第22話 通り雨と恋心

-side 田島亮-


 今、俺と翔の戦いの火蓋が切って落とされた...


「じゃあ注文を聞こうか」


「『マイヒーロー』のチケットを2枚くれ」


「2枚...?お前誰と来てるんだ?」


 ふっ、予想通りの質問だぜ。


「従姉妹だよ。あそこにいる」


 そう言って俺はここから10mほど離れたベンチに座っている岬さん(前髪上げバージョン)の方を指差した。


「なんだと...お前あんなにかわいい従姉妹がいたのか...」


「はは、まあな」


「かわいい従姉妹とデートか......ふっ、良いネタもらったぜ...」


「おい、お前何か言ったか?」


「いやぁ、別にぃ?」


「なんだよそのムカつく顔...まあ、いい。とりあえずチケットくれ」


「ほらよ。2人で楽しんでこい」


「おう、じゃあまた明日学校でな」


「ああ、また明日学校で...っておい、あそこにいるお前の従姉妹ちゃん、チャラい感じの奴らに絡まれてね...?」


「はぁ!?」


 岬さんの方を見ると彼女は2人のチャラ男に囲まれていた。2人とも結構背が高いので岬さんが怯えているみたいだ。





...ってナンパされてらっしゃるぅ---!


「すまん翔!また明日な!」


 俺は翔に雑に別れを告げて岬さんの元へ超高速早歩きで向かった。


 あぁ!もう!走れないのってマジ不便だわ!



-side 岬京香-


 私は今田島君の指示で前髪を上げて眼鏡を外している。


 どうして急にこんな指示が来たのかな...


 人の目がある中で顔を出すのなんて久しぶりだからどうしても落ち着けない。私の人目を怖がる性格はそう簡単には変わらないのよ。


 それにしても顔を出してから男の人たちが私の方をジロジロ見ているような...

ただでさえ視線が苦手なんだからやめてほしいなぁ...


 そう思って俯いているといきなり知らない人から声をかけられた。


「ねえ、お嬢ちゃんもしかして1人?」


「俺たちと遊ばない?」


 私に声をかけてきたのは背の高い男の人たちだった。


「い、いや、私は1人じゃなくて...」


「え?何?よく聞こえないよ?」


「いいから俺たちと遊ぼうぜ!な!」


「うぅ...」


 知らない男の人から声をかけられるのなんて初めてだから怖くて上手く声が出ない。どうしよう。こんな誘い、すぐに断らなければいけないのに...!


「断らないってことは俺たちと遊ぶのが嫌じゃないってことだよね?」


「よし、じゃあ俺たちと一緒に楽しいとこ行こ!」


 そういって2人組のうちの1人が私の腕を掴んできた。


「や、やめて下さい!」


 どうしよう、このままじゃこの人達につれていかれちゃう...!


 そう思った時だった。


「はいはい、お兄さんたちー、この子俺の連れなんすよ。だからさ、その手さっさと離してくれない?」


 田島君が現れて私を捕まえている男の人の腕を掴んだ。


「なんだテメェ?」


「いや、だからこの子の連れって言ったじゃん。話聞いてた?耳ついてる?」


「テメェなめてんのかオラ!」


「いや、あんたらをペロペロ舐めまわすとかありえねえから」


「そういう意味じゃないわボケェ!」


「田島くん...」


 田島くん、助けに来てくれたのは私とても嬉しいの。本当にありがとう。


 でもね、冗談言うにしても時と場所考えようよ...


「お前あんまりふざけた態度とってると痛い目見るぞ?」


「もしかして暴力沙汰起こす気ですか?それあんまりおススメできないっすよ?」


「はぁ?」


 田島くんは自分よりも大きい男の人たちに対しても怯まずに落ち着いて話している。


「いや、うちの父親弁護士なんで。路地裏とかに連れ込んで俺を殴ったりするのは構いませんけど多分その後かなり面倒なことになりますよ?」


「ハッ!そんなのでまかせだろ!」


「疑うのは勝手ですけど今から父に電話することもできるんですよ?事務所がここの近くにあるから多分すぐ来ると思いますけどそれでもいいっすか?」


「チッ、クソが!おい、これ以上ここにいたら面倒な事になりそうだ。行くぞ!」


 田島くんと話していた男の人がそう言うと2人はその場から立ち去った。


 よかった...助かったみたい...


 あ、田島くんにお礼言わないと!


 そう思って田島くんの方を見ると彼の手は震えていた。


「はぁ...ビビったぁ...」


「田島くん大丈夫?どこか調子悪かったりする?」


「え?あ、これはその...実はあいつらと話してる時さ、ビビってると思われないために虚勢張ってたんだよね。親父が弁護士って言うのも真っ赤なウソなんだよ。ははっ、今さら手震え始めたわ」


「えっ...」


 さっきは落ち着いて堂々と話していたから田島くんは度胸がある人なんだと思ってた。でもそうじゃなかったんだ。


 田島くんは私を助けるために恐怖を押し殺して自分よりも強そうな人たちに立ち向かっていたんだ。


 私はさっき怯えて何も言うことができなかった。でも田島くんは恐怖に打ち勝ったんだ。





 私も変わらないといけないな...




