第18話 感情――勇気
左腕を怪物の爪に引き裂かれ、血塗れになったフリージアがそこにはいた。
「ア、アキレアさん……よかった、無事で……」
そう、フリージアは俺を庇ったのだった。俺に爪が当たる直前、フリージアは俺を突き飛ばし、俺と怪物との間に体を滑り込ませたのだ。
「……これで、あの時助けてもらった借りは返せましたね……」
フリージアが言っているが、頭が全く回らない。
いつだよあの時って、なんだよ借りって。
お前は今、そんなことを言えるような状況じゃねえじゃねえか。
どうして、そんな風に死んだみたいな顔してんだよ。
「なあ、フリージア!」
頼むよ、死ぬんじゃねえ。死んだら駄目だろ。お前には夢があるんだろ、叶えるって約束したじゃねえか。だから死ぬなよ。
フリージア。
必死にそう願うが、突然倒れこむようにフリージアは俺にもたれかかった。
「あっ……」
何 俺 俺 一 誰 俺 俺 後 違 俺 俺 あ あ あ
か の が 体 を は が 悔 う が は い い の
が 所 し ど 責 何 し か す た つ つ 怪
切 為 っ う め を な ? べ だ を だ 物
れ だ か す れ す け 叱 き け た
た り れ ば る れ 責 こ を っ
よ し ば い べ ば か と た
う し い い き い ? は 一
な て い ん な け 悲 そ 体
気 い ん だ ん な 嘆 う を
が れ だ よ だ い か じ
し ば ? ? こ ? ゃ
た と 憤 な
っ 慨 い
て か
何 ?
だ
殺す!
俺の意識は怪物に向く。
怪物は俺たちに追撃を加えようと、また腕を振り上げ、力いっぱい叩きつける。
しかし、その攻撃は俺にも、フリージアにも当たらない。
怪物の拳が当たるより早く、俺はフリージアを抱き抱えて後ろに下がった。
フリージアを下ろして、怪物に向き直り睨みつける。
「絶対にお前を殺す!」
言葉は通じないと分かってはいても、言わずにはいられなかった。
そうでもしないと、意思が揺れそうだったから。
震える脚を叱咤し、怪物に向かって踏み込む。
「グガァァァアア!」
言葉は通じなくとも、殺すという意思は通じるようで、怪物が俺の意思を蹴散らそうと吠える。
ビリビリとした空気が辺りに立ち込める。
それでも負けずに歩を進める。
思い切って、怪物の足元まで踏み込む。
単調に振り下ろされた手をしゃがんで躱し、左に移動しながら握った剣で脚を斬りつけた。
ガリガリと削るような感覚だったが、怪物の脚はたしかに傷つき、血が噴き出した。
「よしっ!」
刃が通った、これで戦える。
俺も、こいつを殺せる。
そう、勢い付けた途端、怪物の左腕が迫ってきた。しかし、速度はなく、とてもゆっくりだ。
一度躱して怪物の体に登る!
確実に後ろに下がって躱す!
「……くそっ」
心の中での考えが一致しない。頭ではわかっていても、長年の行動による逃げの思考がどうしても浮かんでくる。
そのせいで、行動が遅れて怪物の腕はすぐ側にまで近づいた。
仕方なく、盾でガードするが怪物の一撃はさすがに重く、俺の体は一メートルほど飛ばされる。
距離があいたらフリージアが狙われる。
そう思って一気に怪物に駆け寄るがその足取りはひどく重たい。
「くそ、またっ!」
考えと動きが噛み合わない。
中途半端に距離を詰めてしまったため、俺と怪物との距離はちょうど怪物が殴りつけるのに絶好の位置関係になってしまった。
そして案の定怪物は俺を殴ろうとする。
避けるしかない!
咄嗟に判断して右に転がるようにして回避する。
「助けられた、長年の行動に……」
でもそれではいけない。俺は逃げているだけではいけない。
あいつを殺さなくてはいけないんだから。
殴ったことによってできた隙をつき、怪物の後ろに回り込む。
そして、両の膝裏をそれぞれ二回ずつ切る。
しかし、俺の剣はマリの刀ほど鋭いわけではなく、膝裏の筋肉を断ち切るまでにはいかなかった。
怪物が完全に振り返る前に、また移動する。
今度は怪物の大きな股下を通って、怪物が振り返った時、真後ろなるような位置に着く。
そこから、大きく跳躍して首を狙う。
今までで一番手応えがあった一撃は、見事に怪物の首に直撃し、首裏から血が噴水のように噴き出した。
「グググ、グガァァァ!?」
痛みに悶えるようにして、怪物はまだ首元にへばりつく俺を振り払おうとする。最低限の動きで回避して反撃を加える。
そう思ったが、危機を回避しようという感情がまたも動きを鈍らせる。
そして、行動が遅れた俺はまた仕方なく盾を使うが、今回はさすがに怪物の動きが速すぎた。
完全に盾を構える前に怪物の手は俺に直撃し、盾で半分、防具で半分の攻撃を受けた俺の体は簡単に吹き飛ばされた。
飛ばされた体はフリージアの倒れている場所まで運ばれる。
なんとか体を捻って、地面に背中から落ちることはなかったが、高い怪物の背から落とされた衝撃は、先ほど受けた怪物の手に引けを取らない痛みだ。
しかし、そんなことより重大なのは、まだ体が思考と噛み合っていないことだ。
「くそ、どうしたら」
しっかりと体に染み込ませろ。命を捨てても戦う相手だと、すくんでいては何もできない。相手を殺そうとしているんだ。
自分も死ぬ覚悟で挑まなくてどうする。自分の命と引き換えにしろ。
「――よし!」
覚悟を決めると脚の震えは止まり、体も活力を取り戻す。そう思って踏み出した俺の足は、後ろからの声で留められた。
もはや、喋ることすらままならない程の痛手を負っているのにも関わらず、その声の主――フリージアは、俺をしっかりと見つめて言った。
「……アキレアさん。怪物を倒して自分も死ぬなんて……そんな考えをしてはダメ……です。怪物を倒しても、アキレアさんが……死んでしまっては意味がありません」
「フリージアもう喋るな!」
そんな俺の忠告を聞かず、フリージアは続けた。
「アキレアさん、アキレアさんは……自分が思っている程弱くなんかない……私が信じて、私が……私が、大好きなアキレアさんは弱くない!
ただ少し勇気が足りないだけです……勇気を持ってください……アキレアさんは何にも、誰にも負けません……」
それだけ言って、フリージアは、ふっと笑って目を閉じた。
そんな、フリージアの顔を見て涙が溢れたがすぐに涙を拭った。
「ありがとうフリージア。おかげで勇気がでた」
フリージアを背後に怪物を見据える。しかし、意識はまだフリージアの方にある。
「フリージア、必ず生きてお前も助ける」
それだけ言って、意識を完全に怪物に向ける。
もう恐怖はない、足は自然と前へでた。
そして、怪物に向かってすすむ一歩はどんどん加速して、ついには俺の体は走り出した。
怪物が迎撃のために拳を固めているがそんなことは関係ない。
向けられた拳を紙一重でしゃがんで躱し、その二の腕を剣で切り裂く。そのまま横にステップを踏んで右側に移動。怪物の
ゴリゴリとした音が聞こえたが、確実に手応えがあった。
間髪入れずに返す力で、膝裏を持ち上げるように切る。そしてもう一度その軌跡を追うようにし、今度は回転の力を加えてまた膝裏に斬撃を、殴るように叩き込む。
これには、大腿を切った時と違い、確実に筋肉を引き裂いた感触があった。
その感覚通り、怪物は左足を固めたまま、動かず悲鳴にも似た雄叫びをあげた。
「ガァァァァァァァァァァァァァアッ!」
しかし、今はそんな咆哮すらも気にならないほどに集中していた。
固まったままの脚を土台にジャンプ。怪物の顔めがけて飛んだ。
しかし怪物は左足をだけを使い後ろへ後退していた。
俺の跳躍を加えた攻撃は虚しくも空振りに終わった。だけどまだ攻撃の手は緩めない。
俺の追撃に備えて後ろに下がった。つまり、今は弱っているということ。
この好機を見逃す理由はない。
着地する前から足を屈め、すぐに前へ出れる体制をとる。そして、着地と同時に怪物の方へ駆け寄る。
怪物はまだ体を屈めたまま立ち上がっていない。
だが、俺が近づいたと同時に怪物はのそりの立ち上がり、右拳を固めはじめた。
さっきの弱ったような行動は囮か!?
そう気付いてももう遅い。逆に今止まれば怪物からすれば、絶好の的だ。
だから俺は逆に走る足に力を入れ、左手に持った盾を強く握りしめる。怪物の拳が俺を捉える瞬間、俺は左手の盾で怪物の拳を受け止める。
大きな鉄球でもぶつけられたかのような、衝撃が盾を伝わって左手、そしてそこから全身へと響かせる。
「ぐっ……! くそ、このやろう!」
俺は左手から盾を離して、怪物の腕へとよじ登る。そのまま腕を伝って怪物の肩付近まで辿り着いた。
よじ登る人間を煩わしく思い、怪物は左手で握った拳を自分の肩目掛けて打ち付ける。
その拳を喰らう寸前で肩から跳んだ。
「うおおおおおぉぉぉぉぉっ!」
右手の剣を固く握り締め、怪物の首筋目掛けて振り下ろす。
「俺の全力だっ! 喰らいやがれ!」
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