第2話 私の恋の始まり
-side 田島亮-
状況を整理しよう。
ただ今9月4日18:00。残暑はあるものの夏も終わり、窓から見える太陽は沈みかけている。
そんな中
今、俺は病室のベッドに寝ている。
今、俺は美少女に腕をとられて全く身動きがとれない。
......なんだ? ここは桃源郷か?
「え、えっと、その...」
おっと、目の前の美少女が何か言いたそうにしているな。
「亮ちんとお話したいな」
亮ちん!? え、なに!? 俺ってそんな感じで呼ばれてたわけ!?
えぇ...距離の詰め方すごいなこの子...でもかわいいしもうこのままでもいいかも...
って、いや、ちょっと待てぇい! 一旦落ち着け俺ぇい!
トーク履歴を見る限りじゃ、こんな態度で接してくることなんてありえないじゃねぇか。もしかしたらこのデレデレな態度には何か裏があるかもしれないじゃねぇか。
...よし、心苦しいが少し探りを入れてみるとしよう。
「なあ咲」
「あっ、名前で呼んでくれた!」
えぇ、なんで名前を呼んだだけでこんなに嬉しそうにすんのよ。いや、マジでなんなの、このかわいい生き物。
......っていかんいかん。尋問せねば。
「そ、その......俺たちってどういう関係なんだ?」
「それは......こ、恋人同士に決まってんじゃん!」
「ああ、そうか、なるほど。幼馴染なのk、って、えぇ!? こ、恋人!?」
あまりに予想外の返答に驚き、慌てふためく俺。
うーん、だが展開としてはなかなか面白いな。尋問を続けるとしよう。
「な、なあ咲。俺たちは、いつから付き合ってるんだ?」
「え、えっとぉ......いつからだっけなぁ、うーん」
あ、意外と設定はガバガバなんすね。
「え、えっとね! 5年前くらいだよ!」
5年。five years。うん、これまた大きく出たね。俺らって今高一のはずだから、それだと付き合い始めが小五になっちゃうですけどね。付き合うの早すぎませんかね。なかなかのマセガキっすね。
......まあいい。次の尋問に移ろう。
「じゃあさ、そ、その......どっちから告白したんだ?」
「私だよ」
ん? これは迷わず即答できるのか。てか、告白される側って俺なんすね。まあ、あのトーク履歴を見る限りじゃ、それはありえないと思うんだけね。なんだ? ますます謎が深まるな。
うーん、外も暗くなってきたし、そろそろ咲を家に帰さないといけないかな。まだまだ聞きたいことはたくさんあるが、そろそろ最後の尋問にするとしよう。
「そ、その、咲は......さ、お、俺のどんなところが好きなんだ...?」
「......足が速いところ。普段はテキトーに見えるけど実は誠実で真面目なところ。誰にでも優しくできるところ。そして...」
そこで台詞を1度止めると、咲は俺の腕から手を離して立ち上がり、今度は真剣な眼差しでこちらを見つめてきた。
そして照れからくるものなのか、窓から差し込む沈みかけの夕日が彼女の顔を照らしているからなのかは分からないが、彼女の頰は赤く染まっている。
「それと?」
思わず俺も頰を染めそうになったので、続きを促す。
「それと、ね。私が困っていたらいつでも助けてくれるところが大好きだよ」
「...」
返す言葉が出てこない。
仮に咲を昔助けたことがあったとしても、その時彼女を助けたのは今の俺ではない。だって今の俺に咲を助けた記憶はないのだから。
そう。咲はあくまで『過去の俺』を好きだと言っただけなのだ。故に今の俺からは何も言うことができないのである。
しかし、どうあれ、ここまでされると流石に咲が俺のことを嫌っているとは思えなくなっきたな。むしろこの子が俺に好意を抱いているように思えてしまう。
だからこそあのトーク履歴での態度と今の態度との差に対する疑問が深まってしまうんだよな。うーん、一体あの冷たい態度はなんだったのだろうか。
まあ、1人で悩んでても仕方ねぇよな。ここは本人に直接聞いてみるか。
「な、なあ咲。じゃあさ、俺とのあのトーク履歴ってなんなの?」
「......ん? トーク履歴?」
「あー、これのことなんだけど」
そして不思議そうに首を傾げている咲に俺は、
『死ねば?』
『きも』
『まじありえない』
などと彼女が一方的に俺に罵声を浴びせてきているトーク画面を見せてみた。
「あぁぁぁ! そっちは消えてないのかぁぁぁぁ!」
「いや、急にどうしたん!?」
俺のスマホの画面を見た途端に、なぜか『この世の終わり』のような顔で全力スクリームを始めた咲。さきほどまでの可愛らしい表情が一気に崩れ、その様相はさながらドッキリにかけられたリアクション芸人のようである。
「いやぁぁぁあ!!」
そしてパニくりまくった咲は、いきなり俺のベッドの掛け布団に顔を押し付けてきた。
「あ! ストップ咲! ソコに顔を押し付けるのは色んな意味でアウトだ! お願いストップ!!」
狙ったわけではないのだろうが、咲が顔を押し付けた場所は、偶然にも俺の股間付近。顔がナニに直接当たってはいないものの、もし少しでも顔をズラされると、亮くんの亮くんが咲ちゃんと接触してしまいそうだ...!