 さっきの勇ましい彼の姿を見てそう思った。いつまでも人目を怖がっていたら私はこのまま変われない。恐怖を克服できなかったら私はこれからも人と関わることができないままだ。


 だから今この瞬間から少しずつ変わる努力をしよう。


 そう思った私は前髪を上げた状態のまま田島くんの目の前に立った。私の突然の行動に田島くんは驚いているようだ。


「え?岬さん急にどうしたの?」



 そして私は彼を見上げ、笑顔を作ってこう言った。



「田島くん、助けてくれてありがとう!」



「...!」


 私のヒーローに顔を隠さず素顔のまま笑顔で感謝を伝えること。これを私が変わるための努力の一歩目にしよう。



-side 田島亮-


 今俺は岬さんと2人並んで映画を見ている。


 『マイヒーロー』はヒロインを交通事故から庇った主人公が記憶喪失になり、その時の事故がきっかけで主人公とヒロインが恋に落ちるところから物語が始まる映画だった。なんかどっかで似たような話聞いたことある気がするな...


 友恵はどんな気持ちで俺たちにこの映画をおススメしたんだ?ぶっちゃけこれって俺と岬さんが恋に落ちる的な物語の映画じゃん?


 なんだよそれ。気まず過ぎるだろ。どんな気持ちで見ればいいんだよ。友恵め、帰ったらお仕置きだ。


 あとさっきから映画の内容が全く頭に入ってこない。


 原因は分かってる。劇場に入る前に岬さんが俺に見せてくれたスマイルだ。




 俺この子が素顔のまま笑ったの初めて見たんだよ。なんか、その、うん。破壊力が尋常じゃなかった。


 人間ってさ、普段見えないものを見た時に興奮を覚える生き物だろ?だから俺は岬さんの前髪上げバージョンを見ただけでちょっと嬉しくなっちゃうんだよ。



 それに加えて太陽のような笑顔で『ありがとう!』って...いや、めっちゃかわいかった。マジで今ちょっとでも気抜いたらニヤニヤしてしまう。


 どっかのハンバーガー屋がスマイル無料とか言ってたが、俺岬さんのスマイルになら1000円くらい出す自信あるぞ。




 しかしこんな心持ちでデートを続けるのはよろしくないよな。一旦落ち着くべきだ。よし、こういう時は円周率を唱えて落ち着こう。


 3.14......


 あ、俺バカだからこの先わかんねーわ。


 


 そんな感じで考え事ばかりしていると映画が終わってしまった。結局内容全然頭に入らなかったな...


 岬さん、こんな映画オススメされて気の毒だな...面白くなかっただろうな...


 岬さんの様子が気になった俺は隣にいる彼女の方を見てみた。


「ぐすっ...」


 ...え?今目隠れてるからよく分からないけどさ、もしかして泣いてらっしゃる?


「岬さん?」


「あ、ごめん田島くん!感動して泣いちゃって...そろそろ出ないといけないよね!すぐ準備する!」


 え?この映画感動系のやつだったの?俺そういうの好きだからちゃんと見れば良かった..,


 

 そして俺たちは映画館から出て帰路に着くことになった。



-side 岬京香-


「雨降ってるね...」


「ですね...」


 映画を見終わった私たちは電車に乗って天明高校前の駅に帰ってきた。


 そしてなんと駅に着くと雨が降っていた。天気予報は晴れだったのにな...


 映画の内容は私と似た境遇のヒロインが田島くんと似た境遇の主人公と結ばれるみたいな物語で最高だったし、帰りの電車の中では結構田島くんと話せたから今日は気分良く帰れると思ったのにな...


 そうやって少し憂鬱になっていると田島くんが話しかけてきた。


「あのー、岬さん」


「なに?」


「濡れて帰るのって嫌だよね?」


「うん、それはそうだね」


「俺、一応折りたたみ傘持ってるんだけど...」


「ほんとに!?」


「母さんが常に持っとけってうるさくて...いつも持ち歩いてるんだよ」


 彼はそう言ってバッグから折りたたみ傘を取り出した。


「だからそのー、これ折りたたみ傘にしては結構デカイからさ、岬さんが嫌じゃなければ2人で入れるけど...どうする?」


「入ります」


「即答!?」


「あ、濡れるの嫌だからつい...」


 失敗した。つい欲望が口から出てしまった。


 ...ってこれ田島くんと相合傘するってことよね!?

そんなことしたら誰かに見られて噂されたりするんじゃ...

