第4話 繰り返す過ち
-side 市村咲-
9月1日。亮が通学途中に交通事故に遭って、意識不明の重体になってしまった。
そして、その知らせを聞いた私は、今までの人生の中で経験がしたことがないほどのパニック状態になってしまった。
もちろん、その日の授業なんて全く頭に入らなかったわ。
『亮が死んじゃったらどうしよう』とか『もっと素直になれば良かった』とか『この想いをすぐに伝えれば良かった』とか......そんな後悔や自責の念が一日中私の頭の中をかき乱していたのよ。
でも、そんな風に後悔しているはずのこの日でさえ、私は亮をメッセージで励ますことすらできなかったの。
『あんた意識不明なんだって?』
『ねえなんとか言ったらどうなのよ』
......亮のことが心配なのに。心配で心配でたまらないのに......どこまでもメンドくさい性格の私はこんな言葉しか送ることができなかった。
そう。この期に及んでもなお、私は冷たい言葉の裏にある本当の気持ちを亮に察してほしいと思っていたの。
結局その日の夜は全く眠れなかった。
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事故から3日経った本日9月4日の放課後。亮のお母さんから突然私の家に電話がかかってきて、亮が目を覚ましたこと、そして記憶喪失になって家族や友人のことを全て忘れてしまったということを、私はおばさんの口から直接聞くこととなった。
それは......つまり亮が私のことや私との思い出を忘れてしまったということで。もう2度とそれを思い出してくれないということで。
「うっ、ぐすっ.....亮.....亮......! 素直になれなくてごめんなさい!! 本当は大好きなのに酷いことを言ってごめんなさい!! こんな幼馴染でごめんなさい......!」
そしてショックを受けた私は、おばさんとの通話中であるにも関わらず、受話器を持ったまま、その場で崩れ落ちて大号泣してしまった。
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泣いて、泣いて......涙が枯れるほどに泣いた私。
そして今、流せる涙を全て出し切って少しずつ落ち着いてきた私は自分の中に揺るぎ想いがあることに、ふと気づいた。
ーーそう。たとえ亮が出会った日のことを忘れてしまったとしても。
ーー記憶を失くして亮が別人のように変わってしまっても。
この想いだけは。身を焦がすような、この気持ちだけは。不器用な私の、重すぎる亮への恋心だけは。
ーーそれだけは何があっても絶対に変わらないということ。
そんな想いを抱いている自分がいることに私は気付いたのだ。
「...咲ちゃん大丈夫?」
受話器の向こうに居る亮のお母さんの、私を優しく気遣う声。
「お気遣いありがとうございます。もう大丈夫です」
泣くだけ泣いた私は、おばさんの気遣いに感謝しつつ、努めて明るい声で彼女に返答した。
そして......自分の中にある熱い想いを改めて再認識した私は、ここで大きな決心した。
「す、すみません、おばさん! い、今から亮のお見舞いに行ってもいいですか......?」
「え、えぇ!? さ、咲ちゃん!? 今の亮に会いに来るの!? ま、まあ私は構わないけど、心の準備とかはできてるの!?」
「......はい。大丈夫です。バッチリできてます」
亮への想いの強さを改めて自覚した私は、とにかく今すぐ彼に会いたくなっていた。
ーーそう。心の準備など必要ないほどに。
「......うん、わかった。咲ちゃんがそこまで言うんだったら、私は止めないよ」
「ありがとうございます! じゃあ、今から病院に向かっても大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ。あー、でも一応亮の携帯には咲ちゃんから連絡入れといてね。さすがに突然来たら亮もビックリするだろうから」
「はい、わかりました! じゃあ今すぐそちらに向かいます!!」
よし。病院に着いたら、私と出会った時のことを忘れてしまった亮のために、私が当時のことを話してあげよう。
亮の人柄変わってしまっていたとしても、私がすべて受け止めよう。
そして......今までの思い出を無くしてしまった亮に、これから楽しい思い出をたくさんあげられるように頑張ろう。
「よし、やるぞ!」
こうして私は、新たな決意を胸に病院へ向かった。
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亮が入院しているのは、ウチからバスで10分ほどで着く距離にある大学病院。長いようで短かかった気がするバス移動の時間を終えて病院のバス停に着いた私は、そこで亮のお母さんと顔を合わせて、改めて亮の病状を直接聞くことになった。
そして『亮の性格はそんなに変わってないから安心していいよ!』というおばさんの言葉に背中を押された私は、すぐに病院内で受付を済ませ、病室がある5階へと歩き始めた。
「う、うぅ......さ、さすがにチョット緊張してきたなぁ......」
不安と期待が入り混じったような心持ちでそんなことを呟きつつ、私は足早に階段を上る。そして階段を一段登るごとに鼓動がどんどん早くなるような気がして、その心音に共鳴するかのように私の歩みも、さらに早くなってしまう。
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「......よし」
ついに病室の前に到着。未だにうるさい心臓の音を抑えるために、私は一度深く深呼吸をしてから、病室の扉を軽くノックしてみた。
「どうぞ」
「し、失礼します」
病室の中から応答があったので、ガラガラガラと扉を開けるてみる。すると、そこには少し気怠そうにベッドで横たわっている亮の姿があった。
扉からベッドまで少し距離があったので、私はとりあえずベッドの横にある椅子に座ることにする。
「.......モロ好み」
「ふぇ!?」
「いや、なんでもない」
もう! いきなり何言ってんのよ亮! びっくりして変な声出ちゃったじゃない! ていうか、もしかして今私のこと好みって言った? も、もしそうだったら嬉しいな、えへへ......
あ! そうだ! ここは私から何か話さなきゃ! 何も覚えていない亮から話すのって絶対難しいもんね......
