第121話 シャイターン
俺達と、先代のサテュロスであるシャイターンとの戦闘は熾烈を極めた。
玉座に座っていた時は射線が確定していただけに、回避も余裕を持って出来ていた。
だが、雪奈の斬擊と俺の爆破攻撃を受けたシャイターンは玉座から立ち上がり、真の力で対峙してきた。
人間の2倍のポテンシャルを有する魔族の疾走、それは一歩一歩が縮地に迫る速さ。前線が抜かれそうになると、雪奈が先回りして斬り合う。
ライラとオズマは雪奈が抜かれた時の為に待機している。
「む、やるな。パーティとはそうあるべきだ」
背後からの攻撃を察して、シャイターンは玉座まで後退する。
「やたら後衛を狙うとか、余裕無いんじゃないか?」
挑発的な言葉をかけても、シャイターンは不適な笑みで返してくる。見た目、灰色のガーゴイルに近いから本当は満面の笑みなのかもしれんが……。
「後衛が決戦魔術を有しているのはどのパーティでも当たり前ではないか。それとも、400年の間に後衛の道理が変わったのか?」
「壮大な引きこもり野郎に言うわけないだろ。こっちは忙しいんだ。さっさとぶっ倒して、障気の根源を破壊しに行かなきゃならないんだよ」
すると、シャイターンは黒い長剣を鞘に戻して戦闘態勢を解いた。
「我に一矢報いたら良いことを教える約束だったな。百聞は一見にしかず、まずはこれを見よ」
シャイターンが指を鳴らすと、玉座の奥にある扉が開いた。遠目に見る限り、結晶に覆われた女がいた。顔は苦しそうに歪んでいて、しかも髪が銀髪だった。
「我が妻だ。あのお方の計画に必要な存在でもある」
「なんで──ここに月の神子がいるんだよ!」
「これ以上は教えるつもりはない。最も、今代のサテュロスは色々と気付いたみたいだがな」
サテュロスを見ると、唇が震えていた。
「勇者タクマ、あれは恐らく……フィリアだ。シャイターン、貴様──勇者タケシを罠に嵌めたのか!?」
サテュロスの問いにシャイターンは顔に手を当てて笑い始めた。
「くくく……違うな。戦勝会の際に、呼び出してちょっと愛を育んだだけのこと。地位も名誉も手に入った我が最も手に入れられなかった存在……それは神子だ。記念すべき日に心が滾るのも仕方のないことよ」
歴史上では戦勝会の際にフィリアは行方不明となっていた。まさかここに囚われていたとは。
「行方不明だった神子がそこにいるのはわかった。じゃあ──剛はどうしたんだよ!」
「さぁ? もしかしたらどこかで我らの情事を覗いていたかもしれんな。何しろ400年も昔のことだ、そのような些事──忘れてしまった」
ああ……コイツは確信犯だ。夢と夢が段々と繋がってきた。元の世界でも酷いめに遭って、この世界でも最後の最後で叩き落とされた。
「ああ、そう言えば、自身の胸に剣を突き立てる人間がいたような、いなかったような……」
これ以上、聞くに堪えなかった俺は距離を詰めて斬りかかる。とにかくコイツを倒して障気を止めたかったのだ。
──ガンッ!
シャイターンが剣に手をかけたのを見て、そのまま
黒煙を掻き分けてシャイターンが飛び出してくる。俺はすぐに地面に手をついて自作スキルを展開する。使うのは土と水の印、オズマを倒した技だ。
"自作スキル・スワンプカーニバル"
「むぅっ! 何故ここに沼が!?」
シャイターンは液状化した地面に足を取られて動けないでいる。背後でオズマが笑ってるような気配がした。
自分がかつてくらった技だから、懐かしいのかもしれない。
「初級魔術・土壁を多重展開! 続けて、水属性付与!」
囲うように展開された8枚の土壁に水を付与して粘性を高めた。これは洗脳されたライラの刺突を防いだ技だ。
魔弾の威力は大きく減衰して反撃としての効果が薄くなっていく。
土壁を継ぎ足しているうちにみんなが取り囲む。さて、ここからはリンチの時間だ。
「このような小細工、吹き飛ばしてくれる!!」
単純な魔力による爆発で、土壁は一気に消滅する。だが遅い、肉塊はすでに攻撃を始めている。
「どっせええええええいっ! "
土壁の消滅を予想していたオズマが、事前にシャンデリアに飛び乗っていた。
天井を蹴って急降下、極めに極め抜いた渾身のパワースマッシュがシャイターンの後頭部に直撃した。
「──ぐふぅ!」
衝撃が強すぎて体内の空気が一気に抜けた。叫び声も上げることができない。
「お代わりもどうぞぉぉぉっ!! "パワースマッシュ追天式"!!」
俺達の世界に
沼から抜け出せそうなシャイターンだったが、オズマの攻撃により膝まで沼に埋まってしまった。
足を抜こうともがくシャイターンの眼前に、1枚の光の羽が舞い落ちた。
視線を上げたシャイターンの視界には、天使が存在していた。そして思い出す、かつて悪神討伐の時に勇者の傍らに天使がいたことを。
その時に部下から名前を聞いた。
「──エードルンドの末裔か!」
白き衣を身に纏い、敵となる存在を光の槍で滅却する存在……エクストラジョブの1つ、ヴァルキリー。
かつて勇者パーティにいたヴァルキリーでさえ、翼は6枚だった。それなのに、この娘は12枚。
その頭上で形成されつつある光の槍に対し、本能が警鐘を鳴らす。
「神罰執行します。──
長大な光の槍がゆっくりと加速を始める。
避けられないのならと、黒き長剣に全魔力を乗せて迎え撃つ。
──ガンッ!
黒と灰色の魔力が白き光の槍と拮抗する。これをくらえば、例えこのあとに勇者パーティを全滅させたとしても、今後千年は癒えない傷を負うことを覚悟しなくてならない。
拓真自身も焦っていた。
雪奈と俺は
当のティアもすでに魔力を魔方陣にチャージし始めている。
「このようなことで、我が、我が負けるものかーーーーーーーーっ!!!」
シャイターンの叫びのあと、光が収束し、そして大爆発が起こった。
すぐにパーティメンバー全員の前に土壁を多重展開し、爆発から身を守る。
衝撃は凄まじく、絶えず土壁を補強し続けてなんとか耐えきった。あれだけ硬かったクリスタルの壁も所々崩壊し、外の雪景色が見えていた。
黒煙は消え、徐々にシャイターンの姿が見えてくる。
「はぁはぁ、ぐはぁっ! ……ま、まだ……生きてる……」
地位も名誉も女さえも奪い取ったシャイターン、それが今は地に伏して死を待つだけの存在に成り果てていた。
口から紫の血を吐きながら、自身が生きてることに喜びを感じている。
「私達にとって、勇者様との絆は存在意義の至上と言っても過言じゃない。ましてや、愛し合っていたのなら、死ぬことよりも辛かったはず」
ティアは冷たい目をしていた。サテュロスの背後に立って、魔方陣をその背中に向けている。
「……はぁはぁ、……勇者よ、同じ思いをさせてやろうか?」
シャイターンは突然振り返った。そしてサテュロスが叫ぶ。
「いけない! 離れろ!」
シャイターンの目から発せられた赤い光がティアの目に当たり何かの術をかけられた──かに見えたが。
──バリンッ!
ティアの隣に立って異変がないか確認する。
「お兄ちゃん、大丈夫だよ。何かされそうになったけど、なんか弾かれたっぽい」
一方、シャイターンは驚いた顔をしていた。
「バカ……な! お前、本当に神子、なのか!?」
「ティア、相手にするな。あとは俺がやるから下がってろ」
「う、うん……」
「シャイターン、お前を倒して障気を止める」
その言葉を受けて、シャイターンは笑い始めた。
「げほっ! ……くくく、くく……我を倒しても変わらんよ。混沌の種子は………………」
俺は振り上げた剣を下ろした。その必要が無くなったからだ。外から吹き付ける風によって、シャイターンが少しずつ崩れていく。
この城とその周辺はすでに闘気が蔓延している。灰色の魔力を借りたシャイターンにとっては、毒に近い空気だ。
最後の一片が消えるまで、拓真達はそれを見守るのだった。
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