4. 僕たちは親子です

 八百徳のうなぎでお腹がいっぱいです。


 兄は僕をアパートまで送ってくれました。


「授業に遅れないように」


「分かっています」


「もっと相生に顔を出すように」


「分かっています」


 兄が去りました。


 部屋に入ります。車のキーを取ってまた靴を履きます。アパート裏の駐車場にヴィッツを停めています。


 せっかく仕事が決まったのです。伝えなくてはなりません。


 笠井かさい街道を北へ走ります。原島はらじま変電所の辺りで横道に入ります。大きさも年季も意匠もまちまちな家が並んでいます。ブロック塀の前に車を停めます。


 瓦屋根の木造住宅のチャイムを鳴らしました。玄関は木枠のガラス戸です。磨りガラスの向こうに人影が現れます。小柄です。


「僕です」


 声をかけます。人影が動きを止めました。


「奈緒さん。僕です。優二です」


 木枠をノックします。夜分ですので強さには気をつけます。人影は急いで錠を外しました。


 戸が開き、奈緒さんが顔を覗かせます。お化粧をしていません。清楚です。会うのは一ヶ月ぶりです。別居する前は毎日会っていました。


「こんばんは」


「どうしたの。こんな遅くに」


「実は仕事が決まったのです」


「そう」


 奈緒さんが家の中へ振り返ります。


「近々お金を返せます」


「ええ」


「本当ですよ」


「分かってる」


 奥から人の声がしました。聞き覚えのある声です。


 奈緒さんが家の中へ振り返ります。


「来客ですか」


光輝こうきが帰ってるの」


 光輝くんは奈緒さんの息子です。彼の父親は僕です。今は二十歳前後です。東京の大学に通っています。僕の母校よりいい大学です。


「今は学期中なのではありませんか」


「連休中だけね。成人式だから」


 そういえばそんな時期ですね。


「会うのは一年ぶりです」


 開いた戸の隙間から中を覗きます。


 奈緒さんがどきません。首を横に振ります。


「やめて。あの子、優二さんに会ってるっていうと怒るの」


「なぜでしょう」


「赤の他人に金をやるなって」


 光輝くんは大学生です。母方の祖父母に養育されています。この家も祖父母の家です。光輝くんは他人のお金で生きているのです。よくそんな偉そうなことが言えたものです。


 そもそも僕はお金をもらっているのではありません。借りているだけです。返すに決まっています。だからこそ報告に来たのです。


「光輝くんと話をしないといけません」


「いいの。会わなくていいの」


 奈緒さんが首を横に振ります。俯いています。顔が見えません。


「しかしですね」


 奈緒さんが下駄箱の上のお財布を手に取りました。取り出した一万円札を突き出します。


「帰って」


「僕たちは親子です」


「分かってる」


 奈緒さんはもう一枚お札を取り出しました。


「また来ます」


 奈緒さんは何も言いません。


 敷居に差し入れていた足をどかします。


 奈緒さんが戸を閉めました。錠を落とす音がします。磨りガラスから人影が消えました。玄関が暗くなります。


 ヴィッツに乗ります。アクセルを踏みます。大きな通りに出ます。


 夜でも開いているスーパーマーケットに寄りました。買ったのは大きなローストチキンとシャンメリーです。


 食べきれませんでした。よいのです。これは就職祝いです。自分へのご褒美なのですから。


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