、わからないんだけど、―――――――」

 そこから、言葉が途切れる。

 一番聞きたかった、大事な言葉。

 そして、それを再度問いかけようと彼に手を伸ばした時、

「……!」

 彼女、上条ちひろは目を覚ました。

 ファンシーな部屋に、自身の出したCDの詰まったラック。

 そして、そんな可愛らしい部屋に不釣り合いな、壁にかかった白鞘の長ドスと愛銃のベレッタM92。

 それらを見た彼女は、ここが現実なのだと理解した。

「……夢?」

 まだ夢うつつな頭を起こすため、彼女は立ち上がる。

 いつものように、ネグリジェを脱ごうと手を伸ばす。

 そんな時だった。

「お嬢、ご無事ですか!?」

 慌てた様子で突然扉が開かれ、見知った彼女の護衛兼世話係が飛び込んできた。

「……新堂」

「お嬢、大丈夫ですか!? 何か大きな声がしましたので飛んできたのですが!?」

 どうやら、起きた時に何か大きな声を出してしまったらしい。

「大丈夫。何もないよ」

「そ、そうですか。よかった」

 そう言って胸を撫で下ろす新堂と呼ばれた黒服。

「……でもね、新堂しんどう

「……お嬢?」

 何やら不穏な空気を感じた新堂から、冷や汗が溢れる。

「……乙女の部屋にノックもなしに入るたあ、どういうつもりだコラあ!」

 そう叫んだちひろは、長ドスを振りかぶる。

 新堂しんどうなぎさ。26歳。

 上条ちひろの護衛兼世話係になって、早3年。

 久しぶりに、死を覚悟した。

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