第42話 ランチの誘いは突然に

-side 田島亮-


 咲...お前100m走出るのかよ...お前運動苦手じゃなかったっけ...? 


 咲があまり運動が得意でないということは去年同じクラスだったから知っている。100m走は各クラスの代表5人が出場する競技だ。無理して出る必要はないのになぜ咲が出場しているのだろうか。


「位置について!」


 あ、やば。もうレース始まるじゃん。マイクの準備をしないと。


「よーい...ドン!」


 審判の掛け声と共に咲たちがスタートした。まずは白組の女子生徒が先頭に立っている。そして咲はやはり少し出遅れている。


「白組、速いです!」


 ...俺はもう贔屓しないからな。咲が出遅れているからといって肩入れしたりしないからな。一条先輩怖いし。


 咲はその後、必死に他の生徒に食らいついてはいるが、順位は依然最下位のままだ。


 ...やばい。めっちゃ咲を応援したくなってきた。だってアイツ遅いなりにもめっちゃ頑張ってるし。諦めて手抜いたりしてないし。


 しかし友恵の時のように全力で応援するとまた一条先輩から雷を落とされるだろう。よし、ここは念のため控えめに応援しておくとしよう。


「あ、青組、頑張ってください...」


 ...よし、一条先輩の反応は無し。これで無事に咲の応援はできたな。あとはアイツがゴールするのを見届けよう。


 そう思ってもう一度咲の方を見ると、なんと彼女は一気に3位まで順位を上げてゴールしていた。おい、一体何が起きたんだよ。


 突然のことに唖然としていると、放送席の横にある観客席から気になる声が聞こえてきた。


「なあ、あの3位になった子途中でいきなり加速しなかったか?」


「ああ、加速してたな。なんか『青組頑張って下さい』って放送が流れた瞬間加速し始めた気がする」


 は? 急に加速? アイツそんな芸当できたの? もしかして咲って俺が知らないうちに運動音痴克服してたの?


 ...まあそんなのどうでもいいか。3位でゴールできたのはめでたいことだ。ここは素直に喜んでおくとしよう。


 そして俺は残りのレースの実況に向けて改めて気を引き締め直した。



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 その後、個人競技、団体競技を順調に消化し、午前中の競技も残り1つになった。


「えっと、午前ラストの種目は何だったっけ...」


 そう思い、ポケットに畳んで入れているプログラムを取り出そうとすると、突然背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「おっす田島。お前案外放送上手いじゃないか」


「ああ、お前の友恵ちゃんへのエールには感動した」


「お、西川と脇谷じゃないか」


 振り向くとそこには西川と脇谷が居た。一体何をしに来たんだろうか。


「...あれ? なあ、脇谷。吉原はどうしたんだ? 俺はアイツもお前らと一緒に居るものだと思ってたんだが」


「...そんなヤツのことは知らん」


「は? お前ら喧嘩でもしたのか?」


 え、今こいつらの関係どうなってんの? RBIの3人は仲が良いと思ってたんだが、もしかしてそうでもないのか?


「なあ西川。もしかしてお前ら3人って今険悪なムードになってるのか?」


「うーん、まあ険悪ではあるな。今は脇谷が吉原に対して激怒しているという状況だな」


「えぇ...一体何があったんだよ...」


「脇谷が怒っている原因は単純だ。吉原が俺たちを裏切ったからだ」


「え...RBIを裏切ったってことはまさか...」


「そう、吉原に彼女が出来たのだ」


「なんだとぉぉぉ!!!」


 ちょっと待て。訳が分からなすぎて頭が追いつかない。は? 吉原に彼女?


「おい西川。それ本当か?」


「信じられないかもしれないが本当だ」


「あの吉原がヒト科の女性と付き合っているということか?」


「ああ、そうだ。残念ながら吉原の彼女はメスゴリラではない」


「マジか...なんであんな奴に彼女が出来るんだよ...」


「田島よ。お前の吉原のイメージが一年生のままで止まっているならそう思うのも分からなくはない。だが吉原は学年が上がり、俺と脇谷と別のクラスになった途端に俺たちの目を盗んで大幅にキャラを変えたのだ。その結果アイツは彼女を作ることに成功した」


「つまり陰キャを脱却したということか...?」


「まあ簡単に言うとそうだな。高2から高校デビューしたようなもんだ」


 高2から高校デビュー。パワーワード過ぎる。


「そして彼女を作って以来、吉原は露骨に俺たちを避け始めたのだ。脇谷が怒っているのはそれが原因だな。別にコイツは吉原が彼女を作ったことに対して怒っているわけではない」


「なるほどな。まあ脇谷が怒っている理由は分かったよ。でも西川、お前はあんまり怒ってないよな? それはどうしてだ?」


「いや、俺まで怒ってしまったら誰が仲裁役になるんだよ。3人で喧嘩したらもっと関係がこじれてしまうだろ」


「た、確かにそうだな...」


 なんだよ西川、お前意外と良いヤツじゃねえか。


「ところでお前らなんで放送席に来たんだ? 何の用も無くここに来たというわけでは無いんだろ?」


「あ、そういやお前に用があるんだった。すっかり忘れてたわ」


「で、用件は何なんだ?」


「次の障害物競争に吉原が出るんだよ。そこでお前に頼みがあるんだが、吉原のレースの時はこの原稿を読んで実況してくれないか」


 西川はそう言うとポケットから小さな紙を取り出し、紙に書いてある内容を俺に見せてきた。


「おい...この原稿絶対お前らの悪意がこもってるだろ...さすがにコレは読めねえわ...」


 西川が渡してきた原稿の内容はとても放送出来るような内容では無かった。変な実況をしたらまた一条先輩に怒られてしまうし、さすがにコレは読めない。


「田島! その原稿を読むのは俺たちが仲直りするために必要なものなんだ! だからそこをなんとか頼むよ! それに障害物競争には一条先輩も出るんだろ? 本部にはお前しか居ないんだし読めないということは無いよな?」


「いや、それでも後で怒られるんだよ...」


「...よし、ではこの原稿を読んでくれたら今度お前に高級焼肉を奢ってやろう。いくらでも食わせてやるぞ」


「......さっさとその原稿をよこせ」


「ふっ、やはり高級焼肉は正義だな」


 こうして俺は高級焼肉に釣られてRBIが考案した原稿を読むことになった。ち、ちくしょう...高級焼肉は卑怯だぞ西川...



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 障害物競争1年生の部は順調に進み、ついに吉原が出場する2年生の部に突入した。


 そして第1レースに出場する顔ぶれを見てみるとその中には吉原の姿があった。


 すると吉原の姿を確認した西川が俺に声をかけてきた。


「では田島、頼んだぞ。できれば原稿読むだけじゃなくてお前なりにアドリブも入れてくれると助かる」


「はいはい分かりましたよ」


 スマンな吉原。お前には申し訳ないと思うが、西川曰くこれはお前らの仲直りに必要なことらしい。全力で実況させてもらうぞ。


「位置について! よーい...ドン!」


 ついに吉原たちの組がスタートした。よし、最初からアクセル全開で実況だ。


「会場の皆さーーん!! ただ今第1コースを走っている赤組の色男にご注目下さい! どうです? イケメンでしょ!? カッコいいでしょ!? 惚れちゃうでしょ!?」


「ハッハッハ! 田島いいぞ! その調子だ!」


「おーーっと! 色男の吉原が平均台を歩いている! なんて華麗なフォームなんだ!! まるでマ○ケルジャクソンのようだ!! カッコよすぎる! そんなカッコいい彼にはきっと彼女がいるに違いない!!」


