やっぱり、好きだ。
中め
春は再会の季節。
「採用決まったんだ? 本当に辞めちゃうの?」
日誌を書き込む私に声をかけてきたのは、同期の奈々。
「うん。この歳での転職はなかなかしんどかったよー」
そんな奈々に渋い笑顔を作って返す。
私、高村サヤ子 29歳 独身。
7年間看護師として働いてきた病院を辞め、春から高校の保健室教員になります。
「サヤ子がいなくなると本当に大変。サヤ子、仕事出来たから…」
私の手を握り、残念そうな顔をしてくれる奈々は今年主任になった。
同期は皆、結婚するか役職が付いていた。
私にはどちらも無かった。
上司に嫌われる事もなかったが、特別好かれることもなかった為、私に昇格の話は来なかった。
昇格するには、上司に好かれる努力も必要。でも私は努力は全て仕事に注いでいた。
「高村先輩みたいにはなりたくないよね」
仕事の休憩時間、コソコソと私を嘲う後輩の陰口を耳にした時、今までやりがいと生きがいを持って働いてきた自分がやけに恥ずかしく感じて、別な道を模索した。
まぁ、早い話、逃げたわけです。
そして私は、春から働く高校の近からず遠からずの場所に引っ越した。
登校初日。
多少の不安はあれど新しい環境に飛び込むのは、社会人になりたての頃を思い出させ、ワクワクした。
といえども、私は29歳。社会人として7年生きてきた為、フレッシュさは皆無。
今年入社の人間は私以外は大学卒業したての若い子なわけで。何となく居た堪れない。
学校に到着し、教務員室に入ると若い男女2人が既にいた。
私もそれなりに張り切って、1本早いバスに乗ってきたのだが、若さの違いだろう。
社会に小慣れ、多少のベテラン感さえ漂ってしまっているだろう私は、2人ほど張り切って早く登校しようという考えに至らなかった。
そそくさと2人が座っているソファーに近づくと、
「はじめまして。朝倉優香と申します。家庭科担当です。お名前聞いてもいいですか? どこの学校から赴任されてきたんですか?」
キミ、アイドルになれるよ!! レベルの可愛い子が立ち上がって、それはそれはキラキラの笑顔で私を見た。
…赴任されてきた?
そっか、私どう見たって新人には見えんわなぁ。
「私は…」
喋りだした途端、
「僕は安田涼って言います」
朝倉さんの隣に腰を掛けていた男の子が突然立ち上がり、私の話を遮った。
…どのタイミングで喋りだしているんだよ、安田。
「俺は、あ、僕は…私は?」
人の話の腰を折っておいて、出だしで躓く安田。
「何でもいいよ。別に」
呆れはしたが、やはり若さって魔法だと思う。
多少アホでもかわいく見えてしまい、『フッ』と思わず息を漏らし笑ってしまった。
「世界史担当です。安田涼です」
安田涼、2回目ですけど…。
「クックックッ」
ヤバイ。ツボ。何なんだ、安田。最早肩を揺らせて笑ってしまう。
しかし、朝倉先生にはハマらず、私にだけハマる。
自覚はある。私は他人より笑いのストライクゾーンが広い。
笑いを飲み込み自己紹介をしようとした時、ゾロゾロと教師陣が出勤して来た。
その教師陣の中に見覚えのある顔があった。
青山翔太。
好きだった人。
振られたけど。
高1の時に、青山くんと同じクラスになった。
明るく、頭も良い青山くんはいつもクラスの中心にいた。
私はと言うと、特に目立つ事もなく地味にそれなりの高校生活を送っていた。
そんな私が青山くんとまともに喋ったのは、放課後に行われる進路面談の日だった。
私の次が青山くんの順番だった為、自分の面談が終わった後に青山くんを呼びに教室に戻ると、彼は誰もいない教室で何故か私の席に座り、勝手に私の英語のノートを見ていた。
「青山くんの番だよ」
自分だけが分かれば良いという感覚でノートを取っていた為、特別綺麗な字でもなければ見やすくもないそれを見られてしまった事に、若干の不快感を覚えながら彼の名前を呼ぶと、
「高村って英語得意だよね。俺、英語苦手。高村、今度教えてよ」
青山くんは私の気持ちなどお構いなしにパラパラとノートを捲った。
嬉しかったけど、私は青山くんが帰国子女のユイカさんと仲が良い事を知っていた。
「私、他人に教えられるほど英語出来ない。ユイカさんに聞いた方が間違いないよ」
青山くんの手からノートを奪い取り、鞄に突っ込んだ。
「俺、高村の訳し方好き。ユイカはさぁ。なんつーか、訳が強気ってゆーか…日本人の謙虚さがないってゆーか…」
『なんかしっくりこないんだよなー』と、腕を組む青山くん。
「フッ」
意味が分かる様で分からない事を言う青山くんが、薄っすらツボに入ってしまい笑ってしまった。
「外国の言葉なんだから日本人の謙虚さなんてなくていいでしょ。てゆーか、強気な訳って…気になる」
喋りながらも笑い続けていると、青山くんがそっと私の背中を摩った。
青山くんが触れた部分がどんどん熱を帯び、笑っている場合ではなくなる。照れの余り、背中どころか脳天までもチンチンに熱くなる始末。
普通の女子高生ってこれくらいじゃドキドキしないのかなぁ。
私、心臓のバクバクで死にそうなんですけど。心臓バクバクな自分、ウブ過ぎて恥ずかしいんですけど。
「高村は英語系に進むの?」
ドギマギ中の私の状態に気づいていないのか、そういうフリをしてくれているのか、そんな事はどうでも良いのか、青山くんは普通に話を続けた。
「ううん。私は昔からなりたい職業があって…青山くんは?」
ひとりで舞い上がっている恥ずかしい自分を落ち着かせ、なんとなく〈看護〉とは言わずに質問を返した。
「俺は工学部。ずっと前からロボット工学興味があってさ」
夢を語る青山くんの瞳はキラッキラで、吸い込まれてしまいそうだった。
「青山くん、数学得意だもんね。私、苦手だから羨ましい。ロボット工学かぁ。カッコイイね。どんなロボットを作りたいの?」
「んー。前は衛星とかそーゆー男のロマンたっぷりな夢だったんだけど、最近は医療に役立つロボットにも興味ある」
青山くんの口からでた〈医療〉という言葉に、勝手に親近感を持つ。
私も言っちゃおうかなぁ…。自分だけ言わないのもなんか卑怯な気がしないでもないし。
「私は…看護学部か医学部の看護学科目指してるの。数学も生物も苦手なのに恥ずかしいんだけど…」
遠慮がちに自分の夢を話すと、
「そっか、何大志望? 地元? 俺はK大」
青山くんがグイグイ突っ込んできた。
てか、青山くんの志望大学K大なの!?
