第4話 【嘘つき】

 ガラガラガラガラ


 俺がぼっちスキルである机の上で寝たフリを発動している最中に、いきなり教室のドアが勢いよく開かれて大きな音。


 そしてその音にびっくりした俺は、自らの顔を少し机の上から持ち上げて状況を確認。

 

 するとそこにいたのは隣のクラスの渋谷ありさ.......。


 今、俺の視界に映っているこの黒髪清楚な超絶美人は、この学校の有名人。

 もちろん俺は関わったことがない.......。


 正直、関わりたいとも思わないけど.......。

 まぁ、関わりたくても関われないのだろうが......。


 そしてこの渋谷ありさも、うちのクラスの山本サヤと同等の人気を男子から浴びるクラスもとい学年トップカーストの人間だ。


 当然、やはり自分とは関わることのない人種だと、静かに俺はもう一度頭を机の上に沈める......。


 「このクラスで昨日、不良から私の弟を助けてくれた人がいるみたいなのだけど、誰?」


 そしてすぐに気の強そうな凛とした女性の声が俺の耳には聞こえてくる。


「クラスバッチでこのクラスの人だということはわかってるんだけど、弟が名前を聞く前に立ち去ってしまったみたいでね。早く出てきなさいよ。」


 やはりすごいな......。この場面でも命令口調.......。

さすがはお嬢様だ。ほんとかどうかわわからないが、どこかの大企業の令嬢だという噂が出回るだけはある。

 ただ、俺はこういった気の強そうな女性はちょっと......いや、かなり苦手だ。

まぁ、山本同様にとてつもない美人だから男人気は半端ないのだが、彼女は山本とは真逆で基本的に一切男を受け付けない。

 告白をした男が何人も無残な断られ方をして寝込んでいったという噂もある。

 やっぱり苦手だ.......。


 シーン...........


 しかし、教室は静まりかえり誰の声も聞こえてこない。


 でも最近、ここらへんも物騒だよな......昨日、普通に俺も絡まれたんだよな......。

 そんなことを思っていると沈黙を破り、声が遠くから聞こえてくる。


 「俺かもしれません。」


 気になった俺が再び顔をあげると、そこには格好をつけたドヤ顔で自信満々に手をあげている榊。


「あなたが弟を助けてれたの?」

 そう言って渋谷さんは榊をジロジロと凝視している。


「ほんとにあなた?」


「はい。俺です。」


「ふぅん。もしそれが本当なら、それはどうも。褒めて遣わすわ。」


「別に俺にとっちゃ対したことないっすよ、あれぐらい余裕っす」


 榊は彼女に顔を近づけられて完全に鼻の下を伸ばしている.....。

 正直気持ち悪い。


 俺は絶対にあんなにだらしない顔は生涯したくない.......。


 ただ、そんなだらしない顔をしている榊も、実はイキってるだけではなく本当に強かったんだなと悔しくも俺は榊の評価を改め直す。


 「お礼としてあんたの願いをひとつ聞いてあげるけど、どうする?」


 って........神龍かよ。

 彼女は腕組みをしながら榊のことを尚も凝視している。


 「ほ、ほんとですか。な、なら俺と友達になってくれませんか」

 まだ榊の鼻の下は伸びている。

 そこまで伸びるかってぐらい伸びている。


 「まぁ、しかたわないわね。.......わかったわ。」

 

 「な、なら今日、親睦の印にカラオケとか.......」


 「はぁ......まぁ、今日だけなら行ってあげてもいいけど。今日だけなら。」


 「よっしゃぁぁぁぁ」

 俺の視界には喜びで舞い上がっている榊。


 「でも......もう一度聞くけれど、ほんとにあなたなのよ......ね?」

 渋谷さんは怪訝そうな顔で首を傾げている。


 「もう、疑いすぎですって。俺です俺です。だからカラオケ行きましょ。ね?」


 「ま、まぁ.....」

 

 「もちろん、サヤたちもカラオケ行くよな」


 「今日は盛り上がろうぜぇ」

 テンションが上がりに上がりきった榊が山本たちをもカラオケへと誘いだす。

 

 「「「今日は盛り上がろー」」

 気付けば山本の女友達たちも場の雰囲気にテンションが高くなっているようだ......。

 榊たちの周囲の人間はすでにもう教師に怒られるぐらいのドンチャン騒ぎ。


 当然山本の口から出る言葉もこの流れから予想できる.......。


「ん~、今日は遠慮しとく。私の分も楽しんできてね」

 山本は榊たちにそう言って笑顔を向ける。


 はいはい、行ってらっしゃいって......ん? 遠慮?

 周囲も少しどよめいている。

 もちろん俺もそのうちの一人だ。


 山本はこういった盛り上がった雰囲気の場では絶対に他者からの誘いを断らない女だ......と思っていた。

 いつもの山本ならすぐに了承し、あざとい笑顔を周囲に振り撒く


 榊や、山本の友達たちもそんなサヤを知っている分驚いているようだ。

 しゃべったことがない俺ですらこれは驚く......。


 「まぁ、今日は盛り上がろぉぜー」

 結局、榊がしきりなおして上位グループの面々は楽しそうにはしゃぎなおしていた。


 見ているだけでも疲れるので、また机の上に頭を沈めようとする俺だったが、ふと視線を感じて、チラっとその方向を確認すると、そこには再び山本サヤ。


 目が合った瞬間、またしても彼女はあざとい満面の微笑みを俺に向けてくる。


 意味がわからない山本の満面の微笑みに鳥肌を立てた俺は、またしても無表情を貫き、十八番のぼっちスキル、机の上で寝たフリを発動するのであった。



――――――今、このクラスではカオスが引き起こされている。


 そう。お気づきかとは思うが実際のところ、榊は渋谷アリサの弟を助けてはいない。


 榊が渋谷の問いかけに、誰も応えないことをいいことに渋谷に近づきたいという下心からはったりをかましたところあれよあれよと、自分の良い方に状況が転がっていっただけである。


 実際に渋谷の弟を助けた奴は誰も名乗りでない。根がお調子者で、卑怯な榊はその状況をうまく利用しただけなのだ。


 彼には罪悪感もない。


 一方で実際に渋谷の弟を不良から助けていたのはやはり間宮健人であった。


 しかし、当の本人からすればあの場面では、渋谷の弟を助けようとしたわけではなく自分に降りかかった火の粉を払っただけ。


 人を助けたという意識がそこにはない。


 なので、榊が渋谷の弟を助けたことも別の場所で起こった出来事だと認識してしまっている。


 そこに疑問点はない。


 だから榊の嘘が本当のこととして、通ってしまったのだ。


 しかし、世間はそう甘くはない。


 このカオスはいずれ、解消されることになる。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る