第44話 新たな決意と感謝の気持ち

-side 田島亮-


 昼休みの空き教室、2人きりの空間、そして突然俺の目の前に『あーん』という言葉とともに差し出されたハンバーグ。


 ...ちょっと待て急展開過ぎる。一体何が起きているんだ。


「み、岬さん...? 急にどうしたの...?」


「い、いや! 箸が無いなら私が田島くんに食べさせてあげればいいんじゃないかなと思ったの! べ、別に変な意図はないからね!?」


「な、なるほど...」


 うわ...俺そんなに食い意地張ってるように見えたのかな...なんか申し訳ないな...


「じゃあ田島くん、はい、あーん」

 

「ちょっと待って岬さん、ここまでしてもらうのはさすがに申し訳ないよ...」


 それと女の子に飯食べさせてもらうとかめっちゃ照れくさいっす。


「何言ってるの田島くん! 人の厚意は素直に受け取っておいた方がいいよ! さあ早く食べて!」


 え、なんか岬さんの圧が凄いんだけど。なんか断れない空気になってきてるんだけど。


「はい! あーん!」


 岬さんは箸を持つ手を少し震えさせてはいるものの、ハンバーグを引っ込めようとする気は微塵もないようだ。


 ...うん、これ食べる以外の選択肢ありませんね。


「じ、じゃあいただきます...」


 俺は覚悟を決めて岬さんが差し出してきたハンバーグを食べた。


「どう? おいしい?」


「う、うん、おいしいよ。岬さん」


 ぶっちゃけ照れくさすぎて味わう余裕なんて無い。正直あんまり味分かってない。


「良かった! じゃあ今度は卵焼きもどうぞ!」


 え!? これまだ続くの!?


「はい、あーん」


「じ、じゃあ卵焼きもいただきます...」


「おいしい?」


「う、うん、おいしいよ」


「うふふ、良かった」


 そして俺はその後も岬さんから食べ物をもらい続け、最終的に岬さんの弁当の残りを完食してしまった。


 ...やっべ、色々意識し過ぎて結局弁当の味全然覚えてねえわ。



-side 岬京香-


 田島くんは私の弁当の残りを食べ終えると、午後の放送の準備をするために私より先に空き教室から出て行ってしまった。


 そして1人で空き教室に残った私は今頭を抱えて悶絶している。


「なんで私はあんなことをしてしまったの...」


 冷静になってさっきまでの行動を振り返ると自分がとんでもないことをしてしまったことに気づく。


 いきなり『あーん』は無いでしょ! 何やってんのよ私! ありえないでしょ!


 久しぶりに田島くんと2人きりになって完全に舞い上がってしまったわ...普段の私なら絶対こんなことしない...多分田島くん困惑したわよね...


 でもやっぱり田島くんと過ごす時間は楽しかったな。前2人きりになった時はドキドキしてばかりで上手に話せなかったけど今日は普通にお喋りできて楽しかった。私も少しは成長してるってことなのかな。


「やっぱり好きだなぁ...」


 しばらく彼と会話できていなかったのに私の田島くんを好きだという気持ちは全然静まる様子は無い。むしろ今日彼と会ったことでさらに燃え上がっている気がする。


「次はどういう口実で田島くんを誘おうかな...」


 彼とはさっき会ったばかりなのに、もう次会う時のことを考えてしまう。彼ともっと話したい。もっと一緒に居たい。そんなことばかり考えてしまう。私っていつからこんなに欲張りになっちゃったんだろう。最初は田島くんの顔を見られるだけで幸せだったのに。


 私が彼を想う気持ちはもう止められない。会えば会うほど好きになっていく。もうどうにもならない。


「もう少し積極的になってもいいのかな...」


 私は今まで好意を悟られるのを恐れて積極的になれなかった。でも今の気持ちをいつまでも抑えられる気がしない。


 だったらもういっそのこと割り切って田島くんに積極的にアプローチすればいいんじゃないかと思えてくるのよ。だって私はもう好意が悟られるのとか気にならないくらい田島くんのことが好きなんだもん。


 よし決めた。今後はもっと積極的になろう。臆病なことを言い訳にしていつまでもウジウジしてたら田島くんを他の女の子にとられちゃうもん。


 こうして私は昼休みの空き教室で密かに決意を新たにしたのであった。



-side 田島亮-


 (俺の記憶の中で)人生初の『あーん』を体験し、空き教室を後にした俺は今自販機がある裏門の方へと向かっている。


 ちなみに俺が飲み物を買おうとしているわけではない。先ほど友恵から『水筒の中身無くなったから飲み物買ってきて』というメッセージが携帯に届いていたのだ。つまり俺は今妹のパシリとして自販機に向かっているのである。


 まったく。兄を何だと思っていんだ。


 そうして心の中で妹に文句を言っているうちに自販機が見えてきた。しかし、自販機の前に複数の人影が見えたので俺は一旦足を止めた。


 そして自販機の方をよく見ると、なんとそこにはアリス先輩が居た。どうやら3年生の男子3人組と何か話をしているようだ。そしてアリス先輩はいつになく真剣な表情で男子たちに語りかけているように見える。


 いつもと全然様子が違う先輩がなんとなく気になった俺は自販機の近くにある木の陰に隠れて会話を聞いてみることにした。


「分かってくれたかな?」


「た、確かに渋沢さんの言う通りだね。俺たちが間違ってたよ」


 ん? 何の話をしてるんだ?


