第98話【心の余裕】


 「よし!とりあえず男子は決定だな。じゃあ改めて聞くが、女子で実行委員をしてくれる者はいるか?」


 「..........。」

 そうだ。思い切って行動してみたものの、そこらへんはどうなるのだろうか。


 個人的には山本とかアリスが手伝ってくれたら........嬉しいし助かるけど。


 でもちょっとやっぱり、都合よく考えすぎか.......。

 何だかんだでまだ実際はそこまでの関係でも


 「はい!私やります!」

 「わ、わたしもやってみたいデス!」


 そしてそうこう考えている俺の目には今、先生に向かって高々と手を挙げている山本とアリスが映り込む。


 「.........。」

 

 正直、この状況は素直に嬉しいな。


 何だかんだで誰も手を挙げてくれなくて、すごく気まずい空気になってしまう可能性も普通にあった。いやその可能性の方が大きかった。実行委員なんて正直めんどくさいだろうし。


 でも実際は二人も手を挙げてくれている。やはり嬉しい。


 「おっ、二人もか。いいぞいいぞ。すんなり決まりそうだ。良い積極性だぞ!」


 それに先生の言う通り本当にすんなり「ちょっと待った。俺が行く!」


 いかなかったな........。

 俺の耳にはあいつの声が聞こえてくる。

 もしかしたらと思っていたら、もしかしたらだった。


 「なんだ榊、男子は間宮で決定しただろうが。」

 そうだ。俺で決定したはずだ。誰もさっき俺以外は手を挙げなかったはず。


 「いや、どうかんがえても無理でしょ。間宮には。だってコミュ障っすよ。コミュ障ー。はっはっは」

 「確かにその通り。はっ急に何やる気みせてんだよ。あいつ。」

 「陰キャ、陰キャ。」


 気がつけば榊のその言葉に、周りの取りまきが汚い笑みを浮かべている光景が教室には広がっている。


 またこのパターンか。

 ほんと糞だな。


 でも、何故か不思議とあまり以前の様にはその状況にムカつかない。

 何故だろうか。


 「おい!榊、そんなことを言うんじゃない!間宮がせっかく積極的になっているんだぞ!怒るぞ。」

 「はぁ? 積極的でも結局はコミュ障には無理でしょ」


 そして先生の言葉にもそう言って反抗し、尚も俺のこと罵倒し続ける榊。

 

 「おい!間宮。俺と代われ!って何だよその面。あ?」


 それはこっちのセリフだ。俺は至っていつも通り。


 って、いつの間にか榊が俺の方へと向かってくる。


 「おい、お前まじでどうした。あ? もしかして夏休みが終わって新学期デビューとかをかまそうとしちゃってる? はっはっは、青春漫画とか読んじゃった系? まっ、とりあえず君は陰キャだから無理すんなって。な! だから今回は実行委員俺と代わるよな?」


 そしてそう言って慣れ慣れしく俺に肩を組んでくる。

 

 「いや、代わらないけど。」


 不思議と思っていることもすんなりと口から出てくるな。


 「あ? お前まじ調子こいてんじゃねぇぞ。」

 

 はぁ.....本当にこいつはクズだ。調子のっているのは明らかにお前だし。

 今も先生には見えないように俺の胸倉を掴んですごんでくる。


 でもわかった。うん。

 俺がこいつの言葉や行動にあまりムカつかなくなった理由。

 何というか、なんで俺はこんな奴に引け目を感じていたんだろうか。

 なんでこんな奴の顔色を窺って生きていたのだろうか。


 うん。心に余裕ができたからかな。こいつやっぱり全然対したことないな。普通にさっきからそう思えてしまう。


 とりあえず俺は自分の襟元にある榊の手首を掴む。


 「あ? なんだよ....ってぐ........」


 ほら、やっぱり大したことない。ちょっと力を入れただけでこれだもんな。


 「テ、テメェなにふざけ.....ちょ、は、離せや........」

 「.........。」


 「お、お゛い、て、テメェ.......ま、まじで」

 「.........。」


 「ちょ.....ぐあ....ちょ.....い、いた..おま....まじで。あ、あ゛あ゛あ゛」


 「お、おい!何してるんだ。」


 あぁ先生もようやく気が付いたか。

 まぁそりゃそうか。怒り狂った榊が俺に膝蹴りとか入れてきてるもんな。

 泣きながら。


 まぁ俺は離さないけどな。

 

 「「お、おいコラ。何してんだテメェ!」」


 んで次は榊の取り巻きの守谷と高砂か。

 こいつらもこいつらで、耳元でうるさいな。

 

 「おい!お前ら何してる!」

 そしてそう言って、最後は気が付けば俺達にすごい形相で近づいてくる先生。


 でも、申し訳ないけど俺はこのままあんたにこの状況をすんなり止められるつもりはない。

 すんなりこの状況を終わらすのは俺自身だからな。


 「うぐ......」


 うん。終わった。

 

 榊はもう俺のもとにひざまずくように倒れている。

 さっきまでイキリにイキっていたくせに今はクラスメイトの前で自らのお腹を押さえてうずくまっているだけ。

 顔を真っ赤にして悔しそうにまださっきの痛みに涙を流してやがる様。


 ほんと何で俺はこんな奴等に引け目を感じていたんだ。

 本当に。


 気が付けば周りがすごくざわついている光景も俺の目には入ってくる。


 さっきまで俺のことをバカにしたような目で榊たちと一緒に笑っていた奴等も今は鳩が豆鉄砲を食ったようなまぬけ面。

 高砂と守谷も俺の顔をみながら今は沈黙している。こいつらは榊に一発入れて睨んだら黙った。

 

 「お、おい。間宮。ち、ちょっと後でとりあえず先生と話そうか......」

 「はい。」


 明らかに俺は正当防衛だし、先生も俺を怒るに怒れないだろう。

 先生には厄介ごとをつくってしまって申し訳ないし、暴力は駄目だとはわかっている。でもさすがにちょっともう、こんな奴にこれ以上やられっぱなしは癪だった。


 とりあえずまぁ.......俺は今までのような学校生活を送るつもりはもうない。


 「......。」

 

 あと、あんまりそいつを撮ってやるな。


 田中君.......。


 

 

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