 すると俺の実況を聞いた吉原が突然平均台の上でバランスを崩し、地面に足をついてしまった。きっと突然変な実況を聞かされて驚いたのだろう。


 しかし吉原がコケても俺の実況は止まらない。


「おーーっと! 天明のマ○ケルこと吉原、バランスを崩してしまったぁぁ!! しかし平均台から落ちても相変わらずのイケメン度! さすが吉原だ! 普通の男とは格が違うぜ! きっと会場の奥様方は皆お前に夢中だぁぁ!」


「た、田島...お前のアドリブ凄いな...」


 結局吉原はその後も俺の実況に惑わされて障害物に引っかかりまくり、ダントツの最下位でゴールした。



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 その後、俺は吉原のレース以外は普通に実況を行った。そして先ほど無事に障害物競争は終了した。


「お疲れ田島」


 障害物競争が終わり、一息ついていると背後にいる西川に声を掛けられた。


「なあ西川。あの実況をしたことによってお前らがどうやって仲直りするのかが全く想像できないんだが」


 あの時はつい勢いに任せてノリノリになってしまったが、冷静になって考えると例の実況によってこいつらが仲直りするという結末が全く見えない。結局どんな意図だったんだよ。


「いや、俺らを無視し続けたらどうなるのかを吉原に思い知らせることができたじゃないか。多分明日あたりにビビった吉原から和解を申し込んでくるはずだぞ」


「な、なるほどな...」


 えぇ...もっと他に仲直りする方法あっただろ...お前ら一々やることが鬼畜なんだよ...一瞬でもお前を良いヤツだと思った俺の感心を返せよ...


「では田島、俺らは家族と昼飯を食うことになってるからこの辺で失礼する。行くぞ脇谷」


「おう!」


 そして西川は脇谷を連れてその場を立ち去った。


 脇谷のやつ去り際に晴れ晴れとした顔してたな...吉原に恥をかかせたのが相当嬉しかったんだろうな...ホント捻くれた野郎だ...




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 西川と脇谷が去った後、放送席のテントに取り残された俺は1つ悩み事を抱えていた。


「うーん、誰と昼飯食おうかな...」


 障害物競争が終わって今は昼休みに入っているのだが、俺は昼食を共にする約束をしている人物が誰もいない。


 いや、本当は母さんと友恵と食う予定だったんだけどさ、母さん風邪ひいちゃって今日家で寝込んでるんだよね。だから3人で昼食というわけにもいかなくなったわけよ。


 ...いや待て。別に母さんがいないからといって友恵と飯を食ってはいけないというわけではないよな。よし、少し寂しいが友恵と2人で飯を食うことにしよう。


 そう考えた俺はグラウンドを見回して友恵を探してみた。


「あ、友恵居た」


 友恵は自分のクラスのテントの中に居た。どうやらたくさんのクラスメイトに囲まれて楽しく弁当を食べているようだ。


 さすがにあそこに割って入るのはキツイな。仕方ない。友恵と弁当を食べるのは諦めるか。


 ...別に寂しいとか思ってないからな。むしろ俺はクラスで楽しくやっている妹を見られて喜んでいるんだからな。うん、友恵がクラスの人気者になれたみたいでお兄ちゃん嬉しいよ(泣)


「はあ...もう一人で弁当食おうかな...」


 グラウンドをもう一度見回してみたが、俺の知り合いは皆家族で昼食をとっているようだ。まあそれも仕方ないか。やっぱ普通は家族で集まるもんだよな。


 よし、もう放送席でボッチ飯でいいや。ちょっと寂しいけど。


 そうして誰かと食べるのを諦めた時だった。


「た、田島くん! もしよければ私と一緒にお昼ご飯食べない?」


 背後から突然声が聞こえてきた。声の主は女の子だ。一体誰だろう。


 声の主が気になり、後ろを振り向くとそこには俺がよく知っている人物がいた。


「え、えっと、その...私と食べるのが嫌なら全然断ってもらっても大丈夫なんだけど...」





 わざわざ放送席に来て俺をお昼に誘ってくれた女の子、その正体は岬京香さんだった。





 

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