「私は...私はなんてことを...」
「はぅあっ」
ちょっと咲ちゃん! そこでモゾモゾするのはやめてくれ! 興奮しちゃうから! 元気になっちゃいけないところが元気になっちゃうから!! ストップ! ストッププリーズ!!
「亮...!」
そして散々叫ぶと、咲さんは顔を上げてこちらを睨みつけてきた。おそらく相当はずかしかったのだろう。咲の顔は驚くほどに真っ赤っかである。
「...茹でダコみたいだな」
しまったつい本音が。
「なっ!? ほ、ほんっと、亮って最っ低!」
そう言い残すと咲は目にも止まらぬ速さで病室から出て行ってしまった。
......あー、うん。とりあえず俺の幼馴染が結構強烈だってことだけは分かったわ。
-side 市村咲-
田島亮とは家が隣同士。
田島亮とは幼馴染。
--そして田島亮は私の想い人。
小学校5年生の時、私は親の仕事の都合で今住んでいる街に引っ越してきた。
当時はとても背が低く、引っ込み思案だった私。それが原因で転校先の学校では男子たちにチビだ泣き虫だと言われ、よくからかわれていた。
ーーそんな時に私をいつも助けてくれたのが亮だった。
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「やーいチビ」
「チビじゃないもん! うぅ...」
「アハハ、こいつもう泣いたよ。もっと泣かしてやろうぜ」
転校初日の放課後。小学校の校門前で私は二人の男子にからかわれていた。
転校前は引っ込み思案で友達は少なかったものの、男子にからかわれたことは一度も無かった私は、男子二人に絡まれたのが怖くてすぐに泣いてしまったのを今でも覚えている。
そんな時に亮は現れた。
「おりゃあ! 俺の必殺カンチョーをくらえぇ!」
「痛ぁぁぁぁぁ!」
......それはお世辞にもかっこいい登場とは言えなかった。
亮は......からかっていた男子の一人に突然カンチョーを喰らわせてダウンさせたのである。
「よし、これで1人KOだな。あ、お前もこの子いじめてたよな? これ以上この子をイジメるってんなら、お前にもカンチョーを喰らわせることになるけど.....どうする?」
「ぜ、絶対いやだぁぁぁぉぁ!」
すると、もう一人の男子は亮のカンチョーを恐れ、ダウンした仲間の男子を連れて逃げ出してしまった。
「市村さん大丈夫? 怪我したりしてない?」
「うん、大丈夫。そ、その...助けてくれてありがとう!」
「うん、どういたしまして。まあかっこいい助け方じゃなかったけどね」
「...」
その通り過ぎてぐうの音も出なかった。
「まあ母ちゃんには人に暴力をふるうなって言われてるからな。あはは、カンチョーで済ませるしかなかったんだよ」
.....カンチョーも暴力なのでは?
「あとは父ちゃんには女の子は絶対に泣かすなって言われてるからな。まあ、だからあいつらのことは許せなかったんだよ」
「...!」
「あ、そういや市村さんってこの前うちの隣に引っ越してきてたよな? 一緒に帰ろうよ」
そう言いながら満面の笑みを浮かべてこちらに手を差し出してくれた彼。
「うん! 一緒に帰ろう!」
そして、その日。私はその手を取って初めて亮と一緒に下校した。
......ええ、そうよ。私はこんな些細な出来事がきっかけで亮のことが好きになったのよ。
ーーでも小学5年生が恋に落ちるきっかけなんてこんな出来事だけで十分だったのよ。
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それから小学校を卒業するまでの間、私がからかわれている時は必ず亮が駆けつけて男子たちを追い払ってくれて、追い払った後は私を気にかけて声をかけてくれた。
「よし、一緒に帰るか」
「うん!」
こんな何気ない会話をした後に一緒に帰るのが私の一番の楽しみだった。
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当時から顔立ちが整っており、陽気で運動もできたため、小学校でも中学校でもクラスの中心に居た亮。そんな彼と一緒にいたおかげで、以前より私に話しかけてくれる人も増えて、私の周りには徐々に友達も増えていった。
そして中学に入る時には平均身長には届かないものの、背も伸びて私は身長のことをからかわれることがなくなったっていた。
こうしてからかわれることもなくなった私は、亮以外の友達と下校することが多くなり、亮と過ごす時間が少しずつ減ってしまった。
亮と一緒に居たいのに距離が離れていって私は焦った。でも、この悩みを誰かに相談したいけど、『好きな人と一緒に居たい』なんて恥ずかしくて誰にも言えなくて。結局私は他の人に亮とのことを相談することができなかった。
だから......誰にも頼ることができなかった私は異性を振り向かせる方法を必死にインターネットで調べてみたの。
「え、何この記事...ツ、ツンデレ?」
そしてとあるサイトを私は見つけた。確かそのサイトの内容は『ちょっと冷たい態度を取って異性に自分を意識させよう』というものだった......ような気がする。
「なるほどね。冷たい態度をとる、か...そういうやり方もあるのね...」
--しかし、このサイトは後々、私に絶大な悪影響を与えることになる。
「うーん、冷たい態度をとるって言ってもどんな感じにすればいいんだろ...」
ほんっと、今思えば後悔しかないわ。だって私はこのサイトが原因で亮にL◯NEで酷い言葉を放ち続けることになったんだから。
「うーん...とりあえず亮の悪口を言えばいいのかしら」
こうして『ツンデレ』の意味を履き違えた私の、人生最大の転落劇が始まる。
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