「分かってくれたならいいの! よーし! 体育祭はまだまだこれからよ! 最後まで皆で楽しもうね!」


「そ、そうだな! 最後の体育祭だし全力で頑張ろう!」


「うん!」


「じゃあ渋沢さん、一緒にテントまで戻ろうか」


「ごめん、私自販機でジュース買ってから戻るから先に行ってていいよ」


「おっけー。じゃあ俺らは先にテント戻っとくよ」


 そして男子3人組はその場を立ち去った。


「ねえダーリン、そこの木の陰に隠れてるんでしょ? そんなところで何してるの?」


 そして男子3人組が立ち去ったのと同時にアリス先輩から声をかけられた。え、なんでバレてるの? 俺さっきアリス先輩の死角を通りながら隠れたはずなんだけど?


 まあバレたなら仕方ない。出て行くとするか。


 観念した俺は自販機の前にいるアリス先輩の方へ出て行った。


「なんで俺が木の陰に隠れてるって分かったんですか...」


「えーっと、なんでだろうね? 第六感ってやつかな?」


 なにそれこわい。


「ダーリンこそなんで盗み聞きなんかしてたの?」


「いや、飲み物買いに来たらたまたまアリス先輩達が話してるのが見えたんですよ。それでなんとなく話の内容が気になっただけです」


「え、なになに、もしかして私のことが気になったの? ねえねえ、ダーリンは私のことが気になったのぉ?」


 ウゼェ...でも否定しきれねぇ...


「いや、なんかアリス先輩の表情が今まで見たことないくらい真剣に見えたんでどうしたのかなと思ったんですよ。だからまあ...気になったというのは否定しません」


「あ、気になったってそういう意味だったのね。残念。てっきりダーリンが私のこと好きになってくれたのかと思ったわ」


 圧倒的ポジティブシンキング。


「で、何の話してたんですか? まあ話せないような内容なら無理に話す必要ないんですけど」


「いや、別に大した話じゃないわ。私のクラスに足が遅い子を悪く言う男子たちが居たから少し注意しただけよ」


 あー、さっきの先輩たちどこかで見たことあると思ってたけどアレか。あの人たち『運動できない人をガチでディスる体育祭ガチ勢』だったのか。あの人らアリス先輩と同じクラスだったんだな。


「でも先輩ってなんかそういうことするイメージ無かったです。なんか意外です」


「うん、去年までの私ならこんなことはしなかっただろうね」


 ん? それどういう意味? 去年まで?


「私がこんなことをしたのはね、ダーリンに出会って私が変わったからだよ」


「...はい?」


 え? 俺この人にそこまで言われることしたっけ?


「私たちが初めて会った時にさ、ダーリンは『人の気持ちに配慮できるようになれ』って私に言ってくれたじゃない? 実はあの言葉が結構心に響いたのよね」


 そういやこの人と関わり始めたのはあの説教がキッカケだったな。説教の後の俺へのアプローチが強烈過ぎて忘れてたわ。


「それでね、私はダーリンの言葉を聞いてから人の気持ちを自分なりに一生懸命考えるようになったの。今日男子たちに注意したのも悪口を言われてる子の気持ちを考えたからだよ」


「なるほど。そういうことだったんですね」


 どうやら俺が去年言ったことはアリス先輩にちゃんと伝わっていたようだ。自分の言葉が人を良い方向に変えたというのが分かると結構嬉しい。


「そして人の気持ちを考えるようになったら私の人間関係も少し変わったの。ちゃんと私の容姿だけじゃなくて中身を見てくれる人が増えた気がするわ」


「それはとても良いことですね」


「うん、私もそう思う」


 類は友を呼ぶという。人の気持ちを考えてくれる人の元には自ずと人の気持ちを考えられる人が集まるのだろう。アリス先輩の周囲に中身を見てくれる人が増えた、というのはつまりアリス先輩がちゃんと人の中身を見られるようになったということなんだろうな。


「だから私を変えてくれたダーリンにはすごく感謝してる」


「いや、別に大したことはしてないですよ」


「ダーリンはそう思うかもしれない。でも私はダーリンにお礼を言いたいと思ってるの」


 アリス先輩はそう言うと優しく微笑んで俺を見つめてきた。


「田島亮君、私と出会ってくれてありがとう」


 そしてアリス先輩は優しく微笑んだままお礼の言葉を口にした。




 アリス先輩が笑った顔は何度も見たことがあるはずだ。でも俺はなぜかその時彼女が浮かべた笑顔に見惚れてしまった。

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