第63話【夏休み ADバイト⑦】


 くそ......。

 目の前の高宮兄弟とかいう二人組はもう完全に戦闘態勢。


 こいつら相手に俺一人か。

 やっぱりきついだろ......これ。

まじでやってくれたな田中君.......。


 唐突に飛び出していった田中君のせいで、俺はいまだに目の前の状況をあまり理解できていない......。


 でも正直、無駄な争いはやっぱり極力さけたいところ.......。


 「おい、ちょっと待ってくれ。一旦話あ......」 


 って、グハッ!


 「あぁ?なんて? 聞こえねぇよ僕ちゃん。」


 くっ.........

 もしかしたらと思ったけれど、やっぱり見た目通り話が通じる相手ではないということか.......。

 いきなり顔面にグーパンとは........。


 今も目の前にいるチンピラは、舌をだして俺を挑発している様子。


 くそ........口の中が鉄の味。


 というか、普通にADのバイトに来たはずなのにまじでなんでこんなことになっているんだ......。


 それに.......チッ、何を笑ってやがる七光り。


 「オラ、もういっち........え?」


  ガラガラガラガラ、ガシャーン


 「グッ.....く.......な、........テメェ」


 「おい、正志!まじか.........な、テメェ。」

 

 くそ.......

 さっきのお返しに完全に顔面の芯をとらえてやったと思ったんだが.......やっぱりまだこれでは終わらないか。

 見る限りまだ動けそうだ.......。


 「へっ、見かけによらず、ちょっとはやるようじゃねぇか......何かやってんのか?」


そして気がつけば兄と思わしき方のチンピラも、もはやさっきとは俺を見る目つきが違う様子。


 ほんとに気が抜けないな.......。逆にあいつらに火をつけてしまった。

 形振りかまってられないし、俺も本気でいかないとやばいなこれは........。


 となると、このフレームのでかい眼鏡も呼吸を妨げるマスクも邪魔だ。

 俺は自らに身に着けていたそれらの物を静かに田中くんに......。

 前髪も.....邪魔だな。

 ちょうどいい.......。俺は仕事で使っていたポケットに入っている輪ゴムで髪をしばる。


 「え?」

 そして何故か柊さんがそんな俺の方を向いて驚いた顔をしているが、今はそんなことはどうでもいい。


 今は只、このよくわからない状況を切り抜けたい。


 ほんと.....前にもこんなことあったよな。

 というか本当、ぼっちになってから碌なことがないな.......。


 そんなことを考えていると、いつの間にか俺の目の前には屈強な拳


 ッツ........


 な、何とか避けきれたか.......。

 さっきは眼鏡のフレームが邪魔して避けれなかったけど、これなら何とかいけそうだ。

 

 それにしても.......今の速さ。

 やっぱりただのチンピラじゃないな.......。


 「おい、まじでお前何もんだ。しかもモブからいきなりイケメンにメタモルフォーゼときた。面白れぇ」

 そう言ってさっきの弟と同様、舌をだして俺に汚い笑みを向けてくる高宮兄。


 イケメン.....?

 何をふざけているんだこいつは。


 「オラッ」

 そして間髪置かずにまた奴の拳が飛んでくる。


 「.........フンッ」

 俺は奴のその拳をまたギリギリで避わしてカウンター。


 「グッ.......まじで何もんだテメェ。」

 

 俺のパンチは当たるようだな......。

 どうやら思っていたよりも.......個々の力はそんなにか?

