【エタり供養企画】蟲害

くわばらやすなり

遭遇

「・・・ご覧のように、先月末に発見された新種の昆虫は、農作物に甚大な被害を及ぼしています。・・・」


 テレビに映った女性アナウンサーは語った。画面は切り替わり、都内にあるアパートを映した。全長1.4メートルはある不気味な黄土色の物体が、屋上からぶら下がっていた。


「えー、また、例の昆虫は日本各地に巨大な巣を作っています。今上先生、これらの現象をどうお考えですか?」


 テレビカメラが昆虫専門家・今上聡を映したのと同時に、男はテレビを消した。


 男の名は、今上春樹。今上聡は彼の父親だ。


 春樹は父親が嫌いだった。聡は熱心な昆虫マニアだったが、熱中するあまりに家庭を疎かにしてしまった。そんな聡に付き合いきれなくなって、春樹が小学生の頃に母・理恵は春樹を連れて逃げ出してしまった。


「虫っていうのはな、宇宙から来たんだよ。」


 これが聡の口癖だった。続けて彼は昆虫の独特のフォルムの魅力や生態について語るのだった。しかし、春樹は聡の話に興味を持った事などなかった。




 現在、春樹は高校2年生で、アルバイトをしながら一人暮らしをしている。至って普通の学校生活を送っており、そこに不満は無かった。


 不満があるのはアルバイトの方であった。春樹のバイト先はファミリーレストランで、フリーターの先輩がいた。この先輩が不満の種だった。「部下の手柄は上司の物、上司の失敗は部下の責任」とはよく言ったものだが、それを具現化したような男だった。その性格と風貌から「ゲスブタ」というなんとも名誉なあだ名を付けた。春樹はゲスブタが嫌いだった。


「そろそろ行かなきゃな、またゲスブタにどやされるぞ。」


 テレビを消した春樹は、重い腰を上げてバイトの支度をして、家を出た。


「・・・でさぁ、この間の大会の帰り道、発見しちゃったよぉ!例の虫の巣!」


「マジで?」


「マジマジ。写真あるって。ほらぁ・・・」


「うげぇ~、マジキモッ」


 街を歩く学生が‘新種‘の話をしていた。今やマスメディアもネット上でも‘新種‘の盛り上がりは凄まじいものだった。


 いい加減にしてくれ、と春樹は思った。‘新種‘の話題になると必ずと言っていいほど今上聡の名前が出てくるのだ。聡はこの‘新種‘を「地球に飛来した隕石に付いてきた宇宙生物」だと主張し、連日メディアを騒がせていた。聡の主張を大真面目に受け取るマスメディアを、春樹は馬鹿馬鹿しいと思っていた。




 しばらくして、春樹はバイト先のファミレスに着いた。いつものように従業員用の入り口から入ろうとした時、何かを蹴った感触があった。ふと足元を見てみると、それは人間の手であった。人が血を流してうつ伏せになって倒れていた。よく見ると、倒れているのがゲスブタであるのが分かった。いつもこいつには散々どやされ、責任を押し付けられているが、ここで助けて恩を売っておくのも悪くない。そう思った春樹は、ゆっくりとゲスブタを仰向けにした・・・


 春樹は目を疑った。ゲスブタの顔と腹部が、何者かによって抉られた、というよりじわじわと貪り喰われたように損傷していた。一体何が起こったのか、春樹には想像が付かなかった。体の状況を見て、ゲスブタは死んだんだと判断した。


 その時である。ゲスブタの喉が、何かを口の中に押し戻すように動いて、ぐちゃぐちゃになった顔の口にあたる箇所から、虫が出てきた。黒光りして、触覚が長く、見る者の嫌悪感を誘うような、気色の悪い虫。春樹は呟いた。


「新種・・・?」


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