第123話 最後の地へ

 地面に手をついて、ティアが消えた場所でうずくまる。仲間達もどう声をかければいいか、機会を逸していた。


 沈黙が場を支配するなか、フィリアが拓真の隣に立って言った。


「勇者様、立ち上がって下さい。月落としが完成するまでかなり時間がありますから」


 内心少しだけイラついた。本来ならシャイターンがやられた段階で、フィリアが月落としの贄となるはずだった。何故ティアを選んだのかわからないが、恐らくは普通の神子であるフィリアよりも、ティアの方がフォルトゥナの加護を強く受け継いでるからだと思った。


 だけどフィリアに当たっても仕方ないし、それほどの大技なら時間がかかるのも事実。喪失感を胸になんとか立ち上がった。


「兄さん、大丈夫ですか?」


「ああ、いつまでもここにいるわけにもいかないしな」


「このまま行くんですね」


「そのつもりだ。だってさ、ティアも俺の妹だからな。兄として、勇者として、恋人としてもいい格好しなきゃならんだろ?」


「ふふ、では私はお姉ちゃんとしてもう一踏ん張り頑張るとしますね」


 旧魔王城から去ろうとすると、フィリアが止めた。彼女の話によると封印の間へのショートカットがあるのだという。


「結晶から解放されたばかりで辛いんじゃないのか?」


 長らく生命活動をしていなかった存在がいきなり復帰するとかなりキツい、俺は映画でそういう描写を何度も観てきた。実際、フィリアは少し歩いただけでなのに肩で息してるし、たまに段差で転倒しそうにもなってる。


 フィリアは首を振って言った。


「私は1度、剛様を裏切っております。その結果として北の領域は障気が蔓延することになりました。辛いなどと言ってられません。どうか、封印の間への道は任せてください」


 揺るぎない意思、絶対にやり遂げるというストイックさを実感させられた。なので、俺達は彼女に任せることにした。


「封印の間はここより少し北にあります。私のゲートでは直接乗り込むことは出来ませんが、入り口付近までは近付くことができます。では──【ゲート・オープン】!」


 手を前に掲げて白銀の魔方陣が展開されている。ティアの使う月光魔術と同じ魔方陣だから、きっとこれも月属性に由来するものなのだろう。


 そう考えてるうちに魔方陣は完成した。「さあ──」と言いかけてフィリアがふらついたので、そっと肩を抱いた。


「凄い……あなたのその剣、私達の気配がします。それにとても暖かい……。

 私も死んだらその石の中に入るのでしょうか?」


「いや、これは非道な実験の結果だからアンタはそうはならない。例え入れたとしても、アンタは剛の近くにいるべきだ」


 石の中の神子達とエロエロなことになってることは敢えて言わなかった。さすがにフィリアとそうなるのは抵抗がある。それは、あまりにも剛に悪い気がするからさ……。


 ゲートを抜けると辺り一面、灰色に覆われた場所に出た。雪のように降り積もる障気の塊、眼前にはその灰がこびりついた石柱の数々。天井のないただの遺跡、ここが歴代勇者が最後に戦ってきた場所。


 一歩進むごとに俺に触れた灰は浄化されて本来の色を取り戻す。ここの障気は闘気を空気中に散布するだけじゃ浄化しきれない、それほど濃い障気だった。


 一同は周囲を見渡しながら進んでいく。


 規則的に並んだ石柱や、石造りの建物を見ていると、これが本来のこの世界の文明なんじゃないかと思った。


 そして開けた場所に出た俺たちを待っていたのは、黒い十字架にはりつけられたティアと、倒れた石柱に腰をかける灰色の男だった。


「お兄ちゃん!」


 こちらに気付いたティアが叫ぶ。


「ティア、待ってろ。今助けるからな」


 俺が一歩前に踏み出すと、灰色の男は立ち上がって剣のような物を手に取った。全体的に灰色の障気に覆われているため、奴の全貌が掴めない。


 警戒していると、灰の男は言った。


「世界最後の勇者か、フォルトゥナめ……無駄な悪あがきを」


「そう言うなよ。この構図はどんな世界においても当たり前に存在するもんだと思うけどな」


「その心は?」


「世界の終焉を決定付ける場面に勇者と魔王は必要不可欠だろ?」


「そうだな。この世界の魔王は魔王らしくなく、いかにも我の方が魔王に相応しいのかもしれない。元々増えすぎる人間を律するために魔族を生んだのに、いつの頃からかフォルトゥナ側に寝返った。我に味方していれば、新世界の種として残してやったのに……」


 なんとなくコイツの言いたいこともわかる。俺たちの世界でも人間同士による戦争や、生態系の破壊まで行っている。客観的に見れば地球の害虫に過ぎない。


「俺は子供みたいに人間の可能性は~って語るつもりなんてない。人間側の代表として降りかかる火の粉を払いに来ただけだ。いや、もう1つ理由があったな。お前は俺の妹を拐った、だから兄としてここに立ってるんだ」


「封印から覚めて、戦いの前に勇者と語ることも多かったが、お前は本当に珍しい勇者だ。兄として、などと答えた勇者は今まで1度としていなかったぞ」


 これ以上語ることはない、そう言ってるかのように灰の男が剣を構えた。


「嫌だから倒す──俺もアンタも、突き詰めればそういうことだろ?」


 対してこちらも武器を手に取った。


「強い方が正義、なるほど……シンプルでわかりやすいな!」


 生命としてこの存在に逆らってはいけない、そんな人間の本能を押さえ込みながら前に進む。灰の男も地を蹴り疾走する。


 俺と雪奈の、異世界でのラストバトルが開幕した。

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