そう思い立った私は、今までのようなきつい口調にならないように気を付けつつ、亮に話しかけてみることにした。
「え、えっと......ね、ねえ亮? 記憶喪失って本当なの......?」
「ああ、本当だよ」
「じ、じゃあ、やっぱり私のことって覚えてないの......?」
「......覚えてない。ごめん、それは本当に申し訳ないと思ってる」
そ、そっか......やっぱり本当に覚えてないのね......覚悟はしていたけど、直接告げられるとさすがに心にくるものがあるなぁ......
ん? でも、ちょっと待って? それってつまり『何もかも覚えていない』ってことなのよね? ということは、私が中学時代にやってきた愚行の数々も亮は忘れてしまってるってことなのよね?
あれ? もしかして、この状況ってチャンスなんじゃ......
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亮は私のことを覚えてない
↓
つまり今から私がとる態度次第で亮の私に対する第1印象が決まる
↓
頑張って女の子らしい仕草をとって今までの幼馴染という印象をすり替える
↓
亮が私を好きになる
↓
ハッピーエンド
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......あれ? もしかして私って天才なんじゃないの?
「フフ...」
そして、この状況を好機と捉えた私は、思い切って亮の腕に抱きついてみた。
「え、ちょ!? 市村さん!?」
「市村じゃないもん。咲だもん」
「急にどうした!?」
「前みたいに名前で呼ばないと許さないからぁ」
私は今まで近づけなかった反動で、ついつい甘えたい欲望を爆発させてしまう。
「亮ちんとお話したいな」
うふふ、勢いで呼び方まで変えてしまったわ。もう誰もリミッターが解除された私を止めることはできないのよ。亮も照れてるみたいだし絶好調ね。うふふ。
「なあ咲」
「あっ、名前で呼んでくれた!」
もう、この時私は完全に舞い上がっていた。
「そ、その......俺たちってどういう関係なんだ?」
「それは...」
『幼馴染』と言いかけたところで私は言葉を切った。
そうだわ! もういっそ恋人ってことにしちゃえばいいんじゃないかしら!!
「こ、恋人同士に決まってんじゃん!」
「ああ、そうか、なるほど。幼馴染なのk、って、えぇ!? こ、恋人!?」
ん? 今、亮が幼馴染って言いかけた? うーん......
まあ気のせいよね! 亮は私のことは何も知らないはずだし!!
「な、なあ咲。俺たちは、いつから付き合ってるんだ?」
「え、えっとぉ......いつからだっけなぁ、うーん......え、えっとね! 5年前くらいだよ!」
細かいことまで考えていなかった私は、とりあえず自分が亮を好きになった時期を答えてみた。
「じゃあさ、そ、その......どっちから告白したんだ?」
「私だよ」
だって亮が私に告白することなんて絶対ないもん。どうせ私から告白しないと付き合えない気がするし、ここは私から告白したってことにしとこうっと。
「そ、その、咲は......さ、お、俺のどんなところが好きなんだ...?」
え、そんなの......好きなところなんて数えきれないほどあるし、全部が好きだから、具体的に『ココが好きだ』って言うのは難しい気がするなぁ......
まあ、でも......とりあえず思いつくだけ言ってみようかな。
「......足が速いところ。普段はテキトーに見えるけど実は誠実で真面目なところ。誰にでも優しくできるところ。そして...」
そこで一度言葉を切った私は、椅子から立ち上がって亮を見つめた。
「......それと?」
「それと、ね。私が困っていたらいつでも助けてくれるところが大好きだよ」
.......あれ、どうしよう。思わず勢いに任せて全力で告白してしちゃったんだけど。恥ずかし過ぎて体温の上昇が止まらないんだけど。やばい、絶対顔赤くなってる.....!!
しかも亮の反応も全然無いし......うーん、まあでもそれは仕方ないことなのかなぁ。いきなり私からこんな告白をされても困るだけだろうし。
と、思って今の発言を取り消そうとした時だった。
「な、なあ咲。じゃあさ、俺とのあのトーク履歴ってなんなの?」
「......ん? トーク履歴?」
「あー、これのことなんだけど」
すると亮は私が一方的に暴言を吐いているのが記録された携帯の画面を見せてきた。
--瞬間。舞い上がりまくっていた私は今突きつけられた現実を理解する。
......そう、彼の記憶が消えても今まで私が送ったメッセージの数々は記録としてバッチリ残っているという現実を。
え、いや、あの......え? じゃあ、もしかして亮は私がひどいことを言ってたっていうのを知ってた上で、今まで私と話してたってこと?
え、なに? じゃあ私はそんな状況で私は亮に甘えまくってたわけ?
え、なによそれ.......
あぁぉぁぁぉぁ!!! 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいーー!!!!
状況を理解した私の羞恥心は臨界点を超えた。みるみる顔が赤くなっていくのが自分でもわかる。
「あぁぁぁ! そっちは消えてないのかぁぁぁぁ!」
「おいどうした!?」
真っ赤になった顔を見られたくなくて亮のベッドの布団に顔を押し付ける。
そしてしばらくした後、恥ずかしがっていることを亮に悟られたくなかった私は、顔を上げて思わず彼を睨みつけてしまった。
「.....茹でダコみたいだな」
なっっ!? 私の顔そんなに赤いの!? ていうか思ってても言わないでよ! 昔から一言多いのよ! 記憶をなくしてもそんなところは変わってないのね!
「ほんっと、亮って最低!」
そして、恥ずかしすぎてその場に居られなくなった私は猛ダッシュで病室を後にした。
はぁ......
--もおぉぉぉぉ!!! なんで私がやる事は昔から全部上手くいかないのよぉぉぉぉ!!!
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