絶対言えない。K大なんて偏差値高すぎて目指そうと思ったことすらない。
「凄いね。K大なんて私にはとても…。てゆーか、そろそろ進路指導室行った方が…」
これ以上聞かれたくなくて、早く行けとばかりに促す。が、
「高村の志望校には工学部ある?」
青山くんの追及は止まらない。頭の良い人に自分の夢を話してしまった事を後悔した。
「あったと思うけど」
『もう、さっさと行ってくれよ、青山くん』と心の中で呟きながら、若干の面倒くささを醸し出しつつ答えると、
「青山、遅い!!」
突然教室の扉が開き、担任が入ってきた。
助かった。と思ったが…。
「センセー、高村ってドコの大学行くの?」
今度は担任に私の進路を聞こうとする青山くん。
やめてくれ!! 青山くん!!
担任の口を封じようと担任に駆け寄ると、
「答えるわけないだろ。ほら、進路指導室行くぞ」
担任は、困った顔をしながら青山くんの腕を引いた。
よしよしよし。私は帰ろう。
胸を撫で下ろし、自分の席に戻ろうとすると、
「俺、別に面談ここでいいし。高村だったら聞かれてもいいし」
青山くんが、担任の手を解き適当な席に腰を下ろした。
あーおーやーまー。まじでなんなんだよ。
「じゃ…じゃあ、私は帰ります」
青山くんの行動は意味不明だけれど、私の進路相談は終わっているし、帰って良いはずだ。
逃げよう。さっさと逃げよう。
机の上の鞄に手を伸ばした時、青山くんが私の腕を掴んだ。
「俺、志望校変える。高村と同じ大学に行く」
そして、とんでもない事を言い出す青山くん。
はぁ!? 何の為にランク下げるって言うんだ。
ふと担任の顔を見ると、『てめぇ、青山に何言ってくれたんだよ』とでも言いたげな白い目を私に向けていた。
違うのに!! 冤罪!! 無罪ですから!!
…仕方ない。もう、言うしかないな。
「私の志望校はK大よりずっと偏差値低いの。恥ずかしいから言いたくなかったんだけど…」
渋々話出す。
「私は『それ、第2希望にしなよ』
さっきまでガンガン質問してきたくせに、青山くんは私の答えを待たずに言葉を被せた。
「センセー、高村の第1希望K大医学部看護学科に変えておいて。そーすれば一緒に勉強出来るじゃん。俺が高村に数学教えるから、高村は俺に英語教えてよ。ハイ!! GIVE&TAKE成立!! つー事で、高村が帰りたそうだから俺達帰りまーす」
青山くんは私の手を引っ張りると担任の「待て!!」の静止を耳に入れることなく教室を出た。
「ちょ!! ちょっと!! 何? どーゆー事!?」
意味が本当に全然分からない。何が起こっているのかさえ理解出来ない。一体青山くんは何をどうしたいのだろう。
戸惑いながら、引っ張られるがままに歩いていると、急に私の手を離し立ち止まる青山くん。
「俺、本当に高村と同じ大学に行きたいんだけど」
青山くんが振り返り、まっすぐ私を見た。
「なんで!?」
首を傾げる私に、
「高村なら絶対夢を叶えるだろうなって思ったから。高村見てると自分も絶対叶えようって気になるから。だから、一緒に頑張りたいんだ」
青山くんは眩しすぎる笑顔を見せた。
必殺・女殺し。一撃で仕留められた。
あぁ。私はなんて簡単なんだろう。
こんなにも一瞬で、
こんなにもアッサリと、
直下降。
恋に、墜こっちた。
それから、私達はいつも一緒にいた。
青山くんの教える数学が大好きで、苦手だった数学が英語の次に好きな教科になった。
2、3年も同じクラスになれる様に2人とも理系クラスを選んで、見事同じクラスになった時は嬉しすぎて、思わず青山くんに抱きついた。
我に返って身体を離すと、
「俺も嬉しい」
と抱きしめてくれた。
そのまま初めて青山くんキスをした。
初めてのセックスも青山くんだった。
予備校も一緒に通った。
青山くんと一緒にいたくて、同じ大学に行きたくて、とにかく必至に勉強を頑張った。
そして努力は報われた。
2人とも見事にK大に合格した。
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