1st phase-1

 大きな音を立てて鳴り響く携帯のアラーム音で、私、鬼道きどう佐久弥さくやは目を覚ました。

 時刻は朝6時半。いつも通りの時間だ。

 全く飾り気のない、簡素な部屋。年頃の女の子は、もっとかわいいぬいぐるみや雑誌などがあってもいいらしいが、そういったものが何もない私の部屋は、見た者を空虚で無骨なイメージを与えるかもしれない。

 まあ、どうでもいいことだけれど。

 私はベッドから起き上がると、簡単な朝食を済ませ、身支度を行う。

 学校指定のブレザーに袖を通し、鏡で己を見る。

 短く切りそろえた髪、学校の誰もが怖がって話しかけてこない理由であるらしい三白眼。

 そして、私の左目を覆う医療用の眼帯。

 何年も見知っている己の姿に、私は自身が今日も健康であると自覚する。

 ふと、自分の胴体に視線を落とした。

 身長は平均的な女子高生よりも小柄、膨らみかけではあるが薄い胸に、過去に武道をやっていたために発達した臀部。

 見た目だけで言えば、いわゆる『スレンダー体型』なのだ。

 本当に、神様は残酷だ。

 変わってしてほしいところは、全く変わってはくれないんだ。

「……」

 朝っぱらから眉間にしわを寄せながら、私は鏡の前から離れた。

 学校指定のレザーシューズを履き、家を出た。

 穏やかな朝日を浴びながら、学校までの道のりを歩く。

 私が日頃過ごしている『私立篠谷学園』は、全国でも有数の名門学校だ。

 文武両道を掲げ、教育と部活動両方に力を入れているこの学園は、卒業生に大物政治家や有名な著名人を輩出していることから、我が子を入学させたいと言う家族からの高額な入学金や授業料をとって経営している。

 私は両親を早くに亡くし、後見人が私の世話役をやってくれているため、この学校に通えている。別にもっと安い学校でもよかったのだが、後見人が言うには、近場なのがこの学校だからという。何とも安直な理由だが、通わせてもらっている以上、文句は言わない。

 いつものように遅刻することなく学校に到着し、席に着く。

 窓際の後ろから2番目。

 そこが、いつもの私の席だ。

 あたりを漫然と眺めると、既に登校していたクラスメイトがまばらに挨拶を交わしあっている。

 そしてこれもいつものことなのだが、私に挨拶してくるやつなどいなかった。

 頬杖をついて窓の席に目を向ける私は、正直、人付き合いが面倒だった。

 他にも理由はあるが、今は割愛しよう。

 この目つきの悪さや終始つけた眼帯もあって、威圧感があるらしい私に話しかける奇特な人物は……。

「おはよう、鬼道さん」

 いた。

 目の前にいる、この男子生徒だけは、私に声をかけてくる奇特な人物だ。

 名前は嘉村かむら真一しんいち

 このブレザータイプの制服を着た、眼鏡をかけた黒髪の人の好さそうな男は、私に声をかけるとそのまま自分の席についた。

 よりにもよって、この男の席は私の前の席なのだが。

「最近少しあったかくなったね。夜は肌寒いのに、寒暖の差が激しすぎるよ」

「……」

「そういえば最近、ちひろちゃんの新曲が出てたよ。知ってる? 同じクラスの上条ちひろちゃん。すごいよね」

「……」

「あと、今度のテストだけど……」

「……」

 このように、私はあからさまに無視を決め込んでいるのに、この男は一方的に話しかけてくるのだ。

 入学してから今日に至るまで、そんなに月日が経っているわけではないが、朝はいつも話しかけてくる。

 そろそろ鬱陶しくなってきたころに、ホームルーム開始のためのチャイムが鳴り、担任教師が教室に入ってくる。

 すると流石の嘉村も話を切り上げ前を向いた。

 何だかスッキリしない気持ちのまま、私も姿勢を正して授業を受ける体制に入る。

 これも、いつものことだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る