第1話 プロローグ~勇者の誕生~
ある所に、世に突如としてそれは降りたった。それは人々を恐怖へと陥れ人間はそれを怪物と呼んだ。
そして、その怪物と戦う運命にある男が一人、人々はそれを勇者と呼び、その男は一人怪物へと戦いに行くのであった。
初代国王
アレクサー・X・グレイス著「戦闘記」より
閑静な住宅街の一角。場違いとも言えるような白色で塗られた病棟から赤子の大きな鳴き声が響いていた。
名前も知らぬピンクの花が揺れる病室で、たった今生まれた赤子を手に取り、その両親であろう二人の男女が幸せそうに優しい笑みを浮かべている。
「……あなた生まれたわよ」
「ああ、そうだな……」
そんな幸せそうな夫婦の傍らで赤子を取り上げた医師は、不思議そうに赤子をまじまじと見つめていた。
「――先生、どうしましたか? この子をそんなに見て」
「いえ、少し不思議な眼をしていると思いまして」
「眼? ですか」
「確かに、少し不思議な眼ですね」
子供を産んだばかりの妊婦がその赤子の煌びやかに光る青い眼を覗き込む。
「でも、とっても綺麗」
「ああ、確かに不思議だがちゃんと俺たちの子供だ。ほらこの眉毛なんてお前にそっくりだ」
「そういうあなたも、このちょっとしたつり眼はあなたにそっくりですよ」
「ああ、そうだな」
そんな和やかな雰囲気を壊すように突如、地響きが響く。
「な、なんだ⁉ 地震か?」
「分かりません。外の様子を見てきます」
そう言って出ていった医者は外に出たかと思うとすぐに戻ってきた。その顔は恐怖に満ちていた。
「どうしたんですか?」
「逃げてください!」
「何があったんですか!」
「怪物です。すぐ目の前に怪物がおりました」
「なんですって!」
「まずい、早く逃げないと」
「ここの扉は駄目です。そっちの勝手口から外に出てください!」
そう医者が指さした方に赤子を抱えて急いで向かうその夫婦は次の瞬間、絶望を味わう。
外にいた怪物はわざわざ人間が出てくるのを待たず、その出産を行った病棟の屋根を引き剥がしたのだった。
そして医者が怪物と形容し、一般にも怪物と言われているそれが姿を現した。
それはおよそ人間の五倍はあろうという肉体と人間体重の十倍以上はあるであろう体重。そして禍々しい気配を放つドス黒い表皮、背中には翼が折りたたまれている。
「ひっ!」
「大丈夫だ、安心しろ。すぐに兵士がくる」
夫が言うと、その通りすぐに三十人ほどの兵が駆け寄ってきた。
「お願いします。あ、あれが!」
「落ち着いてください。とにかく今は逃げてください」
「はい!」
夫婦はこどもを大事そうに抱えながら必死に走るが、怪物は建物を薙ぎ、倒壊させ道をふさいだ。そしてさらに先程引き剥がした屋根を力任せに地面に叩き付けた。
「くそっ、怯むな! 何とかして動きを止めろ!」
「脚を狙え、脚を!」
「まずは住民の避難を優先しろ!」
様々な兵の声が飛び交う。そして兵は必死に怪物の動きを止めようと脚を狙いに行くが、途中でその剛腕に吹き飛ばされるか、たどり着いても槍で突き刺した脚に怪物は目もくれず、ただ纏わりつく兵を鬱陶しそうに掃っていった。
そして住民の避難が完了しさらに兵の数はさらに増えその数は五十以上になっていた。
しかし、それでも怪物を止めることはできなかった。
そして。
「あ、あの……」
瓦礫の下から聞こえる声にそこにいた兵は驚き、その声のする方を凝視した。
そこには先程出産した子供の母親が怪物の投げた屋根に下半身を潰されていた。
しかしその腕には赤子がしっかりと抱きかかえられている。
「お願い……私の命はもうきっと長くない……夫も屋根に潰されてしまいました」
「…………」
「だから、だからお願い……この子を預かってほしいの」
「……」
「お願い!」
「分かりました! 必ず、この子の命だけは守ります!」
「ありがとう……あぁ、愛しい我が子よ、あなたの名前はアキレア。アキレア・ライリーよ……強く、誰よりも強く生きて…………」
「大丈夫ですか? おかあさん、大丈夫ですか?」
「…………」
「あっ……任せてください。お子さんは必ず、何が何でも守り抜きます」
そう言って生まれたばかりの赤子を抱えて、ただただ走った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます