6. 死にたいと言っているうちは死にませんよ

「あーあ」


 和葉さんが机に突っ伏します。


 学年末テストが返ってきたのです。僕が教えだしてから初めてのテストです。当然順位は上がりました。冬休み前のテストでは中の下でした。今回は中の中です。


「あんながんばったのに」


 和葉さんは不満気です。成績の向上度合いが努力量に見合っていないと愚痴をこぼします。


「上位になればなるほどがんばっているのです」


「この先ますます上がりにくいってことですか」


「上を目指すのは辛いことです」


「うん」


「今の成績でも大学には入れます」


「先生がそれ言っちゃうの」


「普通でいいではありませんか」


 和葉さんが唸ります。机に頭を乗せたまま起き上がりません。


「死にたい」


 思わずふきだします。


「ひど。笑われたし」


「失礼。可愛らしかったもので」


「ほんとに死にますよ」


 和葉さんが睨みつけます。


「死にたいと言っているうちは死にませんよ」


 首を横に振ります。


「生きるという本能は強過ぎます。死にたいという欲求だけでは乗り越えられません」


 少し措いてから和葉さんは口を開きました。


「でも死んじゃう人は死んじゃいますよね」


「死ぬしかない。そうなったとき人は本能の軛を脱することができるのです」


「死ぬしかない、ですか」


「他の選択肢を失うに至り、初めて人間は死を選ぶことができます」


「できるって。何かその言い方、ポジティブっぽい」


「優れた知性を持つ者のみが到達できる境地です。秀でているが故に自らを害することができるのです」


「ふーん」


 和葉さんが身を乗り出します。


「何でそんな詳しいんですか」


「数多くの生徒さんを見てきました。中には死を選んだ生徒さんもいます」


 和葉さんが目を見開きます。


「どんな生徒だったの。何で死んだんですか」


「生徒さんのプライヴァシーに関わるお話です」


 指を口に当てます。内緒のポーズです。


 和葉さんは身を引きません。僕をまっすぐに見ます。


「先生はないんですか」


「何がですか」


「死ぬしかないと思ったこと」


 生徒さんの話ができないなら僕の話をしろと。和葉さんはそう言うのです。


「数多くはありません。二回だけです」


「どうしてそうなったんですか」


「僕の受け持ちは英語と数学です」


「え」


「それ以外の授業には別途料金が発生します」


 和葉さんが舌打ちをします。机から離れ天井を見上げます。


「教え子から金とるの」


「生徒さんも一人の人間ですから」


 和葉さんは鼻で笑いました。


「先生、ごまかすの下手ですね」


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