 

「田島くん、私の家天明高校の真裏で、ここも天明高校前の駅だから他の人に見られて噂されたりしちゃうかもしれないけど大丈夫?」


「それは心配いらないと思う。日曜だから学校にいる人少ないし、今雨降ってて外練してる部活も無いみたいだから他の奴に見られることは無いと思う」


「なるほど...」


「まあ岬さんが噂されるのが心配なら傘貸して俺が走って帰るけど」


「それは申し訳ないよ!それに私、別に噂とか気にしないよ?」


 田島くんと噂されるなんてむしろ嬉しい。だって他の女が寄りつけなくなるもの。


「...へ?そうなの?だったらあの時チケット普通に買えばよかった...」


「ん?チケット?」


「いや、なんでもない!」


「そうなの?」


「じゃあ家まで送るよ。ほら、入って」


 私の質問に答え終わると彼は傘を開いて私を呼び寄せた。


「じ、じゃあ失礼します...」


 そして私は彼の左隣に行って一緒に傘に入り、帰り道を歩き始めた。


「...」


「...」


 ...ドキドキし過ぎて会話どころじゃなーい!

どうしよう、距離が近過ぎて目も合わせられない。一緒に歩いてるだけで幸福感とか緊張とかで心がぐちゃぐちゃになってしまいそう。


 でもたまには私から会話を始めた方がいいわよね...今日は田島くんから話しかけてくれることが多かったもんね...


 そう思って田島くんに話しかけようとした時だった。


「きゃっ!」


「あっ!ごめん!」


 近付き過ぎて田島くんと肩が触れ合ってしまった。


 もうダメだ。ドキドキが止まらない。前言撤回、話しかけるの無理。心臓がもちません。


「岬さん、今日は楽しかったよ」


 私が会話するのを諦めかけていると田島くんの方から話しかけてくれた。


「うん、私も」


「それと今日はいきなり前髪を上げさせたりしてごめんね。岬さんが嫌がるようなことをさせてしまった。そして結果的に変な奴らにも絡まれることになってしまった。本当にごめん」


「謝らなくても大丈夫だよ。私は全然気にしてないから。きっと何か事情があったんでしょ?それに変な人たちに連れていかれそうになった時は田島くんが私を助けてくれたじゃない。田島くんは悪くないよ」


「岬さんは優しいんだね」


「ふふ、そんなことないよ」


 私なんかよりよっぽど田島くんの方が優しいと思う。


 今田島くんは私が濡れないように傘を少し私の方へ寄せて歩いている。だから彼の右肩は少し濡れているの。なのに田島くんはその事を気にもとめず私の事を優先してくれている。


 そして今日彼は会話が苦手な私に積極的に話しかけてくれた。沈黙が流れないように必死に頑張ってくれた。怖い人たちから私を助けてくれた。そして...




 命をかけて車から私を守ってくれた。

 




 私はこんなに優しい人を見たことがない。こんなに他人のために行動できる人を他に知らない。


 だから私は田島くんに優しいと言ってもらうなんてとても恐れ多いと思う。





「...」


「...」


 会話が途切れ、再び沈黙が流れる。でも私はこの時の沈黙を悪いものだと思わなかった。


 雨の中好きな人と同じ傘に入って歩く。とても幸せな時間。


 この時間を会話して楽しむのも良いことだと思う。でも沈黙の中で彼が隣に居るというこの瞬間を実感しながら歩くのも楽しい。


 そう、私は田島くんと一緒にいるだけで嬉しいの。


「岬さん、着いたよ」


「あ、ほんとだ...」


 田島くんを意識しすぎて自分の家にたどり着いたことに気づいていなかった。もう着いちゃったんだ...


「今日は誘ってくれてありがとう。すげえ楽しかった」


 帰り際に彼は笑顔でそう言ってくれた。私が好きになった、あの時と同じような笑顔で。


「...」


「俺の顔に何かついてる?」


「い、いや、そういうわけじゃないの!」


 つい、彼の笑顔に見惚れてしまった。今絶対変だと思われたよね...うわぁ、恥ずかしいよ...もしかしたら顔赤くなってるかも...


「じゃあそろそろ俺は帰るよ。また明日ね」


「うん!また明日!」


 帰り際の挨拶を済ませると田島くんは私に背を向けて歩き始めた。


 そしてそれを確認した私は家の中に入ることにした。


「おかえりなさいませ、お嬢様」


 家に入るとすぐにメイドの大崎が出迎えてくれた。


「うん、ただいま」


「確か今雨が降ってますよね?」


「うん、そうね」


「お嬢様って傘持って行きましたっけ?」


「いや、持って行ってない」


「それなのに濡れていないのはなぜですか?どうやって帰ってきたのですか?」


「それは...」


「それは?」


「ヒ・ミ・ツ!」


「はい?」






 こうして私の初めてのデートは終わった。今日は今まで見られなかった田島くんの姿を見られて嬉しかったな。


 そして彼の優しさに触れて自分が抱いているのは間違いなく恋心だということを改めて自覚した。







- やっぱり私は田島くんのことが大好きだ。


 












 

 






 





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