第84話 初めましてなんかじゃない
-side ???-
ふふ、やっと田島家に到着ね。それにしても長い旅路だったわ。やっぱり北海道って住むのには便利だけど遠出するには少し不便なのよね。移動時間が長いったらありゃしない。
それにしても久しぶりだなー。うーん、亮ちゃんに会うのも7年ぶりくらいになるのかな?
叔母さんから『亮が記憶喪失になった』って聞いた時は正直びっくりしたし、ショックが大き過ぎて大泣きしちゃったけど、やっぱり会うのは楽しみなんだよね。もちろん不安な部分はたくさんあるんだけど。
友恵ちゃんはメッセージで『兄貴はビックリするくらい変わってない』って言ってたし、また昔みたいに話せたらいいなー、なんて思ったり。また2人で遊んでみたいなー、なんて思ったりして。
...っていつまでもあれこれ考えてても仕方ないわよね。早く覚悟を決めて家の中に入りましょう。
だって私は今日...
--自分の気持ちにケリをつけに来たんだから。
-side 田島亮-
特に何かイベントが起きるでもなく日々が過ぎていき、早いもので夏休みももう終盤。盆休みである。
だが田島家は特に何事もなく平常運転。まあ変わったことがあるとすれば、今こうして家族4人がリビングに集結していることだろう。単身赴任社畜の我が父に会うのも正月以来だ。まあ可哀想なことにソファーは
田島家は露骨な女尊男卑家庭である。母が権力を握り、友恵が強めの自己主張をし、俺と父は基本的に何も言わずに彼女たちの軍門に下る。田島家はそういう家庭だ。
だが別に俺と父はそれを不便だとは感じていない。なぜなら俺と父は基本的に自己主張をしないからである。
父は温厚な性格であり、自分から何かを考えて物事をやるよりは、人から指示されたことを黙々と行うのが好きなタイプである。まさに嫁の尻に敷かれるべくして生まれてきたかのような性格をしているのだ。
そして多分俺は父に似ている。俺も基本的には人の意見を聞くタイプだし、自分の願望を無理矢理押し通すくらいなら他人の願望を尊重したいと思うタイプである。
...というわけで実は俺と父はそこそこ仲が良い。
「...なぁ父さん」
せっかく家に帰ってきているのに何も話さないのもアレなので、俺は『カーペットに
「なんだよ亮」
「父さんはなんで母さんと結婚したんだよ」
「いきなり何だよ。藪から棒に」
「いや、だって父さんって母さんにめっちゃ尻に敷かれてるじゃん。偶には抵抗したいとか思わないわけ?」
「はは、お前は分かってないな。尻に敷かれるからいいんじゃないか」
「...つまりどういうことだってばよ」
「尻に敷かれてるってことはな、つまり父さんはしっかり者の母さんについていけば良いってことなんだよ。父さんはどうしても皆を引っ張っていけるような性格じゃないからな。だから家族を引っ張ってくれる母さんには感謝してるんだ」
「...なるほどな」
「まあ父さんはお前たちのために働きながら母さんを支えるくらいが丁度良いってことだ」
「ふーん、なんだかんだで夫婦仲は良いんだな」
「はっはっは、当たり前じゃないか。この世に母さん以上の美人は居ないからな。誰にも渡さん」
「はは、なに子供の前で惚気てんだよ。気持ち悪いっつーの」
「なんだよ。家族のことが好きで何か悪いことでもあるか? お前も妹を溺愛してるくせに何言ってんだよ」
「いや、まあ否定はしないけど急に何言ってんだ...へぶぅっ!?」
なんかいきなりクッションが顔面に飛んできた。
「ふぼぉっ!?」
それと同時に親父の顔面にもクッションが飛んできた。
そしてクッションが飛んできた方角をみると、そこには2人並んでソファーに座り、顔を真っ赤にしながら
すると母娘の口が同時に開く。
「「ちょっと!! そういうことは私たちに聞こえないように話しなさいよ!!」」
田島家は今日も平和です。
----------------------
現在時刻は12時ジャスト。特に何かを話すでもなく、4人で昼の情報番組を見ながら食卓を囲む。
『さぁ、次は【ミライ・アスリート】のコーナーです! このコーナーは将来的に日本を背負って立つことを期待されている学生アスリートを紹介するコーナーとなっております! 今日は陸上競技編! 今回は今最も注目されている美人女子高生ランナーを紹介します!』
へぇ、この番組にはそんなコーナーもあるんだな。学生アスリート紹介か。そこそこ面白そうじゃねぇか。まあ俺とは全く縁の無い世界の話なんだろうけど。
『今回私たちが取材に訪れたのは北海道の桜沢高校駅伝部が練習している陸上競技場。今日私たちが取材する予定の『彼女』は私たちの姿を見ると、笑顔でこちらに駆け寄ってきてくれました』
そのナレーションと同時に、テレビ画面にユニフォーム姿の美女が映し出された。大きな吊り目に高い鼻、短く切られた髪にスラリと伸びた長い脚。テレビに登場したのは小顔で背の高いモデルのような美女だった。
『桜沢高校3年の
...ん? 東雲柚子葉? なんかどっかで聞いたことがあるような...
