第39話 俺の妹がこんなに立派なわけがない

-side 田島亮-


 本日は4月10日。新学期に入って初めて迎える月曜日である。


 月曜日とは基本的に憂鬱な気分になるものであるが、今の俺はそこまで憂鬱になっているわけではない。というか今自分が置かれている状況に対する疑問が多過ぎて憂鬱になる余裕すら無い。


「ねえ、亮。なんか喋ってよ」


「...」


 俺が今置かれている状況。それは幼馴染と二人で通学路を歩いているという状況である。


「ねえ! 亮ってばー!」


「あ、ああ、すまん。ちょっとボーッとしてた」


「もう! しっかりしてよね!」


「す、すまん...」


 ...いや、疑問だらけにもなるだろ。なんだよこの状況。


 なんで去年までまともに話してなかった咲が今年になって急に俺を迎えに来るようになったんだ?


 それとなんで今日はアリス先輩がウチに来なかったんだ?


 あと急に『なんか喋ってよ』とか言われても喋れるわけなくね? 


 いかん、このままだと咲とまともに話せる気がしない。まずは直接咲に色々聞いてこの状況に至った経緯を理解するところから始めよう。


「なあ咲」


「なに?」


「お前なんで今年になって急に俺を迎えに来るようになったんだ?」


「うっ...そ、それは...そう! アンタとまた幼馴染として仲良くなるためよ!」


「な、なるほど...まあその気持ち自体は嬉しいな」


 なんで今年に入ってから仲良くしようと思ってくれたのかはよく分からんが、まあ別にそれが嫌というわけでもない。俺も咲とは仲良くしたいと思ってるし。


「あともう一つ聞きたいんだが、今日はなんでアリス先輩がウチに来なかったのか知ってるか? あの人今までほぼ毎日来てたんだけど」


「あー、今日渋沢先輩が居ないのは私と取引したからよ」


「...え? 取引?」


「うん。先輩と取引した結果私たちは1日交代で亮と登校することになったの。だから明日は渋沢先輩が来るわよ」


「な、なるほど...」


 俺の意思は考慮してくれないんですね...


 でもその話少しおかしくないか? アリス先輩が咲の提案を簡単に受け入れてくれるとは思えないんだが。


「なあ咲、アリス先輩はどうしてその話に乗ってくれたんだ? あの人が簡単に首を縦に振るわけないよな?」


「うん、まあ最初は全力で拒否られたよ。でもある物を手渡したらすぐに私の提案を承諾してくれたわ」


「...ん? ある物ってなんだ?」


「...それは言えない」


「なんで!?」


 俺に言えないような物を手渡してアリス先輩を説得しただと...なんでだろう、すごく嫌な予感がするんだけど...


「そ、そんなことより! 今日って友恵ちゃんの入学式だよね!」


「いや、俺にとっては『そんなこと』で済まされる問題ではないんだが...まあ確かに今日はヤツの入学式だな」


 そう、我が妹は天明高校を受験し、無事合格したのである。兄と違って妹の頭脳は優秀だったようで、友恵は普通に一般入試を受けて合格した。チクショウ、同じ遺伝子から生まれたはずなのになんでこんなに学力差があるんだよ。


「でも入学式っていってもアレだろ? 名前呼ばれて返事するだけだろ? 正直やる意味を見出せないよな」


「もう、そんなこと言わないの! 友恵ちゃんの記念すべき初登校なんだから!」


「はいはい、分かった分かった。まあ入学式があるおかげで授業潰れて早く帰れるからな。友恵には感謝してる」


「もう、亮ったら...」


 そう、俺はこの時友恵が名前を呼ばれて返事をするのを見るだけでいいと思っていた。だから妹の入学式だからといって別に身構える必要もないと思っていたのだ。


 しかし、この後の入学式で俺はとてつもない衝撃を受けることになる。




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 学校に着き、朝のHRを終えた俺は入学式が行われる体育館へと向かった。


 今日の入学式ではいつもの全校集会と違って全校生徒分のパイプ椅子が用意されており、体育館の前方に新入生、体育館後方に俺たち二、三年生がそれぞれ座っている。


 しっかし新入生が270人も居ると友恵がどこに居るかなんてさすがに分からないな。まあ別に分からなくてもいいんだけど。


 さっきから市長代理やら校長やらが長々と話をしているが俺は全く聞いていない。でも話を聞かずにじっと座っておくのも辛いので俺はさっきからずっと体育館前方にいるはずの我が妹を探している。


 ...言っとくけど俺は別にシスコンじゃないからな。真新しい制服を着た妹の晴れ姿を見たいなんて全く思ってないからな。


「校長先生ありがとうございました。では次は新入生代表挨拶です」


 次は新入生代表挨拶か。確か入試成績トップの生徒が挨拶するんだっけ。オッサンたちの話は全く聞いていなかったが、まあ後輩の話くらいはちゃんと聞いてやろうじゃないか。さて、どんな子が出てくるのかな。





「では新入生代表、田島友恵さん。壇上に上がってください」


 ...は? 今何て言った? なんか俺の妹の名前が聞こえた気がするんだけど気のせいだよな? 同姓同名の別人だよな?


