第144話 咲いて、燃えて、溢れて。
-side 田島亮-
スタンプラリー対決もいよいよ大詰め。太陽は西に傾き、11月の京都は若干の寒気を帯びていた。
「ふふ、綺麗な景色だね」
「……ああ、そうだな」
現在地はテレビで見ることも多い、清水寺の舞台。夕日に照らされている咲の顔を横目でチラリと見やりつつ、二人並んで京都の景色を眺める。
「あ、そうだ。二人で写真撮ろうよ! 今日一枚も撮ってなかったし!」
「はは、そういえばそうだったな。トラブル続きでそんな暇も無かった」
すると咲はトタトタと近くの女性観光客に駆け寄り、カメラを手渡した。
「じゃあ撮りますよー! はい、チーズ!!」
そして流れるように、二人で写真撮影。できる限り、笑顔を心がけてピースサインを作る。
「ご協力ありがとうございました!」
「あ、ありがとうございました」
撮影が終わるやいなや、またもや忙しない動きで咲が駆け寄り、観光客からカメラを受け取る。協力してくれた彼女は俺たちを一瞥すると、笑顔でその場を去っていった。
「ふふ、亮の表情こわばってる! へんな顔ー!!」
「し、仕方ないだろ。写真とか慣れてないんだよ、俺」
再び俺の元に戻ってくると、咲は嬉しそうに笑いながら、撮れたての写真を俺に見せてきた。そんなに顔が引きつっている俺が面白かったのだろうか。
「ふふ、こうしてちゃんと肩並べて亮とツーショット撮るなんて久しぶりだもんね。5年ぶりくらい? かな?」
「ん? 5年ぶり? ……ああ、そうか。確かにそれくらいだな」
5年前といえば、俺が記憶を失う以前の話だ。本来であれば彼女と写真を撮った記憶は存在しないし、事実、俺は5年前のことはきれいさっぱり忘れている。
だが、それでも俺は5年前──中学の入学式のこと──を知っている。記憶は無くとも、記録は咲の家で見せてもらったからな。
彼女が風邪を引いて看病をしに行った、あの日。俺は彼女と共にアルバムを見た。その中にあったのが、5年前の写真だ。ぶかぶかの制服を着た俺が、不愛想な表情の咲と校門前で一緒に写っていたのがやけに印象的で、あの写真は今でも鮮明に覚えている。
「どう? 5年前に比べれば、上手く笑えるようになったでしょ?」
カメラを片手に持った咲が肩をこちらに寄せ、ドヤ顔で写真を見せつける。
「ああ、良い笑顔だな……本当に、良い笑顔だ」
花のように笑う彼女を見ていると、不思議と感慨深い気分になった。
去年入院中に会った時は嫌われているのではないかと思ってしまうくらいに、会話もままらなかったというにのに。一年経って、こうして何気なく笑い会えているというのが、純粋に嬉しかったのだ。
「咲、少し変わったよな。前より明るくなったんじゃないか?」
「ふふ、一年も経てばそりゃあ少しは変わるよ。色んなことがあって、新しい出会いがあって。本当に……色々あり過ぎたもん」
「まあ、それもそうか」
直接口に出してはいないが、やはり俺の記憶喪失は咲に大きな影響を与えたのだろう。幼馴染が記憶喪失になれば、誰だって変わらずにはいられない。
「なあ、俺は変わらずにいられているか? ちゃんと咲の幼馴染をやれているか?」
そして。ふと不安になった俺は、少し無粋なことを問いかけてみた。
「もうっ、何よ急に。そんなの当たり前でしょ?」
しかし、彼女はそんなこと知らんと言わんばかりに、迷いのない目で俺の憂慮を笑い飛ばす。
「何回でも言ってあげる。亮は変わってないよ。誰にでも優しくて、そのくせに自分が困っている時は一人で全部解決しようとして。何があっても前を向いて、時々余計なことを口走ったりして。そんな、私のたった1人の幼馴染。なーんにも変わってないっ!」
「……はは、そうか。ありがとうな」
「えへへ、どういたしましてっ!」
それは不安になったのがバカバカしく思えるほどに、爽快な回答だった。
こんなに気持ちの良い笑顔を見てしまえば、誰だって安心してしまう。そう思えるくらいに可憐で煌びやかで、そして優しい笑顔だった。
「はは、なんか咲に置いて行かれてるような気分になっちまうな。そんなに早く成長されると、少し焦っちまう」
この一年で大きく変わった咲と、さほど変わったような気がしない自分。己と他人とを比べたって意味が無いことは分かっているが、近くにいる幼馴染が一足先に大人の階段を上っているような気がして、少しだけ、俺は寂しさを覚えた。
「ふふ、亮ってやっぱりバカだね。私だって、亮が思ってるほど変わってないのに」
そう言うと、咲は柔和に微笑んで、パチンとデコピンを繰り出してきた。
「え、痛い。地味に痛い」
「ふーんだ。変わってない私に気づかない、バカな亮が悪いんだもん」
そんな理不尽な。
「背だってそんなに伸びてないし、ずば抜けて頭が良くなったわけでもない。年相応に成長して、年相応に落ち着きが出てきただけだよ」
「確かに、年相応に痛いデコピンだったな」
「ほら、亮のそういう余計な一言はやっぱり変わってない」
「うぐっ」
慌ててお口にチャック。よし、もう二度と余計なことは言わないぞう。
「ほんとに私はなーんにも変わってないんだよ? 出会った時から、ずっと。私の根っこにあるモノは変わってない」
そう言うと、咲は何の前触れもなく突然、俺の右手を掴んできた。
「ちょ、咲? ど、どうしたんだ、急に……」
なんて、戸惑ったのも束の間──
「ほら。この胸の音も、変わってないんだよ?」
「っ!?」
あろうことか、咲は俺の手を自らの胸に押し当てていた。
「ね? ドキドキ鳴ってるでしょ?」
「な、待てって咲! 急に何してんだよ!? 周りの目だってあるのに……!」
「ふふ、大丈夫だよ? 私、亮よりは頭良いから、ちゃんと角度は計算してるの。亮の手は今、だーれの目にも見えてない。死角なんだよ」
朱色に上気した頬。微かながらも、右手にしっかりと伝わる柔らかな感覚、体温、そして心臓の音。
その音色に呼応するように、俺の心音も高鳴っていく。
「こ、こんなのダメだって咲! もっと自分のことを大事にして──」
「え? なんでダメなの? 私、亮以外にこんなことしないよ? ここまでしてるんだから、さすがに鈍感な亮も気づいてくれるよね? だってさっきから私、ずっと言ってるんだもん」
瞬間。トロンとした目で甘く囁いた彼女の顔は、またたく間に俺との距離をゼロにしていて。
「この気持ちは、ずーっと変わってないんだから」
周りの目など気にせず、彼女は背伸びで目線の高さを合わせた刹那──
「私はね? 亮のことが大好きなんだよ?」
──その口づけは強引で。幼馴染の瞳には微かに、涙が光っていた。
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