第125話 時間稼ぎ
拓真達の連携によって身体に大ダメージを負うことになったが、悪神モルドは生きていた。敗北が覆ることはないが、その表情は不敵だった。
「やはり人間の身体を素体にするのは無理があったか。スペック面で神体に大きく劣ってしまうな」
モルドはそう言って手を上に掲げたあと、指を鳴らした。
「えっ!?」
ティアの両手両足を拘束していた魔方陣が解放されて、俺達のところへ送られた。
右腕はライラで塞がっていたので左腕でティアを受け止めた。
「お兄ちゃん!」
「ティア、身体に異変はないか?」
「うん、だけどなんで解放されたんだろ」
「白旗を上げたってことじゃないか?」
モルドへ視線を向けると先程と変わらず不敵な笑みを浮かべていた。
「くくく、我を滅しても無駄なことだ。何故なら、もう魔方陣は完成しているからだ! さあ、世界を滅ぼせ──【月落とし】!」
モルドの言葉と共に突如として2つ目の月が顕現した。地面が大きく揺れ始める。まるで大地が怯えているような、そんな感じだ。
「おいおいおい、タクマよお。これ、やべえんじゃねえか!?」
ティアから吸い取った月の魔力でこれは作られたのか。くそッ! 時間をかけすぎた!
「きひひひひひひ! これを止める方法を教えてやろう。これはな、言わば召喚魔術と同じなんだ。召喚物を消す方法なんて至極単純だなことだろ?」
ティアが俺の服を掴んで不安そうに見ていた。モルドの言ってることはわかる。ティアを殺せって、そう言うことなんだ。
「お兄ちゃん、私、お兄ちゃんになら……いいよ?」
「やめろ。俺にそんな選択肢はあり得ない!」
「だって! このままじゃ……世界が、お兄ちゃんが!」
俺は首を振って諭すように言った。
「まだ紋章術がある。あれは俺がなんとかするから、みんなは信じて待っててくれ」
「兄さん……死ぬことは許さないって、言いましたよね!?」
雪奈が涙を流しながら迫ってきた。久々に見た、雪奈の泣き顔。
「だから死なねえって、ちょっくらあの月を斬ってくるだけだ」
「そんなの無理です! 物理的に無理じゃないですか!」
絶えず地面が揺れるなか、オズマが口を開いた。
「タクマ……できるんだな?」
「知ってるだろ? 俺はさ、圧力が大嫌いなんだよ。だからさ──」
オズマは遮って続けた。
「言ってくれよ。できるって、一言でも言ってくれよ!」
「できる確証はない。そうだな、よく考えたら1人じゃ不安だわ。みんな、最後に手伝ってくれねえか?」
ティアに自己犠牲はダメだって言って、舌の根も乾かないうちに俺がするのは違うもんな。
全員が頷いたあと、月への攻撃を始めた。
☆☆☆
拓真達に遅れてナーシャ達は封印の間へと到達した。空には巨大な月が現れてこちらへと向かっている。全軍に動揺が走っていた。
「アナスタシア王女殿下! 氷の柱が!」
部下に言われて視線を向けると、氷の柱が空へ向かって伸びていた。そして誰もがそれを目撃した……紋章が空に輝いたあと、月に斬りかかる勇者の姿を。
「……ワンの遺した魔道具は使えますか?」
「ハッ! 準備できております!」
ナーシャは魔道具を受け取ると、世界に向けて発信した。
『皆さん、偽りの月が見えてますか? 勇者様は今、あの月へ向けて最後の攻撃を行っています。皆さん、本当にこのままで良いのでしょうか? この世界の命運を、彼らだけに背負わせて良いのでしょうか? 勿論、私達にできることはないのかもしれません、それでも──彼等に祈ることだけはできるはずです』
☆☆☆
~南方都市国家・冒険者ギルド~
「ゼト! あの勇者様って、タクマさんじゃない?」
「そうみたいだね。まさかあの時の印術師が世界の命運を担うとはね……」
「でも、アナスタシア様の言うとおりだよ。これを持って勇者タクマさんの無事を祈ろ?」
ゼトに渡されたのは黄色い不思議な石。
「これは?」
「タクマさんの作った【闘気石】って言うんだって、ギルドの人が配ってるよ」
「そうだな、わかった。じゃあ祈ろうか」
ゼト達は投影機に映る拓真へ向けて祈り始めた。
☆☆☆
~救世都市国家・ルクセリア~
傭兵も、騎士も、誰もがその光景を見ていた。
「よしゃっ! 勇者様が勝つ方に1万G賭けるぜ!」
「おいおい、それじゃあ賭けにならんだろ! みんな勝つ方に賭けてるのによぉ」
「へっ! まぁいいじゃねえか! 賭けに祈りごとなんてしねえけどよ。今日はやろうぜ!」
「そうだな、みんな祈ろうか!」
☆☆☆
ナーシャは闘気石を手に持って願った。生きとし生けるもの達の勝利を──。
「私達の想い、どうか受け取ってください」
ナーシャの手から小さな光が漏れてきた。
「え、これは!?」
他の騎士や冒険者からも小さな光が現れて、それは上空へと上がっていった。
東西南北、全ての街や都市から次々と光が生まれて、それはやがて1つの箇所に集まった。
☆☆☆
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
月と鍔迫り合いをする拓真の元へ、蛍のような光が集まり始めた。
おかしい、とっくに紋章術が切れてもおかしくない時間なのに……魔力が減るどころかむしろ増えてる。
「兄さん、この光……力が湧いてきます!」
「私も全力で月光魔術が使えるよ!」
「何故か傷も完全に治ったぜ! パワースマッシュ!」
「ホントだ! 私もです!」
全員、自身の最大の技を以て偽りの月へと挑んだ。もうここからは出し惜しみ無しだ!
「神罰行きますよ! ──
「月光魔術【
「
「
思い思いの攻撃を受けた月は、遂に
俺は全属性の魔力玉を形成する。これは絵の具のようなものだ。剣、盾、羽、鐘、杖、それら全ての紋章を合わせた世界を守護する紋章を創る。
紋章効果は全ステータスの極大アップ。そしてその状態で使える奥義は世界そのものを守る剣。
「──護界剣・ミストルティン!!!」
頭上に出現した黄金の大剣を手に取って、月へと打ち込んだ。
──カァァァァァンッ!
月の防衛障壁のようなものがバターのように斬れた。拓真の腕はドンドン進んでいき、遂に月が真っ二つに斬れた。割れた月は粒子となって消えていった。
氷の柱の下からは歓声が巻き起こる。
拓真達は着地したあと、モルドへと剣を向けた。
「完敗だ……こうなれば、もう一度やるしかあるまい」
モルドは背を向けて、ティアを拐った時のような異空間へと逃げ込んだ。そしてその空間の中から灰色の触手のようなものな伸びてきて、拓真の腰に巻き付き、あっという間に連れ去った。
「兄さん? 兄さぁぁぁぁぁぁぁぁぁんッ!」
雪奈や仲間達の声がいつまでも耳に残った。
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