死にたがりの聖女に幸せな終末を。//Days After Daydream

西塔鼎

死にたがりの聖女に幸せな終末を。//ReView

■out of memory・1943/XX/XX

     ■


 帝都ノイエスフィール某所の孤児院、その一角。

 補修跡の目立つおんぼろの温室庭園の中――中央の白いティーテーブルに置かれた一枚の携帯端末を、数人の少女たちが囲んでいた。


「ねえねえく―先輩。これ何?」

 そう声を上げたのは綺麗な長い金髪がまぶしい長身の少女、六花。彼女の問いかけに、少し背の小さい薄桃色の髪が特徴的な車椅子の少女――「く―先輩」こと九重が答える。

「先生の診療端末です。あの人ってば、こんなところに置き忘れていたみたいで」

「珍しいですね。先生、そういうところはマメそうなのに」

「どうかしら。案外抜けてるところあるわよ、あの人」

 口々に言ったのは真っ赤なマフラーが目印の三七守と、九重の車椅子を押している眼鏡の少女、八刀。そんな皆の視線が集まる中、六花が再び口を開く。

「先生の端末かぁ。そういえばこっちに来てからも毎日、私たちのこと記録してくれてたよね」

「体のことも、そうですけど。たまたま話したなんでもないこととかもよく覚えてて、先生はすごいなって思います……」

「そういえばちょっと前、眼鏡を新調したらその日の朝には気付きやがったわね、あの人……」

 思い思いに呟く彼女らの視線が、そのうちにやがて、九重が手にした端末へと注がれる。

「……どんなこと、書いてあるのかな」

「ちょっと、興味あります……」

 控えめな様子で、けれど明らかにその青い瞳に好奇心をたぎらせる六花と三七守。そんな二人をたしなめるように、八刀が眼鏡を正しながら口を開く。

「ダメよ、二人とも。勝手に見ていいものじゃないでしょう」

「そんなこと言って、八刀さんも興味おありなのでは?」

「九重!? わわわ私は別に……」

 にやにやしながら問うてきた九重に慌てた様子で八刀は否定の言葉を突き返す。

「そもそも、いくらなんでもロックが掛かってるでしょう。見ようと思ったって、開けないはず……」

「……む、たしかに」

 言いながら九重が端末の電源を押すと、なるほど指紋認証などこそ設定されていないものの、パスワード入力のための文字盤が表示されている。

「ほら、見なさい。分かったら、ちゃんと先生の部屋に――」

「パスワードですか。なるほどこれは腕が鳴りますね」

「ってちょっと九重、人の話を聞きなさいって……」

 そんな八刀の制止もなんのその。九重はぽちぽちと端末の電子キーボードに触れて何やら入力していく。

 結果は――当然のことながら、不一致だった。

「むう。先生のことですから絶対に『A-009』をパスワードにしているものと思いましたのに。……はっ、『kokonoe』――また違う!?」

「九重、貴方のそういうところ私本当に凄いと思うわ……」

 疲れた表情で呟く八刀に、九重はかつてないほどに真剣な表情で振り返り告げる。

「いいですか八刀さん。この端末は先生のもの。つまりは先生のプライベートですとか、秘めた思いとかそういったアレコレが詰まっているに違いません。ということはつまり普段はほとんど口に出さない私への燃えるような劣情などもきっとこの中に!」

「……そうね……」

 げんなりと呻く八刀をよそに、九重は再びパスワード画面へと向き直る。

「しかし困りました。最有力候補がふたつとも違うとなると、もはや打つ手なしです。六花さん、三七守さん、何か思いつく言葉はありますか?」

「思いつく」「言葉……」

 ぽかーんとした顔で硬直する二人。そういった頭脳労働は彼女たちの役目ではないのである。

 ツッコミ不在で回り始めた空間の中、八刀は観念したように大きなため息を吐いて、口を開いた。

「……あの人の考えそうなパスワードでしょう。どうせ面白みのない単語よ。例えば……」

「例えば?」

 三人の視線が一斉に集まる中、八刀は口を半開きにしたまま固まって。

「…………あー、えーと。そう、例えば『箱庭garden』とか……」

 ぽちぽちと九重が入力すると、結果はやはり不一致。

「やっちゃんもまだまだだねー」

「ぐうの音も出ないけど貴方に言われるとなんだか三割増しくらいイラッと来るわね……」

「むう、どうあれ打つ手なしですね……」

 困り顔で黙考する九重。と、そんな時のこと。

「どうしたんですか、皆さん」

 庭園に現れたのは、彼女たちとは違う瞳の色を持つ女性。

 金色の髪に緑の瞳が印象的なスーツ姿――「ティー」と名乗る帝政圏の軍人であった。

「ティー……さん。何で、こちらに?」

「貴方がたの姿が見えなかったので、確認に参りました。……おや、それは」

 目ざとく九重の手にある端末を見つけた彼女に、九重は平静を取り繕いながら言い訳を口にする。

「ああ、ええと、これはですね。たまたま先生がここに置き忘れていたようで。もちろんすぐに先生の部屋に戻しておこうと思ったんですよ。決して中身を見ようなどと――」

「……パスワードの承認ミス、三回ですか」

「う」

 あっさり見破られ、ぎくりと呻く四人。そんな聖女たちを一瞥した後で、淡々とした調子のままティーが口を開く。

「中の文書が、見たいのですか」

「いえ、別にそういうわけではですね」

「構いませんよ。確かに機密文書ではありますが、それを言い出したら貴方がた自体がSSSクラスの機密事項が服を着て歩いているようなものですので」

 真顔のままそんな冗談とも本気ともつかないようなことを言うと、彼女は「失礼」と九重の持っていた端末を手に取り、軽いタッチで何やら入力する。

「どうぞ」

 と彼女が見せたその画面には、「認証accept」の文字。無数のファイルが並ぶ画面が展開されるのを見ながら九重が硬直していると、ティーは踵を返して、

「では、失礼します。終わったら、ちゃんとあの人の部屋に戻しておくのがよいかと」

 それだけ言い残して風のように立ち去ってしまった。


 そんな彼女の後ろ姿を見送りながら、六花がほへーと口を開けたまま声を上げる。

「ティーさん、すごい。パスワード、知ってたのかな」

「……むう。なんだかすごく釈然としませんが、まあよいでしょう」

 唇を尖らせてぼやきながらも、九重は端末を操作していくつかのファイルを確認し始めた。

 番号と日付だけで名付けられた、簡素な記録データたち。その素っ気なさは、実にあの人らしい。そんなことを思いながらページを送っているうちに――

「……『A-009』」

 そう名付けられた記録を見つけて、九重は手を止める。

 ほんの少しだけ、緊張をにじませた面持ちで画面を凝視する彼女を見て――八刀が口を開く。

「ほんとに、見るの?」

 そんな彼女の言葉に。九重は少しだけ深く息を吸い込んで、吐き出した後。


「……ええ、勿論ですとも。私はあの人の、かわいいかわいい若奥様なんですよ?」


 ふんわりと、瀟洒な笑みを浮かべてそう告げながら、そのほっそりとした白い指がファイルのアイコンを叩く。


 記録番号、1942-05-12――

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