...あ、そういえば確かこの前脇谷が--
『西川が言ってるのは北海道の桜沢高校3年の東雲柚子葉のことだな。超美人ランナーとして高校陸上界では有名なんだよ。実力も今の女子の中だったら文句なしでNo.1だ。ファンクラブもあるらしいぞ』
とか言ってたな。そうか、西川がユズハ様ユズハ様って言ってたのはこの人のことなのか。なるほど。確かにこのルックスならファンクラブが出来るのも分からなくはない。
...という具合に俺は心の中で1人で納得していたのだが。
「あ! ユズ
...え、友恵さん? 今何て言ったの? ユズ姉...?
「あら本当じゃない! 相変わらず柚木葉ちゃんは美人さんねぇ〜」
え、ちょっと母さん? 何その『私は昔からこの子知ってるわよ』的な口ぶり。
「そういえば柚子葉ちゃんがウチに来るのって今日じゃなかったか? 昼過ぎくらいに来ますって言ってたような...」
は!? おい父さん! どういうことだよそれ!! え!? 今テレビに映ってくるこの人が今からウチに来るだって!?
「おい、そこの家族3人! その柚子葉さんって人は田島家と一体どんな関係なんだよ!!」
驚きのあまり食卓の椅子から立ち上がる俺。
「あ、ゴメン、亮。今日柚子葉ちゃんがウチに来るって伝えるの忘れてたわ。柚子葉ちゃんはアンタの従兄姉よ。今日の昼過ぎに来るんだって。もうそろそろ着くんじゃないかしら」
「おい母さん! サラッと重大なこと言い忘れてんじゃねぇよ!! え、マジで今から来んの!?」
「大丈夫だって兄貴。ユズ姉は超優しいから。兄貴がユズ姉のことを覚えてなかったとしてもユズ姉は兄貴を警戒したりしないよ」
「......よし、友恵。集合だ。廊下に来い」
「え、まだご飯の途中なんだけど...」
「その『ユズ姉』と俺の関係について詳しく聞きたいんだよ。多分1番その辺の事情を分かってるのはお前だろ? だから1回お前と2人で話がしたいんだよ」
「......分かったよ。ねぇ母さん、まだご飯の途中だけど一旦席を外しても良い?」
「うん、良いわよ。それに最近忙しくて柚子葉ちゃんのことを亮に言い忘れてた私も悪いわ。ゆっくり説明してあげて」
「いや、別に母さんは悪くねぇよ。まあ確かに一言くらいは言って欲しかったけどさ、忙しかったなら仕方ないじゃねぇか」
「う、うん...ごめんね、亮」
「いや、別に良いって」
「......父さん今空気だな」
頼むから親父はちゃんと空気を読んでくれ。
「よし、じゃあ行くぞ、友恵」
「...うん、分かった」
そして俺たち兄妹は1度食卓から席を外し、廊下で話し合いを始めることとなった。
----------------------
「俺の従兄姉...か」
とりあえず食事&話し合いが終了。食事で腹が膨れ、情報で頭が膨れた俺はリビングで寝そべり、天井を眺めながら友恵から聞いたことを頭の中で
東雲柚子葉という女の子は俺の従兄姉。俺が小学4年の時まではウチの近くに住んでいたらしい。年が近い俺と友恵は彼女のことを『ユズ姉』と呼び、一緒に遊ぶことが多かったとか。
だが、俺が小学5年に上がる時に両親の仕事の都合で北海道に引っ越したそうだ。また、友恵が言うには、ユズ姉が引越してから一週間後に咲がウチの隣に引っ越してきたらしく、咲とユズ姉は直接の面識がないらしい。まあ要するに引越しのタイミングが入れ違いだったってことだな。