 拳の速さも、よく見ればそこまで.....。


 そしてそんなことを考えていると、また唐突に別の声が俺の耳には聞こえてくる。


 「兄貴。俺まじムカついた.......。そいつ滅茶苦茶にしてやろうぜ。」

 く、もう完全復活か。

 ここからが正念場。

 さすがにこいつら二人を同時に相手はやっぱりきつい。


 ほんと、何でこんなことに俺は巻き込まれている。

 まぁ.......あのまま柊さんを放っておくよりは全然いいけど。


 ちょっと暴走しすぎだろ........。田中くん。


 「へっ、バカ野郎。ここは俺にやらせろ。こいつ面白ぇよ。」

 「あ?何言ってんだよ。あに.......」

 

 「おい、俺の言うことが聞けねぇのか。」

 気がつけば、そう言ってものすごい形相で弟のことを睨んでいる高宮兄。


 「チッ、わかったよ。兄貴」

 何かよくわからないが......。

 こっちにとってはこれ以上ない好都合。


 何でだろうか........。一応格闘家としての彼なりのプライドとかでもあるのだろうか。


 って.......ツッ


 グハッ........


 くそ.........

 まだこの男もエンジンが掛かりきってなかったってわけか。


 不覚にもまた一発くらってしまった.....。

さっきよりも早くなっているようだ。


 正直.........殴り合いはやっぱり好きではないけれど、何か今の俺は柄にもなく興奮してしまっている様。

 こんな感覚........。いつぶりだろうか。

 山本の時とはちょっと違うな......。

 

 夏休みってこともあり元々俺はちょっとハイになっている部分もあるけれど、何というか........柊さんとかは関係なしに、俺は目の前のあいつに何故か気持ちが高揚してしまっている。


 面白い、やってやるよ。


 オラァッ


グハッ、ドゴッ、バキッ、ベコッッ........


 ______そして数分間の攻防の後。


 ハァ...ハァ、ハァ。


 俺の前には.......静かに高宮兄が転がっていた。


ハァ、ハァ、ハァ.......。


 「テ、テメェ、兄貴を......まじで潰す!」


 ハァ、ハァ

 まじか.......でもそうだよな。弟とも...ハァ、ハァ.....やるしかないよな。


 って.......ん?


 しかし、そんなことを思いながら息を整えて再び臨戦態勢に入る俺に、いきなり床からは男の声。

 

 「ハァ...ハァ.....正志。やめとけ。俺らの...ハァ、負けだ。俺でこれだぞ.....お前じゃ無理だ。それに....ハァ、ハァ、こいつのあんなしょうもない趣味につきあう為にこれじゃあ割にあわねぇ.....ハァ、ハァ、おら、帰るぞ、肩貸せ、正志。」


 「いや、でも......兄貴」

 「おい!......俺の言うことが聞けないのか.....」


 「くっ......わかったよ。」


 そう言って兄の事をいとも簡単に背中に担ぐ高宮弟

 俺のことを鬼の様な形相で睨んでいる......。


 「お、おい!ちょっと待てよ。お前らに何の為に金を払ったと思てるんだ。こいつを潰せよ!おいコラァ!沙織とはまだ何もできてねぇぞ!」

 

 すると今度は唐突にドラ息子である武梨の喚き声も聞こえてくる。


 「あぁ? 返せばいいんだろ。返せば。チッ 全てにイラつくぜ」


 しかしそう言って札束を数枚床へと投げ飛ばし、下へ降りる階段の方向へと立ち去っていく高宮兄弟。


 「くっ.......糞が。意味わからねぇ!」

 そして更に喚き散らし地団太を踏む武梨。


 よくわからないけど終わったのだろうか......。


 「おい、もういいとにかく来い!沙織。」

 「い、嫌!」


 って........まだか。

 俺の視界には強引に柊さんの手首を掴んで目の前の部屋へと引きずりこもうとする武梨。

 

