第17話 感情――懺悔
船を使って戻る行路は約二日間にわたって続いた。
今まで巡った場所をぐるりと回りこむようにして、海を渡る。
船の番をするのと、休むことを交代で行い、自分の時間が過ぎれば交代の声をかける。
その時しか会話はできなかった。
その時以外会話はできなかった。
岸にたどりつき船を降りる。船は近くの岩にロープでくくり付けた。きっと誰かが見つけていつか使われる日がくるだろう。
振り返えってフリージアを見る。
「それじゃあ、私はこれで……ありがとうございました。私のわがままに付き合ってもらって」
「いや……いいよ、それじゃあ」
「はい……」
最後に何かフリージアが何か言いたそうにしていたが、その言葉を遮るように踵を返して歩いて行く。
ここで振り返ってはいけないような気がした。
ここで振り返る資格は自分にはない。そんな気がした。
岸から小屋に行くまではいつも通っていない道を通ってみた。なんてことはない。ただちょっと自分を変えてみようと頑張ってみただけだ。
だけど、最終的にはいつも通りの道を歩んでいる自分に、腹が立った。
小屋のドアを開き中に入る。
いつも通り防具を取り外し棚に置く。
その時、そう言えば防具が新しい事に気付いた。少し前にフリージアが俺に持ってきた防具だ。王家の旗が焼かれて消されている。
つい最近の事なのに随分と昔のことのように感じる。
ベッドに寝転がり、天窓から見える星を眺めて思い出す。
そう言えば、明日は三日目だった。また明日は怪物と戦うのか。
「明日はマリみたいにできたらいいのにな……」
思わず、声に出してしまったことに、とてつもなく恥ずかしくなる。マリのようにって、もう諦めたんじゃないのか?
まだ、変われるとでも思っているんだろうか?
本当に未練たらしい奴だ。そんな自分が嫌になった。
何をすることもなく、その日は過ぎていった。またもや止まった時間に逆戻りだ。
本当に、繰り返している。
久しぶりに家のボロいベットで寝たが、俺の体は随分と愚鈍なようで、まったく気にせずに眠ることができた。
むしろ、快適と言えるほどに体は軽くなっていた。
いつものように天窓から空を見上げる。
時間は八時と少し遅いが、今日はむしろ遅くても充分に体力を回復しておきたい。なにせ、船の上で揺られていたから感覚は狂うが、今日は三日目だ。
正直なところ、船に乗っている時に怪物との戦闘なんてまずできるはずがない。
そこは、怪物と戦ったあとすぐにあの街をでてよかったと言える。
身支度を整えて扉を開き、例の伝説の地を目指す。
そこへ行く途中にフリージアが山に登っているのが見えた。少し話をしていこうかと迷ったが、そんな考えは捨てて俺は山に登る。
その足取りはなぜか、少しだけ速まったように感じた。
伝説の地に着いた。フリージアはここまで来るだろうか、来るかもしれない。
俺がここに来ていることは、きっとわかるだろう。
そして、フリージアならここへ来て俺に会おうとする。
その時俺はなんて言えばいいのだろう、どうすればいいのだろう。
怪物と戦えばいいのだろうか、それがフリージアの望んでいることなんだろうか、望んでいても俺にそれができるのか?
できない。
自己分析をするまでもない。きっと俺はできない。今までもこれからも、できなかったから今まで繰り返してきたんだ。
ふと、無意識に視線を山へと登る道の方へ向けてみる。
すると、それと同時にフリージアが山を登ってきた。
「あっ!」
フリージアもこちらを見る。
「フリージア……」
「すみません。邪魔になるかと思っていましたけど、来てしまいました」
フリージアはどんどんこちらに近づいて来る。
「でも、私には言わなきゃいけないことがあるんです」
「いい、慰めなんて別に欲しくない」
「慰めなんかじゃありません。たしかに私はアキレアさんのことを慕っていましたし、尊敬もしていました。だけどそれは、あんなことで薄れるほどのものじゃないです!」
あんなこと、つまりフリージアは俺がマリと言い争っていたことを見ていたというわけだ。
「それに、実は私もすごく不安でした。はじめてあった時も自分のことをひた隠しにして、アキレアさんに近づいていったのに、自分だけアキレアさんのことを知ってもいいのかって、ずっと守ってばかりの自分なのに一緒に旅をしてもいいのか、自分がここにいてもいいのかわからなくなってしまいました」
俯きながらフリージアはまるで懺悔でもするかのように呟いている。
その様子を見ていると、無性に自分が許せなくなってくる。きっととてつもなく苦しいんだろう、きっと抱えきれない想いが張り裂けそうなんだろう。
こんな小さな体でそれを全部担おうとしている。だけど自分はそれを助けるどころか声をかけることもできない。
そんな自分が、ひどく
「そんなことはない。俺はフリージアが何かを隠していても、それは……それは俺だって同じだ」
そう、俺だって同じだった。ずっと自分が思っていることも言えずに、フリージアにどこかへ行かれるのを嫌って、何も言えなかった。
「ええ、私もアキレアさんが何か思っていることがある事は、なんとなくわかっていました」
「……じゃあ、どうして」
「だって、そんなの聞けないじゃないですか……自分のことは言わない癖に相手のことだけ聞き出そうなんて、そんなのズルです。だから、マリさんとの会話ではじめてアキレアさんの本当の気持ちを知ることができたって嬉しかった。でも、同時に思ってしまいました」
語りながらも、フリージアの目で僅かながらせき止められていた雫は、零れ落ちてあっという間にフリージアの顔を埋め尽くした。
「なんて……なんて、卑怯なんだって、自分が何も言わずに相手のことだけを知れたことに嬉しいと、相手のことを知れたと勘違いをした自分が……そんな自分が許せなかった。ごめんなさい、アキレアさん……ごめんなさい……」
違う、違うんだフリージア。俺だってそうだ、俺だって自分のことを話せなかった。自分から言いだすのが怖かった。
だから、ずっと願っていた。お前から言ってくれるのを、だってそうすればお前は受け入れてくれると思っていたから。
だからそうやって、自分を責めないでくれ。
そうやって、泣かないでくれ。
そうやって、俺に謝らないでくれ、そんなことをされたら俺はどんな顔をすればいいんだ。
「……だから、今日までずっと考えていました。どうするべきか、どうすればいいのか、そして自分なりに答えをだしました。本当の、自分が言うべきことを伝えるって決めました、私は、私は――」
フリージアの言葉を遮るように、それは突如に姿を現し、咆哮をあげた。
「グオァァァァァァァァ!」
気づかなかった、真上からその咆哮が聞こえるまで。
怪物が急降下して、俺の背後に降り立つ。
急いで振り返るが、遅かった。
怪物はすでに腕を振り上げ、爪を剥き出しにしている。目の前の人間を殺すために。
鋭く尖った爪が俺に向かって振り下ろされる。
が、俺の体に傷はなかった。
しかし、それは運良く怪物が狙いを狂わせたわけでもなく、俺が怪物の爪を躱したわけでもなかった。
「あっ、あ……うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
左腕を怪物の爪に引き裂かれ、血塗れになったフリージアがそこにはいた。
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