「はい!」


 突然の事態に気が動転していると、体育館前方で一人の女子生徒が元気の良い返事をして立ち上がった。


 ...つーかアレどう見てもマイシスターじゃねえかよ。嘘だろオイ。お前入試一位ってマジかよ。


 そして友恵は全く緊張した様子も見せず、堂々と壇上へ歩き始めた。


 ...お前本当に俺の妹か? 俺なんかよりよっぽど大人に見えるんだが。お前実は俺のお姉ちゃんだったりしない?


 そして友恵が壇上に上がると突然俺の周囲がざわつき始めた。


「あれってもしかして田島くんの妹?」


「確かにどこか雰囲気似てるかも...」


「あの子全校生徒の前に出たのに全然緊張してなさそう。すごいわね」


「あの子めっちゃかわいいじゃん!」


「あの子超タイプだわ。今度声かけようかなー」


 ...おい、最後のやつ。別に俺はシスコンじゃないけどウチの妹に色目使うようなら容赦なくその目を潰すからな。友恵に近づくならそれなりの覚悟を持っておけ。


「では新入生挨拶を始めます。気をつけ! 礼!」


 そして司会の教頭の掛け声と共に全校生徒が礼をした。

 

 礼が終わり、頭を上げると友恵の挨拶が始まった。


「暖かな春の光に包まれ、桜の花も満開に咲いた今日の良き日、私たち、新入生270人は入学式を迎えることとなりました。まずは本日このような立派な式を催してくださった全ての方々に感謝を伝えたいと思います。皆様、今日は私たちのために力を尽くしていただき本当にありがとうございました。新入生を代表してお礼申し上げます」


 ...お前は誰だ。こんな立派なことを言う妹なんて見たことないぞ。普段の口調の荒さが嘘みたいじゃねえか。


「私には天明高校でやりたい事がいくつかあります。今からそれを私の名前に使われている漢字である、『友』と『恵』になぞらえて述べようと思います」


 ほう、自分の名前になぞらえるのか。なかなか面白い発想じゃないか。


「まず『友』についてですが、これは書いて字の如く、私はこの高校生活を通して多くの友人を作りたいと思っています。私は今まで多くの友人に支えられてここまで生きてきました。中学時代、部活動では友人と切磋琢磨し、互いの技術を高め合いました。そして苦しかった受験期間は友人と励まし合うことで乗り越えることができました。私は天明高校でもそんな風に切磋琢磨したり励まし合ったりできるような友人を作りたいと思っています」


 いや、この子マジで俺なんかより全然立派だわ。今度から友恵お姉ちゃんって呼ぼうかな。


「次に『恵』についてですが、私は天明高校という、先生や授業の質に恵まれた環境で全力で勉学に励みたいと思っています。天明高校は全国的に見ても優秀な進学実績を誇る名門校です。私はそんな天明高校にふさわしい生徒であり続けるために一年生のうちから真面目に勉学に励みたいと思っています」


 おい、友恵ちゃん。お兄ちゃんの前でそんなこと言うのはやめてくれ。バカで走れもしないのに天明高校に居座り続けてる自分が恥ずかしくなってくるじゃないか。


「私たち新入生にはまだまだ至らない部分もあるかと思いますが、先生や先輩方には温かい目で見守っていただけると幸いです。これから是非ご指導のほどよろしくお願いします。 新入生代表、田島友恵」


 そして挨拶を終えた友恵は深く頭を下げた後、壇上から降り始めた。




 いやー、まさか友恵が代表挨拶するとは夢にも思わなかったわ。お兄ちゃんビックリ。


 しかし友恵のやつあんな言葉遣いできたんだな。普段は大体『バカ』とか『黙れ』とか『クソ兄貴』としか言わないのにな。女の外面ってマジ怖い。


 でも今の代表挨拶はいいネタになりそうだ。今日帰ったら我が妹を全力でイジってやるとしよう。はっはっは、友恵は今日のことイジられたらどんな顔するんだろうな。





 よーし! 家に帰ったらアイツをとことんかわいがってやるとするか!

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