 はぁ.......。


 「い、痛ってぇぇぇっ、は、離せぇぇぇ。テメェェェ」


 「じゃあまずお前がその手を離せよ。お前も同じことしてんだぞ。」

 俺はそう言って奴の手首をありったけの力で掴む。


 「こ、こんなことしてタダで済むと思ってんのか......お前ッ」

 「こっちのセリフだよ。」

 お前のせいでこっちは口ん中とか傷だらけ。

 あとお前の顔を見ていたら榊の顔を思いだす。

 その口先や恰好だけでほんとは弱いところもな.......。


 「い、痛てっててててて、わ、わかった。離す、離す、ってか離したから!」

 そう言って半泣きになっている武梨の右手は確かにもう何も掴んでいない。


 「おーい。沙織ー!どこだー。どこにいる沙織ー!」

 すると今度は遠くから聞いたことのない男の声。


 「マ、マネージャー......」

 そうか。ようやく来てくれたのか......。

 やっぱり、マネージャーはさすがに自分のところのアイドルは大事だよな。

 ちょっと安心した......。


 「チッ、おまえらクビにしてやるからな。覚えておけよ。あと沙織も.....覚えておけ。お前らが喚いたところで親父が全部揉み消してくれる」

 そして俺の目の前には尚もクズがいる。


 「おい、田中君........あれ。」

 

 「うん。おい、ドラ息子。今日のことは全部スマホで撮ってるからな。あいつ等に金を払ってさおりんに何かしようとしたことがわかるさっきの発言もね。別に揉み消してくれるのは結構だけど、次に彼女に何かしたらどうなるか......。わかってるよね。」

 そう言って田中君はその動画が流れるスマホの画面を奴に見せつける。

 田中君に念の為に撮らしておいてよかったな.....。

 こういう榊みたいな奴は口を開けば余計なことを必ず話すからな......

 

 「く....く、糞ぉぉぉぉぉ」

 「あと、彼女以外にも変なことしてみろ......。その時は覚悟しておけ。それに俺達はそもそもADではない。只の一時的なバイトだ。勝手にクビにしろ。」

 特にあいつに手を出してみろ。

 俺もどうなってしまうか自分でもわからない。


 「糞、糞、糞ぉぉぉぉぉぉ」


 はぁ........自分の思い通りに行かなければすぐ癇癪を起こすって子供かよ。

 まぁ.......子供か。


 俺何て、高校生活何もかも思い通りにいかないってのにな........。

 はぁ.........。


 そしてそんなことを考えているといつの間にか奴は廊下を暴れながら走り抜けて行く。


 はぁ.........なんだったんだまじで。

ほんとに疲れた。もうため息しかでない。


 柊さんを探すマネージャーの声もだんだんと近くなってくる様。


 「田中君。後は頼んだ。今日はもう駄目だ。早退するってお兄さんに言っといて」


 面倒なことには巻き込まれたくないし、ほんとしんどい。

 

 そう言って俺も、静かに下の階に降りる階段がある方へと足を進める。


 「ま、待って!」


 そう背後からは彼女の声が聞こえてくるが俺は絶対に止まらない。

 これ以上ここにいてもまた何か面倒に巻き込まれる予感しかしないからな.......

 もし問題になってみろ。

 夏休みに学校に呼び出されるなんて絶対に嫌だ......。


 こんな無責任なことはしたくないけれど、ほんと今日の早退はさすがに仕方ない。


 まぁ.........それよりも高宮兄の言っていたあいつのしょうもない趣味って一体何だったんだろうな

 

 もしあいつの趣味が赤ちゃんプレイとかだったらちょっと笑ってしまうけど。

 癒し系トップアイドルにあやしてもらいたいが為の暴走......ってそんなわけないか。


 まぁ、とりあえずあの様子だとさすがにあいつももう悪さはしないだろう。


 あと、何故か今日の俺はあいつとの勝負に確かに気持ちが高揚してしまっていたな.......。

 やっぱり俺は心の中ではまだボクシングを..........。


 「......。」

 

まぁ.......そんなことより早く帰ろう。


 はぁ.......ほんとADって大変だな。


 まだ契約期間は少し残ってるけど.....。

 まじでもう辞めたい........。


 はぁ......ってかよく考えたら今日の俺、仕事としては何もしてないな。


 まじで意味わからんなAD。 


 あと、まじであいつが特別おかしかっただけだよな。

 頼むからそうでいてくれよ........芸能界。


 でないと楽しんでテレビが見れなくなるからな.......。


 はぁ.......。

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