そしてそれ以来友恵はユズ姉には会ってないらしい。向こうがウチに来るタイミングも、こっちから北海道に行くタイミングもなかなか作れなかったそうだ。だから友恵も今回ユズ姉が北海道から1人でウチに来ることに驚いているらしい。
というのが友恵から聞いた話の内容だ。まあ簡単にまとめると東雲柚子葉っていうのは俺からすると年上の幼馴染って感じなんだろうな。うん、多分姉のような存在なんだと思う。
だがここで1つ問題がある。そう、俺は彼女のことを全く覚えていないのだ。まあ向こうは俺が記憶喪失になったことを知っているらしいが。
つまり俺は今からテレビに出ちゃうような有名JKランナーと初めてお会いするような感覚になっている。まあ要するにドチャクソ緊張しているのである。
俺は多分距離感を測るプロだと言っていい。記憶喪失直後に色んな人との『初対面』を経験したからな。だからもしもユズ姉が一般的な高校生だったら俺はそこまで苦労せずに接することができていたと思う。
だがしかーし! 相手はファンクラブを持つほどの有名人、そして超絶美人である。
...ねぇ、ちょっと? 自分の親戚にそんな人が居るとか聞いてないんですけど? 距離感の測り方とか全然分かんないんですけど。
...そしてこれらのことから導き出される結論はただ1つ。
【結局どうすればいいのか全然分からん】
そして我が家のインターホンは無情にも俺が脳内でクソみたいな結論を出したのと同時に鳴り響いた。
「あ! ユズ姉来た!」
インターホンの音を聞いた瞬間にリビングを飛び出す我が妹。どうやら友恵はユズ姉と会うのを相当楽しみにしていたようだ。
...そして彼女はそれから10秒と経たないうちに我が家のリビングに現れた。
「お、おじゃまします...」
リビングの扉が開き、キョロキョロと中を覗き始めるユズ姉。やべぇ、マジでさっきテレビに出てた人じゃん。どうしよう。メチャメチャ緊張してきたんだけど...
...そして狼狽ること数秒。リビングを見回している彼女と、リビングに居る俺の目線が合うのは時間の問題だった。
「え、えっと...こ、こんにちは...亮ちゃん...」
先ほどテレビで見ていた時とは違い、遠慮がちに俺に挨拶をしてきた彼女。まあ無理もない。相手は自分のことを覚えていない従兄弟だもんな。そりゃ不安になっちまうよな。
それに俺も不安が無いと言ったら嘘になる。『初対面』に慣れたとは言え、不安が消えるわけでなないのだ。だって俺がユズ姉のことを覚えていないという事実に変わりはないんだから。
きっと今俺たちはお互いに不安を抱えている。おそらく俺たちは互いにどう接すればいいのか分かっていないのだ。
接し方の正解は分からない。でも俺は正解が分からなくても、自分が今どう動くべきかはなんとなく分かる。
簡単なことだ。相手が年上の親戚だろうが有名人だろうが、今はそんなことは関係ない。今俺の目の前にいるのは不安になっている女の子なんだ。
--だったらここは男の俺から歩み寄るべきだろ。
だから俺はユズ姉のことを覚えていなくても、彼女にこう告げる。
「久しぶりだね。ユズ姉」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます