売り切れアイスと馬鹿野郎

和泉ロク

売り切れアイスと馬鹿野郎

夜は、どこまでも夜で。こんなに寂しい夜は久しぶりで。こんなに涙が出そうになるのも久しぶりで。いろんな感情につけるその名前を、今この瞬間だけは全く名付けられそうにないことに、少し驚いて。キミの名前を口に出してみるけれど、それは、この暗闇にそうっと消えていった。


国道沿いのコンビニで、サキはずっと迷っていた。今日は絶対にアイスを買って帰るつもりだったのに、いつも買うアイスが売り切れてしまっていたのだ。頭の中では、「誰だよ、買った奴は」と余りにも理不尽な愚痴をこぼし続けている。別のアイスを買おうと思ったのだが、どれもピンと来ないものだから、10分ほど、アイス売り場の前で立ち尽くしている。何もそこまで悩まずとも、とは思いもするが、それでもサキにとっては重要なことであった。耳に入る店員の「いらっしゃいませ」という言葉にやる気というものは全くなく。しかして、誰かが入店してきたのも事実。ふと、顔を上げると。

「あれ、サキじゃん」見知った顔に聞きなれた声。

「お、ユウト」

 ダメージジーンズに黒いTシャツ、「FUCK」と大きくピンクで書かれたその文字が目立つ。足元はサンダルで、いかにもバンドマンという金髪の髪を揺らしながら、ユウトが声をかけてきた。

「なにしてんの?」

「悩んでんの」

「何を?」

「んー、人生?」

「そりゃまた難しい話だな」

軽口で言い合えるこの関係をサキは気に入っていた。だからこそだろうか、次のユウトの言葉には、あまりにも驚いてしまった。

「なぁ」

「んー?」

「今度、デートしない?」

「……は?」

たっぷり5秒のフリーズの後、ようやく出せた言葉。この男は何を言っているのだろうか、サキの脳内にはぐるぐると、黒々と。理解できないという感覚が襲ってくる。

「いや、結構前からさ、サキのこといいなーって思ってたんだ」

「……あんた、ここどこかわかってる?」

「コンビニ?」

「なんで疑問形よ。とりあえず、外で話そ?」

店員は相変わらず、やる気のない声で「ありがとうございましたー」と言ってくる。それを尻目に、アイスのことが頭に浮かんだ。ああ、もう少しで代わりのアイスに出会えたのに。ほんの少しの悔しさを目の前の男にぶつけようとサキは頭の片隅で思った。


かくして2人はコンビニの横、5台ほどの駐車スペースの真ん中にいる。

ユウトは縁石に器用に座っていた。

「そこ、座るとこ?」素直な疑問をぶつけては。

「座るだろ」スカッと返されて。

「さっきの話、何?」聞きたいこともぶつけては。

「だから、とりあえず、お試しで?デート」ふざけた返しがやってきて。

「そういうのさ、なんか・・・」言い淀めば。

「あ、無理な感じ?」嫌な返しで。

 ああ、この男は何にもわかってない。あたしら、そんな関係じゃなかったじゃん。っていうか、なんでこの男と話すのが気に入っていたの?あたし、そんな軽いやつだと思われてた?ああ、もうほんとうにこの男は・・・。

「……そんな関係じゃないと思ってたんだけど」

掠れて出た声はようやくそれだけを絞り出せて。

「じゃぁ、どういう関係だと思ってたの?」

「友達、気の合うやつ」

「だったら、付き合っても上手くいきそうじゃん」

「あんたさ」

言ってしまおうか、もう。そんな考えがサキの頭の中を駆け巡る。

「なに?」

「軽すぎる」

言ってしまった。

「は?」

「だから、軽すぎんの。正直、あんたと話すの面白かったし、心地よかったよ?」

「なら」

「でも、違う。あんたがそんなだと思わなかった。あたし、そんな軽いやつに見える?お試しでデート?ちゃんちゃらおかしいっての。へそで茶を沸かしてやろうかってくらいに」

「デート誘っただけで、なんでそんなキレられてんのかわかんないんだけど」

「わかんないなら、わかんないでいいんじゃない?」

 もう、無理だった。サキ自身にもわからなかった。何故こんなに腹立たしいのか。この気持ちがなんなのか、わからないのだ。ただ、悔しいようにも感じるし、寂しくも思う。

「……帰るわ、意味わかんねーし、正直ガッカリだわ」

 その言葉に返せるものはなくて。それがまたサキの心を重くしていく。


夜は、どこまでも夜で。こんなに悔しい夜は久しぶりで。こんなに涙が出そうになるのも久しぶりで。いろんな感情につけるその名前を、今この瞬間だけは全く名付けられそうにないことに、少し驚いて。キミの名前を口に出してみるけれど、それは、この暗闇にそうっと消えていった。


「……ユウト、あたし、あんたのこと多分好きだったんだよ。だから、さよなら」


 去っていくその背中にかけた声は、また暗闇に消えていった。

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売り切れアイスと馬鹿野郎 和泉ロク @teshi_roku

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